006 剣聖姫との出会い
ここはただの森だったはずだが、複数の人の気配を感じる。さらに獣が叫ぶ声が聞こえる。
この森は確か100年前に火を吐く魔獣が生息しておったな。
その魔獣が暴れたせいで一回は燃えて無くなってしまったが長い年月を経て再び緑を取り戻したと聞いている。
杞憂であればそれで良い。儂は森の中へと入った。
「これは……」
森の中を突き進んでその異変に気づく。
鎧に身を包んだ王国騎士団の騎士が複数人倒れ込んでいたのだ。
手前にいた騎士に駆け寄る。
「おい、しっかりするんじゃ」
「う……あ……」
ひどいやけどに爪傷まである。
大型な魔獣に襲われたということか。
どうやら全員息はあるが……このまま放置しては命に関わる。
「儂がおって良かったの」
儂は腰に下げた小さな鞄から丸薬袋を取り出した。
「仙薬じゃ。飲むが良い」
「ごくっ。ん? ああががががっ!」
仙薬とは体内の治癒力をフル活性させて全身の傷を直す儂が作った薬じゃ。
傷を全快にすることができるが負荷も強い。
ま、死ぬよりはマシじゃろう。
儂には剣術だけでなく薬師術にも心得がある。寿命100年の世界で200年生きることができたのはこの薬師術による所が大きい。剣を磨くためには体を知る必要があり、それが薬の研究へと繋がった。
数々の龍脈の集まるエストリア山で採れた魔力を帯びた薬草と200年生きた儂が習得した薬師術を組み合わせて生み出した秘薬がこの仙薬じゃ。
ここにいた5人の騎士に全てに仙薬を飲ませた。
「うっ……」
「気がついたか。何があった」
比較的軽傷だった一人の騎士が目を覚ます。
「わ、我々はレッドドラゴンを討伐するために派遣されたんだ」
魔獣討伐でこの森に入ったということか。
兵士は思い出したように震えだした。
「だけどあれはレッドドラゴンじゃなかった! もっと恐ろしいドラゴンだったんだ」
事前情報と違い、相手がより強力な魔獣で返り討ちにあった。よくある話じゃよ。
「まぁ良い。近くに村があったはずじゃ。このまま儂が連れていってやる」
「だ、だめだ。奥にはひ、姫様が!」
「姫じゃと?」
「【剣聖姫】シャルーン様が我々を逃がして……奥に残ってしまったんだ」
「殿がおったのか」
巨大な魔獣がおるのに全員生き残れたのはおかしいと思ったが殿を務めるものがいたということか。
向こうの方で燃えているのか赤く光っている場所がある。
「頼む、あのお方を救いだしてくれ。この国に必要なお方なんだ!」
兵はがくりと気を失ってしまった。
この仙薬は自然治癒力を高めて傷を治すが、傷の治療に体力を使ってしまうから体力を鍛えていないとこのように気を失ってしまう。
安静にしていれば命に別状はないが、その先が気になるな。
「行かねばならんようだな」
儂は獣の気配のする方へ全速力で走った。
前世200年では人と関わらずただ己のみの研鑽に全てを費やした。ゆえに前世であればこの状況を放置したかもしれん。
しかし今世ではなるべく人と関わっていく生をしたいと思っている。
200年で研鑽した力が万人を救えると信じて、それが新しい父上と母上の元で学んだ儂の生きる目的よ。
「いた」
赤く燃える樹木の間、開けた場所に幼子と魔獣が対峙しておる。
まだ無事のようだ。
長く伸びる銀髪と騎士鎧を着た幼子が折れた騎士剣を地面に刺し膝をついていた。
後ろ姿から見て、すでに体力は危険域。
対するは赤トカゲは傷は負っているが動きはまったく衰えていない。
獰猛な赤トカゲが幼子に向けて突っ込んできた。
あの勢いは避けられん。儂は飛び出してギリギリの所で幼子を抱え、その突撃を躱した。
着地して大きく息を吸う。
「生きておるか!」
「……えっ! ごほっ!」
幼子が咳き込みながらも目を見開く。儂の姿を見て驚いた顔をする。
長く伸びた銀の髪に非常に美麗な顔立ちの幼子。儂と同い年くらいだろうか。
それはまさしくやんごとなき身分の姫君の姿だった。