076 馬車の中で
真っ赤な顔になってしまったメールを解放し、儂は馬車に乗ることになる。
カタカタと荷車を揺らし、王城へ向かって走り出した。
導力機械が発達し、いずれはこういった馬車や魔獣を飼い慣らして荷物を引かせる魔獣車も無くなっていくんじゃろうか。
儂が前世の小さな頃からあった移動手段だというのに。
しかし立派な馬車じゃな。まさしく貴族を乗せるために作っているのか揺れが最小限となっている。
馬も筋肉の付き方が良い。
儂もテイマーの知見はあるが、剣や薬ほどではない。第二の生でチャレンジするのもありか。
儂とスティラは隣同士。向かいにメールが座っていた。
「おぬしも冒険者ギルドに帰っておったのか」
「つーん」
隣のスティラに話かけるがどうにも機嫌が悪いようだ。
儂と同じように制服に身を包み、ワンポイントの帽子が今日もよく似合っておる。
少し離れた所に住む儂とスティラを拾って王立学園に行き、最後に王城へ向かうというルートらしい。
スティラは儂とは逆方向に顔を向けている。
幼子にそういう態度を取られると何だかとても悲しい。
大人に嫌われるのは何ともないが子供に嫌われるのは辛い。
儂もたくさんの子供と接するようになり精神が弱くなったのかもしれんな。
「スティラ」
「……」
スティラのしかめっ面など見たくはない。
仕方ない。女児のあやし方は幼馴染や妹でよくやっておる。
儂はスティラの青い髪をゆっくり撫でてやる。
「……撫でたからっていつもわたしが言うことを聞くとでも」
「そうは言うな。スティラにそんな態度を取られると寂しいんじゃ」
「……」
お、抵抗が弱まってきたな。嫌と言っても体は正直なもんよ。
やはり幼子は可愛いのう。からかってやるか。
スティラのぷにぷにのほっぺもつついてやる。
「ちょ、こらっ」
「ぷにぷにじゃのう~。ほれほれ」
「もう。もお……」
言葉に緩みが出てきおったわ。あと少しじゃな。子供の機嫌どりに必死な儂。前世の儂が見たら絶句しそうじゃ。
スティラを抱くように腕を背中からまわす。
子供は抱いてやるのが一番よい。
「そ、そうやって優しくしても今日はダメなんですからっ」
今日はなかなかしぶといの。
ならば……スティラの脇腹あたりをつっつく。
「ひゃいっ!」
朝はシャルーンもこれで笑顔になったからのう。
スティラの脇腹をぐにぐにしてるとすさまじく反応を始めた。
逃げようとするスティラの腕を別の手で捕まえ、脇腹を攻めまくる。
「あああっ、ちょ、何するんですかっ! きゃはは、やだっ!」
「だって、スティラの怒った顔など見たくない。もっと笑ってくれい」
「わ、分かりました! きゃははは! ちょ、ちょっとスネてただけですから。や、やめぇっ! にゃははは」
ぜーはーと涙目のスティラを見据える。
「儂が悪いことをしていたなら謝る。おぬしは儂にとっていろんな意味で特別な存在なんじゃ。嫌われたくはない」
「と、特別!?」
スティラがぎゅんとこちらを向いた。
ちょっと機嫌良くなったかな。
「当然じゃ。水の都で初めて出会ってから今までいろんなことがあったからな」
「そうですね……。あの時クロスさんに助けてもらわなければ薬の研究も出来なかったですし、こうやって学園にも通えなかった。今なんて王城のパーティですもんね。本当にたくさんですよ」
「きっかけはそうかもしれんが全部おぬしの実力じゃよ。おぬしの研究結果は目を見張るものばかりじゃからな。おぬしと知り合えたことは本当に儂にとっても大きい」
儂はスティラの肩の方から抱き寄せるように頭を撫でてあげる。
「あ、あのクロスさん……」
「だめか?」
「どうぞ。ただ……」
「ただ?」
「できればいっぱい撫でてほしいなって」
「仕方ないのう」
スティラの綺麗な青い髪を撫でてあげると嬉しそうに頬を綻ばせた。
何とか機嫌を直してくれたようじゃ。
やはり最後は頭を撫でてあげるのは効果的じゃな。
妹のルーナも幼馴染のテレーゼもシャルーンも撫でてあげたら猫のように甘えてすり寄ってくる。
特別な関係。つまり孫みたいなもんじゃ。だからこの子はただの幼児ではないのじゃ。
これぞ幼児相手のグッドコミュニケーションってやつじゃな。
「しかしなんでそんな怒っておったんじゃ」
「だってぇ。クロスさんシャルーンさんばっかり。わたしだって寂しかったんです」
「そうなのか?」
「わたしは奥手なので……。シャルーンさんの方が美人だし、強いし、王女様だし」
「後者はともかく、おぬしだって負けないくらい可愛いじゃろ」
「えっへっへ、そうですかぁ?」
スティラは嬉しそうにすり寄る。やれやれ甘えん坊じゃのう
可愛いので顎をさわさわと撫でてやる。
「やぁん、変な気分になっちゃいます」
「フフフ、我慢などせんで良いぞ」
大人相手にこんなことはできんが、15才など儂にとっては幼児じゃからな。
幼児と遊んでやるのは楽しいな。
「スティラにつーんとされた時は焦ったわい」
「じゃあ……これからもつーんとしたらかまってもらえるってことですよね」
「おぬしはつーんとした顔をより笑った顔の方が良いぞ」
「きゃっ!」
もう一度スティラのお腹まわりに指を走らせる。
ぴくっと体を震わせ、身をよじる。
「きゃははっ、駄目ですって! もう!」
「うむ、そういった顔の方が良いな」
「もう、クロスさんのいじわるぅっ!」
「あの……」
スティラをくすぐって可愛がってたら、対面に座ってたメールから声を差し込まれる。
「なんじゃ?」
「すいません。あまりのいちゃつきぶりに耐えられなくなってきて」
「いちゃついているわけじゃ!」
スティラは顔を真っ赤にして。
「いちゃついておったかもしれんのう」
「クロスさんったらもうっ!」
儂は当たり前じゃが平然と話す。
「さっきのわたしもこんな風だったんですね。客観的に見るとすごく恥ずかしいですね……」
うむ? さっきメールの頭を撫でてやったことの話だろうか。
「クロスさんがここまでするのはきっと私だけ」
「もしかして姫様にも……そんなイチャイチャなことしてないですよね」
「うーむ。あっ」
今朝、腹いせに泣くまでくすぐってヘロヘロになったシャルーンにやりすぎたお詫びにちょっと頭を撫でて膝をかしてやったか。
その時めちゃめちゃ甘えてきた気がする。
「シャルーンにも今朝甘えさせてやったなぁ」
「は?」「は?」
同じ言葉だがスティラとメールの声の太さは違う感情に思う。
「スティラさんだけでなく姫様にも手を出しているということですね」
「クロスさん、王国は重婚OKといえ、ちょっと節操がないと思いませんか」
「ちょっと待て。なぜそこまで怒っておるのじゃ! 儂に詳しく教えてくれ」
「それではですねぇ」
スティラは微笑んだ。
「クロスさんがあらゆる子にいい顔する風見鶏のクズってことですよ」
「それの何が悪いんじゃ!?」
200年生きた貞操感が更新されるまで儂がそれを理解することはできなかった。
「それでも……わたしは甘えんちゃうんですけど」
(スティラさんはもう駄目だ。姫様だけはわたしが守らないと!)
なんかいろいろな思惑が透けて見える中、馬車は王立学園へ到着する。





