093 久しぶりの故郷
「やっぱり山だよ。空気が美味しい……」
ゲートに飛び乗ってファストトラベルを使用し故郷へ帰ってきた。
ルーナはアトリエを出て大きく深呼吸をする。
ルーナにへそ曲げられるとエストリア山に帰れないので仕方なく、王都観光は取りやめて故郷に戻ってきた。本当は叱るべきなんじゃろうが儂も父上と母上並にルーナを溺愛してしまっているからのう。怒って嫌われたくないという思いがちょっとある。
この世のあらゆるものに敵意を向けられても動じないが、家族や親しい人達だけは敵意を向けられたくない。
それが現世で儂が知った愛情と新たな弱点なんだと思う。
学園祭は幼馴染のテレーゼも招待するし、あの強引な子と一緒ならルーナも学園を楽しめるじゃろう。
「クロス!」
アトリエは実家近くにあるため外で喋るとすぐに分かる。
変わらない実家から母上と父上が出てきた。
母上が涙を浮かべて儂に抱きついてくる。
「本当にクロスなのね! ああ、こんなに大きくなって」
「ほんの二ヶ月ほどじゃぞ。身長もそこまで変わっておらんと思うが」
「そんなことない。成人してクロスはすごく大きくなった。お母さんは嬉しいわ」
母上に褒められると嬉しくなる。
ぎゅっと抱きしめてくれて温かみを感じる。
母の愛というものを実感できるというものよ。
飛び出してきた母上を追って父上も歩いてきた。
「クロス、元気そうだな」
「うむ、父上も壮健で何よりじゃ」
「まだまだ若いもんには負けねーよ」
「でもパパ、腰を痛めて昨日はずっと寝てたよ」
「うっ」
「後で腰を診てやろう。無理をせんことじゃ」
父上だけでなく、他の里の皆も後で診察せねばならんな。
母上はいつまで儂に抱きついておるんじゃ。まぁ久しぶりだから仕方ない所もあるのじゃろう。
「母上は年を重ねても甘えたままじゃのう」
「だって子供は私にとって宝だもん。クロスもルーナも大好きだよ」
「うむ。しかし母上は年を重ねるたびに美しくなるな。王都をぐるりとまわったが父上の言うとおりじゃったと感じる」
「おう、エレナは世界一美しいからな! ちなみにルーナは世界一かわいい」
始め父上の言うことは誇張じゃと思ったが王都をぐるりとまわると母上の美しさは群を抜いていると感じる。
名門の貴族令嬢であったというのはきっと嘘ではなく正直シャルーンにも匹敵する。
実娘のルーナが可愛らしい容姿なのだから当然。
そんな母上がここにいる詳しい話は未だ教えてもらっていない。子供に話すべきことではないという判断だろう。
「もう2人とも恥ずかしいよ。そんなことないってばぁ」
「儂は嘘は言わんぞ。母上は本当に美しくなってると思う。あと15年も経てば美しい老婆に」
「クロス」
「……ごめんなさい」
とても強い目力に儂は謝罪を引き出された。
母上は謙遜するが意外に美にこだわりを持っていたりする。
いやー、でも本当に60才くらいになったら真に美しい女性になると思うんじゃがのう。
「おぅクロス」
父上が儂の肩に絡んできた。
「どーよ、気になる子とかできたか?」
「うむ。王都はさすがじゃな。美しい女性がいっぱいおる」
「マジかぁ。俺も王都は20年くらい行ってないからな。今度連れてこいよ」
「連れてきたいのは山々じゃが皆、孫がおるからのう。さすがに浮気に該当することはできまい」
「……王都に行っても老婆好きは変わらねーのかよ」
別に老婆が好きなわけではないぞ。
良い年の重ね方をしている女性が好きなだけじゃ。
それにしたって70才頃の女性など儂からすれば若子じゃ。
「思い出すよな。おまえが2才の時に72才のミランダばあさんにプロポーズするって言ってた時のこと」
「儂の初恋じゃな。甘酸っぱい思い出じゃよ」
「そう思ってるのはおまえだけだぞ。俺が年の差70をどう埋めたらいいんだよって思ってた」
ミランダから教わったたくさんのことは未だに儂の胸に残っておる。
「にーにー、同い年くらいの子にモテてるよ。結構な人を発情させてる」
「その言い方はやめんか」
「ほんとか! その子連れて来い。俺が見定めてやる」
「むっ、にーにーはルーとテレーゼがいるから不要なの。だめっ」
「ふふっ、ほらっみんな。こんな所でじゃなくて家の中で話しましょうか」
収拾がつかなくなってきたらこんな感じで母上がとりまとめてくれる。
これがエルフィド家の日常。年齢が遡って手に入れた儂の大事な家族じゃ。
やはり帰ってきて良かったのう。今日はゆっくりとさせてもらうとしよう。
「こんにちはー! 今日の分の薬草持ってきたよ~」
そろそろ来るかと思っていた。
自宅の扉を開けて、桃色髪の幼子がいつも通りの大声で入ってきた。
そして儂の顔を見て止まってしまう。
「相変わらず元気そうじゃな、テレーゼ」
「クロスくん!?」
儂より一つ下の幼馴染のテレーゼ。
元気いっぱいで10代の少ないこの里の宝とも呼べる子じゃ。
儂とテレーゼ、妹のルーナは幼馴染という形となっており、老成した儂、人見知りのルーナと違いテレーゼは物怖じをまったくしない太陽のように明るい子じゃった。
「え、なんでどうして……聞いてない!」
「言ってないからな」
「なんで!」
王都からエストリア山まで手紙でも送ろうものなら一ヶ月以上かかるぞ。
移動時のリスクもあって届かない可能性が高い。
「それにこうやって帰ってきたらおぬしは絶対現れるじゃろ。だから心配しておらんよ」
「えへへ、やっぱりクロスくんはあたしのことよく分かってる! 一番の仲良しだもんね」
「ま、生まれた時から一緒じゃからな」
「幼馴染は結ばれる運命にあるんだよ。前、アルデバ商会で買ったロマンス小説で見たもん」
ロマンス小説。ああ、王都でも流行っておるな。スティラが愛読してると聞いたことがある。
「違うよ。幼馴染はざまぁされるって小説で書いてた。テレーゼはざまぁされるよ」
「ルーナだって幼馴染じゃない!」
「ルーは義理の妹だから別ジャンル。義妹ものも流行ってるって商会の人がいってた」
「幼馴染!」
「義妹!」
「はぁ。どっちでもええわい」
「久しぶりに仲良い所が見れたわね。お昼ご飯作るから3人で話してなさい」
 





