088 魔族退治
「あ、頭が……痛い」
「ぐぅぅ……」
フェーデル公爵家の公子や公爵が頭を抱えて崩れ去った。
おそらくサキュバスの魅了が解け始め、記憶の混濁が発生してるに違いない。
早く処置をせねば呪いという形で体を蝕んでしまう。
気付薬を使えば……。やむをえん、儂が出るか。
「こちらを嗅いでください! わたしがついてますから」
スティラがすぐに魅了を受けていた者達の治療を開始する。
さすがじゃな。初めて会った時もスティラの方が早く人を治療していた。
シャルーンもスティラも凄い勢いで成長しておる。
「邪魔をするなぁぁっ!」
治療を行うスティラを狙うサキュバスの爪。
スティラは治療を優先させ、そちらの方を見ようとしない。
その攻撃はもちろん。
「あなたの相手は私でしょう!」
シャルーンがいるから安心して治療に専念しているに他ならない。
この二人は深い信頼関係で結ばれておる。学園生活を同じ部屋で過ごしてる分もあるじゃろうな。
魔族の中でもサキュバスは少々厄介で男を惑わす魔法だけでなく戦闘能力も低くはない。本来は騎士達複数人で対応しなければしらないのだ。
「くっ!」
そして今回のシャルーン。本来なら一瞬で制圧できる力量を持つが状況が悪かった。周囲全体の貴族を守らなければならない。武器が食器のナイフ。動きにくいドレスと戦闘に適しているとは言えない。
そして魔族は高い防御力を持つ。あの食器ナイフで通らない。
儂が出るか。しかし手を握るアニエスを放っておくわけにもいくまい。
儂は直々にリンクパートナーから守ってほしいと頼まれたのだから。
それに儂はあくまで庶民。なんでかんでも手を出すというのは若者のためにもならない。
学園がテロ組織に襲われそうになった時とは状況が違うからな。
サキュバスなどに惑わされあやうく内戦に発展しそうになる未熟共のために動く気にはなれん。
「お姉様……。無事でいて欲しいのです」
「むっ」
姉の勝利より無事を願う妹の想い。
くっ、そんなことを聞いてしまったら手助けしてやりたくなる。
とはいってもアニエスの手を引いてるこの状況。
この場で儂が刀は出すわけにいかないゆえ食器ナイフを投げて当てるぐらいしかできん。
さすがの儂も食器ナイフで急所を確実に当てることはできぬ。
10回に9回ぐらいか。外せば奴が儂に気づき、アニエスの所に来るかもしれん。
せめて何か付加効果さえあれば……。
「ならボクの力が必要かな」
「お、おぬしは!」
◇◇◇
準備は出来た。
前線はシャルーンが必死に凌いでいる。
大きな隙さえ作ればシャルーンの力量なら食器ナイフでも魔族を倒せるはずだ。
儂は食器ナイフを手に……思いっきりぶん投げた。
そのナイフはまっすぐ飛び、おびえる貴族達の隙間を通過し、サキュバスの肌に突き刺さる。
「っ! まだ私の邪魔をするものがいるか」
儂の存在に気づいたようだ。こちらに飛びかかろうと体勢を整えてくる。
「く、クロス、アニエス!」
「安心せい」
儂は次の言葉をつなげた。
「もう終わりじゃ」
その時、サキュバスに刺さったナイフを起点に雷鳴が発生した。
「があああああああああっ!」
魔を祓う雷によりサキュバスの体に電撃が走る。
当然、その威力は大きな隙を生み。
「はぁぁぁぁぁっ!」
その隙を見逃さないのが紅蓮の剣聖姫だった。
サキュバスの急所にナイフを突き立て致命傷を与え、魔族を討伐することに成功した。
「ジュリオ」
「な、なに」
「アニエスを頼む」
もう敵はおらんから大丈夫じゃろう。
儂はいつのまにかいなくなった彼女の後を追った。
◇◇◇
「そこにおったかルージュ」
勇者ルージュは王城内の廊下をゆっくりと歩いていた。
さきほどの雷鳴はルージュの使う勇者特有の雷術だった。
さすがのサキュバスも特殊魔法である雷術に耐性は無かったようだ。
「クロス。上手くいったみたいだね」
「おぬしのおかげじゃよ。儂だけでは成功率は低かった」
「ボクがいなくても問題なかったと思うけど」
ルージュはオッドアイの瞳が印象的で神秘性を持つ。
言葉口調も落ち着いていて、決して感情が揺らがないように冷静でいる。
しれっとシャルーンに聞いたがルージュは16才らしい。儂より一つ年上だな。
「なぜ戻ってきたんじゃ。帰ったのではなかったのか」
「……どうしてだと思う?」
「嫌な予感がすると言っておった。魔族を嗅ぎ分けたのではないか」
「ふふっ」
儂の予測に対してルージュは口を緩めて笑った。
「迷子になって彷徨ってたらパーティ会場に戻ってた」
「おぬし、知恵者に見えて実はアホじゃな」
 





