087 婚約破棄
始まったのは社交パーティでの婚約破棄事件であった。
「のうスティラ、儂ら関係なさそうだし帰るか。あ、この肉美味そうだし包んで帰っていいかのう。社長に食べさせたい」
「気持ちは分かりますけどそんな雰囲気じゃなさそうですよ」
一般庶民儂らには関係ない事件だと思うんじゃがのう。
突然湧いてでた婚約破棄騒動。
一般庶民の儂とスティラは関係ないと思うが、他の面々は貴族に属するため人事ではなさそう。
「どういうことだ公子殿! 娘が何をしたというのだっ!」
ミューラス公女の後ろから出てきたのは身なりの良い若造。おそらくミューラス公爵じゃろーな。
「公爵殿もおるなら話は早い。私は知っているのだ。メルエレラが私とこの子、ヒューレア男爵令嬢との仲に嫉妬し、影で取り巻きと一緒に嫌がらせをしたり、階段から突き落として怪我を負わせたのだぞ!」
ひゃー。それが本当なら完全な悪役令嬢じゃな。
可愛い顔をしてえげつないことをする。
「そんなことはしておりません! お考え直しください公子様、ずっと貴族院で一緒に過ごしたではありませんか!」
「知らん。君のような恥知らずと婚約などありえない」
「フェーデル公爵。これはどういうことだ! おまえはどう考えている」
「フン、ミューラス公爵。それはこちらのセリフだ。とんでもない悪役令嬢を送り込んだものだ。どう落とし前をつけてくれる!」
公爵同士の関係が急激に悪化し、お互いの派閥の貴族達が声を上げ、今にも暴れ出しそうだった。
これは暴動になるかもしれん。
「まずいわね。このままじゃ……公爵家同士が争うことになるかも」
「貴族同士の争い、内乱になるってことですか?」
少し離れていたスティラが近づいてきた。
「昔から小競り合いはしていたのよ。でもこれだけ大きなことになったら両公爵家は相手を屈するまで止まらない。王家も対応を考えなきゃいけない」
さきほどまでの和やかな雰囲気が一変してもーた。うむ……しかし、気になることがある。
「アニエス、騒ぎになるかもしれないから私から絶対離れないでね」
「分かりましたのです」
「クロス、スティラ、ジュリオ、ブロコリ。学生のあなた達をこんなことに巻き込んでごめんなさい」
「シャルーンさんのせいじゃないですよ! でもどうなっちゃうんでしょう」
「ペスターレ家も対応を求められるかも。どちらにつくか……。これは王立学園にも影響してきそうだね」
王立学園や貴族院にはたくさんの貴族の子がいる。
今まで以上の対立となるじゃろうな。皆はこれからのことを考えておる。
じゃが大事なのは今ではなかろうか。
「シャルーン」
「何? ごめんなさい考え事してて頭がパンクしそうだわ」
「大したことじゃないんだが、ちょっと気になったことがあってな」
「むっ、お姉様はお忙しいのです。邪魔しちゃ駄目なのですよ」
「クロス言って。あなたは私のパートナーなんだから言う権利はあるわよ」
儂は公子の隣で不適に微笑む、ヒューレア男爵令嬢とやらを指さす。
「あの男爵令嬢。魔族のサキュバスなんじゃが。貴族は魔族を嫁にしておるのか」
「は?」
魔族。
魔界の住人と言われ、人類共通の敵と言われている。
極めて攻撃的な種族で魔物を使役し、人族の住処を荒らすのは200年以上経っても変わらない。
儂も見かけたら基本滅すようにしている。マジで奴らとは共存できん。
「え、嘘……本当なの?」
「儂の目はごまかせんぞ。公子はサキュバスの魅了にやられておるんじゃないか。しかし大胆な手を使ってくるのう」
「……だったらあの女の正体を明かせばこの騒動を止められるかも」
「でもこの場は武器の持ち込みが出来ないですしどうすれば」
「奴は人族に化けておる。この特殊な幻影解除を振りかけたら正体が現れるはずじゃ」
正体さえ分かってしまえば対処はできる。
儂は礼服の下に隠しておいた無限収納鞄からメイク落としの薬の瓶を取りだし、スティラに渡す。
「こんな薬あるんですね……」
「誰にでも作れるものじゃよ。さぁ、行くがよい」
「うん。スティラ行きましょう。クロス、アニエスをお願い」
「任せろ」
シャルーンとスティラが争っている奴らのところへ行く。
シャルーンの立場なら燃えさかっているあの輪にも入れるはずじゃ。
「お姉様……」
「シャルーンなら大丈夫じゃよ。王国最強が伊達ではないのは儂がよく分かっておる」
「……。ちょ、ちょっとだけ」
「ん?」
「見直したのです……。もし本当にヒューレア男爵令嬢が人族に化けてたならクロスさんのおかげでこの騒動は」
「別に大したことはしておらん。さて、どうなるかしっかり見てるがよい」
「はいなのです」
アニエスが手を差し出してきたので儂はそれを握ってあげることにした。
絶対に守らねばならんな。まぁ妖しい気配はあの男爵令嬢だけだから大きなことにはならんじゃろう。
公子、公爵を含む、何人かが魅了の魔法をかけられておるように見える。
スティラならあの魅了を解除する薬を上手く使えるはずじゃ。あの二人ならきっとやれる。
「ちょっといいかしら」
「シャルーン王女」
「王女様、お見苦しい所を見せていますが……ご容赦頂きます用お願いしたい」
言い争ってる公爵達の間にシャルーンは入り込む。
さすがのあやつらもシャルーンには強く言えないようだ。
王女であること以上にシャルーン自身が王国内で非常に強い権力を持っているという証明だろう。
「ねぇ、ヒューレア男爵令嬢。さっきから黙っているけどあなたはどう考えているの?」
「っ!」
あの女は認識阻害の術を使っていた。つまり争わせることが目的でしれっとフェードアウトしようとしていたのだろう。
残念ながら儂やシャルーンには効果はないぞ。
「スティラ」
「はい! 間違ってたらごめんなさい!」
スティラはメイク落としの瓶の蓋を開けて、令嬢の顔に降りかかる。
焼けるような音がして令嬢は驚き、顔を両手で守ろうとする。
「ギャアアアアアアアアア!」
「王女様っ! ヒューレアに何てことを!」
「全員、よく見なさい! 本当にこの子はヒューレア男爵令嬢なの?」
そこで全員の時が止まったかのように静まった。
メイク落としにより令嬢の魔法が解けて、魔族特有の青い肌に邪眼が露わになったのだ。
それを知るものが声を出す。
「ま、魔族だぁっ!」
「う、うわあああっっ!」
「チィっ!」
令嬢を騙ったサキュバスはツメを長くして公子に襲いかかる。
しかし、その攻撃は押さえ込まれる。
「悪いけど……手は出せないわよ」
シャルーンは食器のナイフでそのツメを弾いていた。
お見事じゃ。また腕を上げたようじゃな。
「おのれぇ! 公爵家同士を争わせて王国に内戦を発生させる計画が……なぜバレた!?」
「クロスがいなかったらぞっとするわね。だけど……あなたの計画はこれで終わりよ!」





