085 シャルーンの意図
シャルーンの妹であるアニエスがぐぬぬした顔で儂を見つめていた。
いやぁやはり幼子は可愛いのう。
喜怒哀楽どんな表情をしていても可愛い。
シャルーンのリンクパートナーということでよく知らない儂のことが気にいらないのだと思うが儂からすれば子供は可愛い以外ない。
「飴でもやるぞ」
「いらないのです!」
「そうか? この飴はシャルーンが舐めているじゃがな。おぬし、姉を慕っておるのじゃろ」
「え、お姉様が? なら興味あるのです!」
「これじゃ。全ステータスの努力値をアップさせる努力飴じゃ。おぬしの歳じゃ1日1個までしか与えてやれん。2個以上飲むと全身から血が噴き出す」
「怖いのですが!?」
「ちょっと。妹にアレを与えないでちょうだい」
儂とアニエスの会話を聞き、シャルーンが口を挟んできた。
努力飴はジュリオに継続的に与えておったのだがシャルーンも欲しいとごねてきたので与えておる。
種族値(成長曲線)が凄まじいシャルーンが努力飴まで舐め始めたら究極の騎士が出来上がるかもしれんな。
あの子みたいに赤子の状態から与え続けていたらどうなっていたじゃろうな。
「アニエスは私と違ってお淑やかで麗しい令嬢になるんだから」
「まー、おぬしにお淑やかって言葉は似合わんな」
「一応王女の時はお淑やかに振る舞っているのよ」
「その割に足運びを観察したり、不審者がいないか目を運ばせてるではないか」
シャルーンは人を見る目つきが貴族令嬢のそれとは全然違う。
「……騎士としての職業病ね。最近物騒だし」
「むー。仲がいいのです」
儂とシャルーンの会話が気にいらないのか頬を膨らませてアピールをしてくる。
幼子のそんな姿は可愛い以外にない。
もう一回撫でようとしたらキーと威嚇された。やっぱり可愛い。
妹を愛でたくなってきたな。幼児が小娘になると可愛げがなくなるから今の内に気のすむまで愛でておきたい。
「お姉様、もう一度考え直して欲しいのです」
「何を?」
「この人!」
アニエスが儂を指さす。
「何度見てもお姉様のリンクパートナーに相応しいと思えないのです」
「そうじゃそうじゃ」
「偉大な功績のお姉様と違ってこの人は何もしてないではないですか!」
「そうじゃそうじゃ、何もしておらん! もっと言ってやれっ」
「見た目も言葉遣いもお姉様の横に立つには足りてないのです」
「よく分かっておる、儂は庶民じゃからな!」
「もっとお姉様に相応しい方がおられるはずなのです! 成人してすぐパートナーを決める必要がどこにあるのです! せめて評判の良い人を選ぶべきなのです」
「良いことを言う。シャルーン、妹の願いを叶えてやってはどうだ」
「ちょっとあなたは黙ってなさい」
「う、うむ」
シャルーンにとんでもない目で睨まれ、ここは不利だと引き下がることにした。
女には絶対に歯向かってはならない時がある。200年以上生きていてもそれは変わらない。
シャルーンは腰を下ろして、アニエスの肩に手を置いた。
「聞いてアニエス。私はね。成人するまでは自分のことばかり考えていたの。強くなったり、綺麗でいられるのも自分の努力のおかげだって」
「間違ってないのでは? お姉様が努力家なのはわたくしが良く知ってるのです」
アニエスの言葉にシャルーンは首を横に振った。
「私は一人じゃ何もできないわ。あなたがいて、大叔母様がいて、騎士のみんながいて、私があるの。人は一人で生きていけないって最近ようやく分かった気がするの」
「一人で生きていない……」
「私ね、成人してからすごく成長したって言われるわ。それはアニエスも分かるわよね」
「はいなのです。クリムゾンドラゴンの討伐から先の学園襲撃事件までお姉様は大活躍なのです」
「そうね。自分でもびっくりだわ。でもそんな私の成長の裏にはいつもクロスがいてくれたのよ」
「この人が?」
アニエスが驚いた顔をして儂の方を見てくる。
うむむ、正直気まずい。逃げ出したい。
「アニエスの言う評判の良い人はみんな誰かに支えられてるのよ。だから今一番私を支えてくれる彼をリンクパートナーに任命したの。彼をパートナーにすればきっと私はもっと成長できると思うから」
シャルーンの淀みのない本心の言葉とまっすぐな瞳をアニエスは見つめ、やがて頷いた。
「分かりましたのです。お姉様がそこまで信頼なさるならわたくしはお姉様には何も言いません。ですが」
アニエスはじろりと儂を見る。
「この人を認めたわけではないのです!」
アニエスが儂を認めないのはこの際どうでも良い。
むしろ面倒なのは……。
「クロスはどう感じたのかしらね~」
「ええい、儂も何も言わんわい!」
「もしかして照れてる?」
「照れておらん」
今までの人生で他人にここまで信頼を置かれたことがなかったので正直、何というかむず痒い。
まさかシャルーンがそこまで考えておったとは……。
まぁシャルーンを支えるという行為自体は儂の今世の生き様と一致しておるし、パートナーの件は応じるしかなさそうじゃ。
王族と繋がっておくことは損ではない。例えば妹のルーナが特別な錬金術師であることを今後どうしようかと思っていたが、王族の庇護下におけるなら安心できるというものだ。
そう思えばリンクパートナーは徳と思えるだろう。
まぁ……信頼されて嬉しかったのは否定せん。
「ねぇったら」
「ええい。む?」
その時だった。
入口の方から急に歓声が上がったのだ。
 





