008 時空剣術
「むごっ、むむっ……はぅ」
投与完了。シャルーンから唇を離してやる。
シャルーンはぺたんとへたりこんでしまった。
「まったく暴れるでないわ」
「な、な、何をするのっ!」
顔を真っ赤にして怒るシャルーン。
恥ずかしがりながらもきりっとにらみつけてくる。
じゃが、その勢いは失い、ゆらりとめまいがしたように倒れてしまう。
「あ、あれ……体が」
仙薬が効いて体が治癒され始めたようだ。
だが完治して動けるようになるまでには時間がかかる。
その間に魔獣がのっしりと近づいて来た。
「に、逃げて。クリムゾンドラゴンには絶対に勝てない」
「フン、所詮は赤トカゲよ。過去に討伐に成功したんじゃろう?」
それは誰が倒したと思う?
儂は覚えておるよ。100年前、さらに燃え広がった地獄のような光景でこの赤トカゲと対峙した。
儂は腰に備えた三本の刀の内、二本の太刀を抜く。
赤トカゲが大きな咆吼を放ち、口を大きく上げる。
「がああああああっっ!」
「ブレスが来る! 逃げてっ!」
「必要ない。一度勝った相手に負けるはずがなかろう。時空剣術……」
二本の太刀を交差させて剣刃を飛ばす。
「……ガッ?」
「え」
赤トカゲもシャルーンも呆然とした顔をしておった。
「――早送り」
相手の行動の先を行く時空剣術。相手が何をしようが問答無用でスキップしてしまう儂の時空剣術である。
赤トカゲは火を吐いたと思い込んでいたようだがそんなものはスキップだ。
「ががぎゃっ!」
遅れて刻み込まれる剣傷。赤トカゲは大きく悲鳴をあげる。
「う、うそ……」
「があああああっ!」
怒り狂う赤トカゲの尾撃を正面から受け止め、その勢いを反転させて相手にダメージを与える。そのまま返す刀でトカゲの尻尾を斬り落とす。
赤トカゲの爪撃をバックステップで躱し二本の太刀を振るい、胴体に傷を与える。
「あんなに堅い鱗なのに……」
儂の刀ならば造作もない。
「ヒュオオオオオオオッ!」
「む?」
「そいつは魔法を使うの! それで私達の騎士は全滅した!」
風属性の極大魔法、ウインドブレイドが出現、その100本に近い風の刃が儂とその後ろにいるシャルーンを狙う。儂が躱せばシャルーンは切り刻まれて絶命してしまう。
避けることは許されない。ならば……、儂は二本の太刀を構えた。
「無理よ! 精霊の力を持つ魔法には絶対に触れられない!」
「浅いな」
「え?」
「この世に触れられぬものなどない。ただ当てる技量が足りんだけだ」
精霊魔法だろうが霊体だろうが、儂にとって斬れぬものは存在しない。
時空すらも斬ることもできるんだ。当たり前じゃろう?
できないなんて言葉は鍛錬が足りてないことの証。
「長く生きて鍛錬せよ! さすれば全てを斬ることができる」
儂は向かって来たウインドブレイドを全て叩き斬って消し飛ばしていく。
大したことのない弱魔法じゃ。里を荒らそうとしていた魔獣の方が手強かったぞ。
儂は斬り捨てたウインドブレイドの魔力を奪い、風属性の力を刀に沿わせる。
そのまま二対の風刃として赤トカゲに返し、その翼を切り刻む。
「がああああっ!」
「す、すごい……。なんて流れるような動きなの。素敵」
赤トカゲの体は無惨にも切り刻まれ、倒れ込む。
儂は瀕死状態の赤トカゲの上に飛び乗った。
このまま首を刎ねれば終わりじゃが……。
――私がこいつを倒すんだぁぁあ!――
シャルーンはそんなこと言っていた。
「未来のある若者に実績を与える方が良いだろう」
儂が倒すべきではない。
シャルーンの折れた騎士剣を見る。あれでは赤トカゲを倒すことはできぬ。
ならばと儂は腰に備えた予備の刀。小太刀を掴んだ。
「シャルーン、これでトドメを刺すと良い」
「へ?」
シャルーンの側に小太刀を投げ渡す。
仙薬で体力が回復したシャルーンは立ち上がり、それを掴み鞘を抜く。
「なにこれ……すごく手に馴染む。刀なんて触ったこともないのに」
「小太刀、名を自由自在と呼ぶ」
小太刀は儂の予備の武器として前世で作製したものじゃ。
儂しか使えない癖のある太刀と違って誰でも扱えるように打ってある。
シャルーンでも扱えるはずじゃ。
「剣聖姫よ。おぬしの言葉に偽りがないのであれば……やれるな」
「ええっ!」
シャルーンは小太刀を振りかぶり、突き進んだ。
仙薬のおかげで体力は十分に回復しておる。荒削りだが年の割には才能を感じる動きだ。
儂が15才だった頃と比べれば雲泥の差。
「てやあああああっ!」
シャルーンは大きく飛び上がり、落下の勢いと共に赤トカゲの首に強力な一撃を与える。
儂が作った小太刀の斬れ味は伝説級。
こんな赤トカゲの首くらいあっという間に両断することができる。
「終わりだぁぁぁっ!」
シャルーンの渾身の一振りで赤トカゲの首は飛び、敵は完全に絶命した。
「ふむ、見事じゃ」