084 リンクパートナー
「まぁ……私もまだ若いのにどうかと思ったんだけど、妹が聞かなくてね」
儂に褒章を授けてくれる王太子殿下がつぶやく。
「はぁ……」
「騎士剣を持ち出して直談判されてはもう……ね」
「おぬしは何をやっておるんじゃ」
「てへっ」
可愛く振る舞うがやってることはまったく可愛くなさそうなのは間違いない。
「殿下、リンクパートナーとは何か教えて頂けないでしょうか」
嫌な予感はもしやこれの件なのかもしれない。殿下に恐る恐る聞いてみる。
「いいだろう。王族にはそれぞれ三人まで人生における【リンクパートナー】を任命することができる。配偶者でもなく、仕事での上司部下でもない。パートナーは共に生きる人生の相棒と言えよう」
「え」
「クロス・エルフィド。君はシャルーンの選んだ一人目のリンクパートナーだ。君が王国民である限り、君はシャルーンのために生き、シャルーンを支えるお役目を得て、シャルーンは君をあらゆる敵から守り抜く。お互いがお互いの庇護化に入る」
殿下の言葉にあらゆる困難に立ち向かってきた儂の脳内が思わずフリーズしてしまう。
それほどまでの衝撃だった。
「パートナーはよほど信用できる相手でなくてはならない。僕もまだ一人しか任命していないし、国王陛下も二人しか任命していない。まだ成人したばかりのシャルーンがそれも異性を任命するなんて……、まったく」
異性のパートナーなんて選んでしまったら配偶者を得るのが大変になるじゃろう。
儂は気にせんが、向こうはなんて思うか。
「お、おぬし……何と言うものを儂に授ける気じゃ」
「私は自分の行動に自信を持っているわ。あなたをパートナーにすることを絶対に間違っていない」
「儂はともかくおぬしの評判に影響するじゃろう」
「私の立ち位置はもう決まってるから。別にいいわよ」
シャルーンがまさかここまで儂を評価しておったとは……。
どう考えても褒賞でもらうレベルの話ではない。王家のパートナーは恐らくとんでもなく大きな価値なのは間違いない。
他の三人がもらった面会許可証なんて比じゃないほどのモノじゃぞ。
「行っておくが儂は今の立場を気にいっておる。王族のために働く気は!」
「わかってる」
シャルーンの言葉には重みがあった。
「リンクパートナーといっても常に側にいろってことじゃないわ。普段は運び屋の仕事をしてくれていいし生活はほとんど変わらない」
「だったら」
「私が手伝ってほしいと思った時に手を貸してほしい。それはいけないこと?」
「……パートナーじゃなくたって助けてやるのに」
「ふふ、あなたが私の権力を必要になった時、パートナーの力を使ってくれて構わないわ」
「悪用したらどうするんじゃ」
「するの?」
ったく。シャルーンの名を使ってやりたい放題できてしまう制度じゃぞ。
だがそんなことをするはずがない。儂の二度目の生は若き者の助けになることを望んでおる。
「おぬしは儂の想像を超えてくるな」
「学園ではあなたに驚かされてばかりだったし少しはやれるようになったかしら」
うむむ、こんな手を使ってくるとはなんとしてもパートナーを解除してもらわねばな!
◇◇◇
表彰式は終わり、再び儂らはパーティ会場へと紛れる。
シャルーンは席を外しており、生徒一同集まっていた。
「やっぱりシャルーンさんはすごいですね」
「ほんと予想を超えてくるわい」
「クロスさんの予想を超えられるのがシャルーンさんの強さなのかもしれませんね」
「こういう予想外は求めてないんじゃが。はぁ」
スティラと一緒に先ほどの件を思い返す。
「リンクパートナー制度って誰を選定するか考えるのが難しいですよね」
「家族は別と言っておったな。そうなると身を守らせる護衛だったり、師もしくは弟子。庇護対象もパートナーとして相応しいのかもしれんな」
「パートナーに選ばれるってことは王家に認められるって話ですもんね」
そんなものを儂なんかにしよって……。
そうせざる得ない状況だったとか、それをしなければ何か守れないとかそういう事情ならまだしも、軽い気持ちで考えたとしか思えないんじゃが。
まぁシャルーンは儂の剣術を好んでおると言っておった。儂が元の年齢であれば師という立場になるが、今世での同い年だと含みしかないじゃろう。
「でもシャルーンさんがクロスさんをパートナーにした気持ちすごく分かりますよ」
「む? そうかぁ」
「わたしも王族だったらクロスのパートナーにしたと思います。そ、そのお薬のこととかもっと学びたいですし」
「邪念があるように思えるが」
「ないですよぉ~」
スティラまでそんなことを言うとはな。
「それにそうやって縛っておかないと……どこかへ行っちゃいそうですもん」
「……」
運び屋をやっている間はこの王国にはおるつもりじゃった。
じゃが……その先はと言われると回答に困ってしまう。
前世で世界中をまわり、近似世界である魔界や天界、異界へも旅立った。
いずれは今のクロス・エルフィドの姿でも訪れたいと思っておる。異界へは少しだけ訪れたが。
……たった一人で?
「わたしも頑張ったらシャルーンさんのパートナーになれるんでしょうか」
「おぬしがか?」
「国王陛下のパートナーは主治医だと聞きましたし、もっと薬を学んでいけば。ってクロスさんが側にいるなら不要ですかね」
「そんなことはない」
儂はポンとスティラの青い髪に触れる。
「努力家のおぬしなら儂の知識などあっと言う間に抜いてしまうじゃろう。目標にするのはありではないか」
「そうですよね! 今から諦めてたら……絶対に勝てない」
「う、うむ」
何か違う方向に熱意が出ているような気もするが……気のせいじゃろうか。
話が盛り上がる中、突然パーティ会場で喜ばしい歓声が上がった。
なんだろうかとそちらに視線を向けるとシャルーンと一緒に手を繋いだ非常にめんこい幼子が近づいてきた。
「アニエス様だ」
「第三王女のアニエス様よ!」
「何て可愛らしい」
顔立ちは妹のルーナと同い年くらいだろうか、シャルーンと同じ銀の髪をした幼子が儂らの側にやってきたのだ。しかし身長やある部分の大きさから成長はかなり早い。
儂は知らんかったがジュリオやスティラは眼を輝かせてその幼子を見ていた。
「アニエス。彼らが私の学友達よ。挨拶して」
「はい、お姉様」
凜々しい声と共に幼子がドレスのスカートを手に持ち、礼をする。
「初めましてなのです。わたくしはアニエス・ウィーラ・ロギュール・フェルステッド。今宵、王家のパーティに参加頂きありがとうございますのです」
「わぁ! 本当にアニエス様なんですね! 天使みたい……!」
「僕もお会いするのは初めてなんだ」
あまり表に出ていないのかもしれない。シャルーンは三姉妹と言っていたし、末っ子の妹ということか。
しかし王家の遺伝子はさすがじゃな。場の全てを虜にしてしまうような美貌。
成人していないのに一部の発育は非常に良く、少し際どいドレスによって際立たせていた。
あと50年老けていたら儂も虜になっていたかもしれん。
「スティラ様にジュリオ様。お姉様からお伺いしているのです。素晴らしいS級薬師のお姉様に将来の期待された学士さんとお聞きしましたのです」
スティラもジュリオもアニエスの愛らしさに夢中になっているようだった。
魅了という面では姉よりも優れているように思える。
「第一王女のピュリウム殿下は知性、第二王女のシャルーン殿下は武力に秀でているけど、第三王女アニエスはやはり圧倒的な美貌ですなぁ」
三姉妹それぞれ特徴があるということか。
ついにその第三王女そして儂の方に近づいてきた。
「クロス様。あなたにお会いしたかったのです。お姉様のリンクパートナーを受けると聞いてお会い出来るのを楽しみにしてたのです」
「ほう、そうか」
アニエスはちらりとシャルーンの方を向く。シャルーンは声のかけられた別の貴族と話をしていた。
そしてぐっと近づいてきて見上げて、儂と眼が合う。
その瞬間、アニエスの目が淀んだ。
「美しいお姉様を惑わす不調法者。どんな手を使ってお姉様を誑かせたか知りませんがわたくしが成敗するのです」
圧巻の敵意だった。姉のことを慕ってるゆえにリンクパートナーとなった儂に対して強烈な敵意をぶつけてきたのだ。
そんなアニエスに儂は……。
アニエスの髪をポンと手を置いて頭を撫でまくった。
「おお~そうかそうか。可愛いのう!」
「ちょ! 何するのです! わたくしはあなたに敵意を持っていて、こらっやめるのです!」
「幼子の敵意とかどーでもいいわい。いやぁ幼子はいいのう」
「うぐぅ」
「もう乳離れはしたのか? どうなんじゃ」
「ちち!? こ、この人最低なのです!」
儂が本当に15才だったら慌ててしまったかもしれんが200年生きてたら幼児の敵意など物ともせんよ。
天使だろうが小悪魔だろうが成人していない子供は可愛い。ただそれだけのことよ。





