074 お休み
王立学園への暮らしは中盤戦が終わった。
テロ事件があったため学園は一時休校となってしまった。
休みとなったので儂は一度社長の顔を見に会社へ戻る。
「やっほー! クロスくん、おかえりなさい。キャピ!」
ハイテンションな社長の姿に思わずずっこけそうになってしまう。
「ど、どうなされたのじゃ……。社長らしくない」
「最近ね。心が安らかなの! 会社の景気もいいから、前から欲しかったものを衝動買いしちゃった!」
何だか調度品などが増えた気がする。
服やアクセサリーの店員さんは声かけてくるから怖いと言ってそれらが増えてないのはある意味社長らしいと言うべきか。
以前までは死んだ魚の目をしていた社長であったが、わりと年相応な感じの明るさが目立っている。
「ミャー」
「アスタロト、おぬしどれだけ社長の闇を食らったんじゃ」
「ミャ-?」
とぼけた顔をする異界の魔神。
社長の護衛としては役に立っているようで、儂がいない時にたまたま押し入った強盗も社長に知られずに処理したらしく、可愛い顔をしてえげつないことをしている。
可愛いのは擬態ではあるが。
社長が明るくなったのは良いことだが、金銭感覚がバグって衝動買いに走っているのが少々怖い。
性格的におだてられるのに弱いから情報商材とかに騙されやすいんじゃよ。
もうすぐこの仕事も終わるし、それまで何もないことを祈るしかない。
「あ、クロスくん。何かきらびやかな手紙が来てたよ」
「捨ててくださって結構じゃ」
「え、捨てるの?」
「儂には必要ないので」
その時だった。とても嫌な予感がしたので儂は会社の扉のノブを掴む。
そしてとんでもない力でノブがまわされた。
「ぬっ、なかなかの力じゃなっ!」
「ちょっ! その力はクロスでしょ! 開けなさい」
その声はシャルーンだった。
このままではドアノブが壊れてしまう。仕方なく儂は開けることにする。
「学園もお休みじゃ。そっとしてはくれんかのう」
「そうしてあげたいんだけど、そうも言ってられないのよね」
私服姿のシャルーンが社内に入ってきた。
銀の髪は今日も美しく、社長が一目見てびくっと震える。
「まばゆい……。それに比べて私のゴミクズさはあばばばばばばっ」
闇を食われて明るくなったかと思ったが本物の光を見て愕然し、再び闇をひねり出す。
久しぶりに社長らしさが見えた気がする。これぞ陰キャコミュ症の鏡じゃな。
「それで今日は何のようじゃ」
「ふーん。しらばっくれてるのか受け取ってないのか分からないけど」
シャルーンは一枚の煌びやかな手紙を渡してくる。
「学園の事件解決に貢献した生徒を表彰するって話を事件の後にしたと思うんだけど。今日、王城でそれも含まれた社交パーティがあるの。」
「そーじゃの。そんな話があったような気がするのう」
「その招待状を送ったんけどあなただけ回答がないの。スティラもジュリオもブロコリもみんな返答をくれたわ。無いのはあなただけ」
「行き違いになったかもしれんのう」
「寮と会社に送ったから見てないのはありえないよね」
さっき社長が届いていたと言っていたのはそれか。
儂は社交パーティなど絶対に出たくない。ゆえに見ていないことで通すとするか。
「まぁいいわ。はい招待状」
「王女が直接持ってくるってありえんじゃろ。どうなっとるんじゃ」
「私以外だとやりくるめそうだもの」
付き合いが長くなったゆえに儂の生態を理解するようになってきた。
さて、どうやって断るか。
「そもそもその招待状を儂に送るのはおかしくないか」
「え?」
「先ほどの三人は確かに貢献したじゃろう。しかし儂は何もしておらん。何もしてないのに招待するのはおかしいじゃろ」
「あなた何を言ってるの」
「証拠を出せ、証拠を! 儂が事件に貢献したという証拠を!」
「私と一緒に事件の話をしたじゃない!」
「そんな状況証拠じゃ人は動かん。物的証拠を持ってくるんじゃ!」
警備員に扮したテロリストの男には儂の名前は伝えておらん。
つまり儂が王立学園の襲撃事件に関わった証拠がないのじゃ。
シャルーンやスティラが何を言おうと儂は参加していないと言い張ってやる。
「良い証拠を出せという人を初めて見たわ」
シャルーンは呆れ、目を細める。
なんとでも言うが良い。王族、貴族が揃うパーティなんぞに言ったら有名になってしまう。儂は一般的な運び屋でいいんじゃよ!
まぁ、儂を説得できる人間なぞおるはずがない。
シャルーンは諦めたのか儂から離れていく。勝ったと思った。だがシャルーンは社長に近づいたのだ。
「ねぇ社長さん」
「はひっ! シャルーン殿下美しい、良い匂いがすりゅ……」
「クロスを王城に連れていきたいんですけど、説得してもらえませんか」
「ちょっ、こらっ、おぬしは!」
社長は儂の方を向く。
「クロスくん」
「うぐっ」
「良いことをしたんだったらちゃんと厚意は素直に受けなきゃだめよ」
「で、ですが」
「せっかくシャルーン殿下が来てくださったんだから、ハヤブサの未来のためにも……ねっ」
「ぐっ……社長のお願いには逆らえぬ」
儂は社長のお願いを断れない。正確には上司の命令を断れない。
前世で農家の四男として生まれた儂は子供の内に金で売られ、奉公に行くことになった。
その場所で儂は様々なことを学んだ。
才能Eの儂にできることはそう多くなく、たくさん怒られ、何度も泣きべそをかいたわ。
そこで覚えた教訓の一つ。上司に逆らってはいけない。
どんな事情があっても上司の言うことには頷く。それが儂の処世術だったんじゃ。
ゆえに215年生きた今でもその生き方は染みついている。
神でも王でも儂を動かすことはできぬ。
だが上司……社長の言うことだけは逆らうことは許されない。
それが儂の魂の楔と言えよう。
「行けば良いのじゃろう。社交パーティとやらに」
「やったー! クロス、ありがと~! 今日の夕方から宜しくねっ!」
「……」
満面な笑みを浮かべるシャルーン。何というか頭が痛くなってくる。
うむ、今後も同じことをされては儂としても宜しくはない。
少しお仕置きが必要じゃな。
「社長。シャルーンにお土産を渡したいので倉庫から持ってきてはもらえませんか」
「うん、いいよ。待ってて」
「え、いいですよ。そんな」
社長をこの場から離れさせて、この場には儂とシャルーンのみとなった。
儂はシャルーンの腕をぐっと掴む。
「あの……クロス、何かちょっと怖いんだけど」
「おぬしはちょっとオイタが過ぎたようじゃな」
「え……ともしかして怒ってる?」
「うむ」
儂はシャルーンを足払いして転ばせる。
「ちょ、きゃっ!」
そのまま組み伏せて、動けないようにした。
「あ、あの……」
「今後こういうことが無いように体で覚えてもらうとしよう。この間おぬしの弱点を改めて知ったからのう」
「ちょ、まさか! 私が悪かったから。あのそれだけは!」
200年で生きた儂の手技をとくと味わうがいい。
両手をわきわきとさせて、シャルーンの全身を指を走らせて、駆け巡らせた。
触れた瞬間体がびくんと跳ねる。。
「きゃはははっ! ま、待って、 なにこれっ! きゃはははははっ、死ぬ、死ぬっ! 我慢できない、無理無理無理っ!」
「本当に敏感じゃな。今日は徹底的に笑顔にさせてやるからのう」
「きゃあああ、ああぁん! ごめんなさい、ごめんなさい。あっはっっは! ごめんなさーーーい!」
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