059 大いなる力(※ジュリオ視点)
「分かったよ。じゃあ……個体値の特訓ってやつを」
「いや、その前にもう一人強さを欲してる者がおる」
クロスが視線を別の方に向けると広場に別の男子生徒が現れていた。
彼は同じクラスのブロコリ。クロスが呼んだんだろうか。
「ねぇクロス。なんでブロコリがここにいるの」
「儂が呼んだんじゃ。ブロコリも強さを求めておった。奴を強くさせることは結果として全て良い方向に行くと思ってな」
クロスがブロコリの所へ行く。
「良く来てくれた。来るかどうか……五分五分じゃったからな」
「……話半分だよ。君のその妙な自信が気になっただけでやると決めたわけじゃないから」
「それで良い。選択はいつだって己の心で決めるものじゃ」
何のことか全然分からない。
ブロコリは昼休みも飲み物を買ってくるのが遅かったとかでヒストールに殴られたりしていた。
シャルーン達女子が一緒の時は手を出さないけど、男だけしかいない時は本当にひどい扱いだ。
「一晩で強くなれるって聞いたけど、正直信じてはいないよ」
「一晩!?」
僕は驚いてしまう。
クロスはそんな文句で彼を呼び出したのか。
いくらなんでも無茶すぎる。さっきの個体値や努力値の話だって2週間かけて少しずつって感じだったのに一晩だなんて無理でしょ。
「ジュリオにさっきまで話したのが儂の理論。それにS級薬師であるスティラの才を加えるとさらに瞬時性が増す。スティラ」
「はい、これです」
スティラは瓶を取りだして、ブロコリに手渡す。
緑色をした何だか不思議な液体が入っていた。
「これを飲め。さすればおぬしは明らかに強くなる。個体値や努力値などを超える、力の解放を得ることができるのだ」
さらに手っ取り早くということだろうか。その言葉通りなら一晩で強くなれるけど……。
本当に強くなれるの?
「儂の理論と素材提供にスティラが精製したポーションの薬。その名も」
クロスはその瓶を指差す。
「ドーピングポーションじゃ」
何かとても妖しげに見えて来たよ。
ドーピングってあれでしょ。薬の力で安全な範囲を超えて能力を増幅させ、肉体を大きく強化させるやつ。
ただその代償で体に負荷をかけて、身体の損傷を大きくする。
「そんな危険なものを僕や彼に飲ませようとしているの?」
「何か勘違いしてるようじゃな。危険なのは代償として体に負荷をかけ、崩壊してしまうことじゃ」
「ドーピングの末路はいつも悲惨な話しか聞かないよね……」
「崩壊すれば悲惨となるじゃろう。じゃが崩壊しなければ安全となる。そう思わんか」
「いやいやいやいや」
「長年の研究でその反作用を可能な限り発生しないように薬草を組み合わせて開発した。これは世界で一番安全なドーピング薬じゃ」
安全なドーピング薬って相反しすぎててネーミングがやばい。
「わたしも始め、理論を聞いた時には驚きましたけど……S級薬師であるわたしが保証します。これを飲んで命や健康が阻害されることは一切ありません」
スティラがそう言うなら信じていいかもしれない
薬師が薬に関して偽ることは許されない。彼女は一級のS級薬師。きっとこれは安全なポーションなんだろう。でもなぁ。
「……ただ大いなる力を手に入れることがある意味代償なのかも」
「それってどういう」
「ゆえにジュリオは使うかどうか考えるが良い。このドーピングポーションを使わず、2週間投薬トレーニングでおぬしを強くすることもできる」
「投薬ってところに恐怖はあるけど……。うん」
なるほど。ブロコリが使うのを見た上で考えてもいいってことか。
一晩で強くなれるなら僕も服用すべきだと思うけど、ふんぎりはつかない。
「ブロコリ、君はどうするんだい」
「僕は飲むよ。薬師が安全だというならチャレンジしてもいいとおもう。騙されたと思って来てるんだ。僕はあいつらよりも強くなりたい!」
そうだ。僕も決闘会に勝ってシャルーンの婚約者候補になる。
没落してしまったペスターレ家を再興させるためにどんな手でも使うって決めたんだ。
ブロコリに続いて、僕も飲もう。
ブロコリはポーション瓶の蓋を開けて、ぐびっと飲み始める。
そして瓶は地面に落下して割れた。
そして数十秒。
「どう、何ともない?」
僕はブロコリに声をかける。ブロコリは平然としていた。
だが、突然ブロコリの体がドクンと跳ねた。
「あ……ああああああああああっっ!」
「ちょっとクロス、スティラ! ブロコリが苦しそうだよ」
「一時的な筋組織の膨張のせいじゃな! 安心せい」
ブロコリの黒の髪が金色に光り、オーラのようなものがにじみ出してきた。
メキメキと音がして、大地が震えるかのような波動が発生する。
「だあああああっっっ!」
ばぁんと破裂音がして、ブロコリの体が大きく爆発したように見えた。
思わず目を塞いでしまう。
……そして再び目を開けた時にバラバラになった制服がそこに散らばっており、その先には。
2メートルの近くの筋肉がムキムキの大男がそこにはいた。
「気が高まる……。溢れる……」
「な、ナニコレっ!」
小柄でナヨナヨだったブロコリが鋼の肉体を持つゴリマッチョ大男になっていたのだ。
服は全て破け、下着一丁になっていた。
これ完全に別人でしょ。
「ハアアアアアアアアア、ウオオオオオオオオ!」
ブロコリは雄叫びを上げる。これはもしかして我を忘れてしまっているんじゃ。
「しっかりせんか!」
「痛いっ!」
クロスがパンとブロコリの背中を叩く。
声はちゃんとブロコリのままだった。
「うん、成功しましたね!」
「当然じゃ。儂の理論とスティラの精製技術に失敗はない」
「これが僕……」
「ちょっと待って!」
僕は突っ込みたい気持ちを抱えて、ブロコリの正面に立った。
全身ゴリマッチョで瞳の色が消えて、白目になってるし、変なオーラも出ていて、髪色も金になってるし……もう何か別の人種でしょ、これ。
クロスは近くにあった大岩を持ち上げる。
「ブロコリ、これを打ち砕いてみるんじゃ」
ぶん投げられたそれは普通に人間であればぺっちゃんこになってしまうよう大きいもの。
クロスが何でそんなものを持ち上げられたのとか、潰されてしまったらどうするのとかいろいろ頭に思い浮かぶけど、どうにもならない。
放物線を描いた大岩にブロコリは。
「ウオオオオオオオオっ!」
雄叫びを上げて、パンチで砕いてしまった。
うっそでしょ。なんて力なんだ。
「力こそパワーという言葉がある。広義的に考えれば戦いにおいて力よりも技術は大事だし、柔よく剛を制するという言葉もある。しかし達人でもない小僧レベルの戦いであれば力で押し切れば何とでもなる」
身も蓋もない言い方だった。
ブロコリに圧倒的な力を与えて、ごり押ししてヒストールに勝てということだろうか。
「これなら、これならヒストールにも勝てるぅぅぅ! ウオオオオオオオッッ!」
「ブロコリ分かっておるな。力に溺れてはならんぞ」
そうだ。こんな力を持ってしまったらブロコリが男子を支配することになってしまうんじゃ。
そんなことになったら結局は……。
「分かってるよ。僕は力に溺れたりしない。強くて優しい騎士になるからね」
ブロコリは白目のままニヤリと笑う。
その鋼の体を得ても彼は彼のままだった。
「心配しておらんかったよ。おぬしなら乗り越えられると思っておったからな」
クロスは分かっていたんだ。ブロコリが力を持ってもヒストールみたいにならないって。
だからあのドーピングポーションを提供したんだね。
「あのクロスくん」
ブロコリはあどけなさの残る声で聞く、
「この姿っていつまで続くの? 1日とか2日とか?」
クロスはにこりとした。
「永遠じゃ」
フラグクラッシュその⑤ ドーピングは一次的な効果ってフラグをぶった切る。
創作での肥大化した筋力は時間が経てば戻るのが定説ですが、戻らなかったらどんな暮らしになるか。
それを次から描きます
※作者からのお願いです。
「期待する」「面白いかも」と思って頂けてたら是非ともブックマーク登録や↓の☆☆☆☆☆から評価をお願いできればと思います。
読者様の応援がモチベーションに繋がりますので是非とも宜しくお願いします!





