041 結社壊滅編~異界~
【異界人】ヘスラ・グロイツェルが生まれたのは王国から遠く離れた小さな国であった。
比較的裕福な家で生まれたグロイツェルは幼少から人は違う感覚を覚えていた。
それは家に大量の書物があり、それに影響されたことに他ならない。
そしてその中にあった異界の書というものに強く心を引かれたという。
異界とはこの世とは違う闇が蔓延る世界を指す。異界の書はそれらが詳細に書かれており、グロイツェルはいつか異界に行きたいという願望を心に秘めていた。
人々は剣士や薬師、魔術師のジョブを目指す中でグロイツェルはただ書物を読みあさり、研究に没頭するのみだった。
研究費を稼ぐために神父となり、巡回神父として世界中を旅し、数々の遺跡を回り続けた。
◇◇◇
「ただの運び屋が来るとは予測とは外れるものだね」
クロス・エルフィドがこの特殊空間の最奥へたどりついたことにグロイツェルは反応する。
エージェントの中でトップクラス実力を持つ剣帝エーベをあっと言う間に倒してしまい残る幹部はグロイツェルのみとなった。
「おぬしがこの会社の役員という形で間違いないな」
「言い得て妙な問いだ。ただ間違ってはいないかな。【異界人】グロイツェル。そう呼ばれているよ」
「異界人。ふむ」
「王国でこの場に来れるのはシャルーン・フェルステッドくらいだと思っていたよ」
「シャルーンは人気じゃのう。どいつもこいつも似たようなことを言っておったわ」
グロイツェルは振り返り、最後の結社の実験に使用する予定だった宙に浮く、真っ黒のスフィアを見上げた。
ここに眠る魔力は最終計画のために温存していたがエージェントが全員破れた今、ここで使用するしかないのかもしれない。
グロイツェルはクロスの実力を測りかねていた。
グロイツェルは強力な魔術師でエーベと同等の強さを持つがクロスに成す術なく倒されたことを見ると普通の戦いでは危険かもしれないと判断する。
やはりスフィアの力を使わねばならないかとグロイツェルは手に持つ錫杖、天女帝より授かりし秘宝を使うことを決めた。
「せっかくの褒美だ。王国で行おうとしていた実験の内容を教えてあげよう。ここに来たということはすでにある程度掴んでいたのだろう」
「え? 知らんが」
「謙遜しなくていい。君には見る権利がある」
そしてグロイツェルを錫杖振るう。
「君は異界を知っているかな?」
ごごごっと地響きが鳴り、この特殊な空間が崩れていくかのように震えていく。
真っ黒なスフィアの力に黒き雷鳴が鳴り響き、世界が入れ替わったかような感覚をこの場所全体を支配した。
「闇より恐ろしい深淵の空間。魔神の領域と言われている場所だ。私は研究を重ね……異界への次元転移に成功した」
今いる場所は異界だという。
「王国を異界に転移させるのにはまだピースが足りなかった。……しかしこの場だけを異界へ転移することはたやすい!」
「ほぅ」
クロスはキョロキョロと回りを見渡す。
まわりはかなり暗く、常に闇が周囲を取り囲んでいた。
「フハハハ、暗かろう。怖かろう。私も30年ぶりだよこの異界へ来たのは!」
ヘスラ・グロイツェルが初めて異界にたどり着いたのは今から30年近く前。
巡回神父をしながら研究を行い、禍々しい儀式を経て、彼はこの異界へと到着したのだ。
「さぁ運び屋の少年、私と共に異界への旅に出ようじゃないか」
「結構。異界はもう行き飽きたのでいらぬ」
「フフフ、怯えることはない。確かに恐るべき所だよ異界は!」
「うーむ、儂の話を聞いておらんな」
「昔話をしてあげよう」
異界の書を読み込んでいたがさすがに初めてだったこと、まだ10代後半で未熟だったこともありたくさんのトラブルに見舞われたのだ。
そんな時、異界の魔物に襲われて死に瀕したことがあった。
「私は淡色の髪を持つ老人と出会った」
「あ~~。……そんなこともあったような、あの時の小僧か」
「異界の魔物を太刀で斬り捨て、動けなくなった私に手を差し伸べた。人などいないはずの異界で出会った彼はおそらく異界の住人」
「ふむ、その老人に再び出会いたいということか! それなら」
「そんなはずがないだろう!」
クロスの言葉にグロイツェルは痛烈な言葉を吐く。
「異界で果ててもいいと思っていたのにおぬしに異界はまだ早いと異界から追い出されてしまった。こんな屈辱あるかっ!」
「……」
「私が望むのは魔神アスタロトと出会うことだ! 魔神と出会い、私はアスタロトと契約し異界を統べる!」
グロイツェルは錫杖を掲げて、魔力を注ぎ異界の空に強制的に穴を空ける。
「天女帝より授かりしこの杖を使えばこんなこともできるのだよ! はぁっ!」
空間の裂け目を破って悪魔のような魔生物が出現したのだ。
この世の悪を凝縮したようなまさに異形の魔物。
グロイツェルの顔が変色していく。かなり無理をしているようだ。
「はぁ~~~っ、懐かしいなぁ。どうかね、現実世界に染まりきった君はすでに異界の瘴気に蝕まれて動くこともままならないだろう。30年前と変わらない。この痺れるような感覚。私はこの錫杖の力でたやすく動けるが……君の人生はここで終わりだぁ!」
グロイツェルは片手をクロスの方に向けて、炎の魔法を出現させる。
「この【異界人】に歯向かったこと異界の果てで悔やむといいっ!」
異界の瘴気の恐ろしさはグロイツェルが一番理解していた。
前回の来訪時にすぐに体が痺れて動きが制限されてしまったからだ。
現実世界でしか存在しない【毒薔薇】の毒とは違う、異界の瘴気。それに耐えられるものなど存在しない。
……はずだった。
突然グロイツェルの横にいた二対の魔獣が両断された。
「は?」
カチンと刀を鞘に収める音を聞き、クロスは軽く息を吐く。
グロイツェルは信じられない顔をし、唖然とクロスを見ている。
「なぜ動ける」
「ん?」
「この異界はそんな軽々しく動ける場所ではない! 世界で一番慣れている私ですら気を抜けば心を持って行かれそうな瘴気の世界なんだぞ……」
「瘴気ぃ? 足元をよく見るといい」
グロイツェルは言われたまま足元を見る。暗くてよく見えなかったがそれは間違いなく草花であった。
「それは異界の花、アレバナの花粉じゃよ。何が瘴気じゃ。暗闇と花粉に脳が少し揺らされて勘違いしてるだけのことじゃろ」
「か、花粉だと! そんな馬鹿な。そんなはずはない!」
「暗いゆえに淀んでおるように見えるが、異界は静寂で良い世界じゃよ。儂も20年住んでいたからよく分かる」
「ホラを吹くんじゃない!」
「嘘じゃないぞ。まったく異界を何だと思っておるのだ。魔物はちょっと異形だが焼くと美味いぞ!」
「た、たべっ!?」
クロス・エルフィドの平然とした様子にグロイツェルは混乱を隠せない。
世界で一番異界を知っているはずだったのにクロスは故郷へ帰ってきたかのような落ちついた様を見せた。
グロイツェルは【異界人】を名乗る手前許せなかった。
「馬鹿なありえない! 私は前に来た時、精神が崩壊するかのような感覚を得た!」
「そりゃメンタル弱いだけじゃろ」
「は?」
「分かるっ! ウチの社長もメンタルとっても弱いし。気持ちは分かるぞ。うん」
グロイツェルは全ての魔力を錫杖に込めた。
「異界の魔神を呼び出せば……天女帝に授かったこの英知に不可能など! うがががあああああ!」
「おおお、それ以上は死ぬぞ。やれやれ、今時の若者は無理をするのう」
先ほどの召還よりも強い魔力にグロイツェルの体は変色していく。
このまま続ければ身も心も悪魔になってしまうことだろう。
「分かった! そんなに呼びたいなら儂が呼んでやる。だからもう止めい」
「なっ」
クロスは二本の太刀を交差させて、大きく息を吸った。
「空間連結」
クロスは時空剣術の一つ、空間連結を使用する。
現実世界ではあまり効果のない技だが、空間が不安定な異界であれば遠くからものを呼び出すことができる。
空間を切り取って、繋げ、その先からゴゴゴッと空間に裂け目が入って大型のナニカが出現した。
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
連結させた空間から巨大な異形の悪魔が出現した。
手は何十本以上あり、鋭い牙と百個の目は異形そのもの。闇のオーラを纏い、睨まれると身も心も石化されてしまうほどの力がある、
「な……なんだそれは……」
「魔神アスタロト。おぬしが会いたかった魔神じゃよ」
グロイツェルは目の前に現れた異形の魔神の姿に力が霧散してしまった。
「この異界を支配する魔神じゃ。久しぶりに会うが奴も儂だと分かったようじゃ」
「ほ、本当に魔神だと! 天女帝の力無しでそんなことがただの人間にできるはずがない! そんなものは偽物だ!」
「30年ぶりに再会したけど変わっておらんから本物じゃよ。こんな見た目じゃが意外にお茶目なんじゃ」
グロイツェルは錫杖を振り、異界の魔物を出現させる。
「キッ!」
アスタロトの眼力により、グロイツェルが呼び出した魔獣は石化し消滅してしまった
グロイツェルは焦った表情で頭をかきむしる。
「こんなこと、こんなことあるはずがないっ! 異界の全てを知る私が知らないことなどあるはずが……!」
「異界人を名乗るなら最低異界に10年は住んだ方がいいじゃろ。ほらっ、地方民だって1,2回しか来てない観光客に地元を語られたくないわけじゃよ」
クロスのわけのわからないフォローもグロイツェルの頭には入っていなかった。
強く叫び、声を出す。
「き、貴様は何者なんだぁぁぁっっ!」
「だ・か・ら、どこにでもいる運び屋じゃよ」
「運び屋が魔神を呼び出せるかぁぁっっっ! こんなのありえない! ありえないぃぃぃ!」
グロイツェルは無理やりに錫杖を振りかざし、魔法を放ちクロスと魔神アスタロトを倒そうと足掻く。
だがそんな魔法はアストロトによりかき消されてしまい効果は無かった。
アスタロトは大きな頭を動かして、クロスの方を向いた。
「エサにしていい? ダメに決まっておるじゃろ」
クロスとアスタロトは和やかに話をしている。
ただ半狂乱となってしまったグロイツェルにクロスはそっと息を吐く。
これはもう言葉で止められないようだ。そうなると
「アスタロト。こやつはおまえと会いたかったようだし、消滅させない程度にボコボコにして良いぞ。え、死んでもいいのかって?」
半狂乱になりながら杖を振るグロイツェルを見据える。
「安心せい。消滅死と寿命死以外なら儂はどんなに肉塊でも元に戻せるから」
「ああああああああ、く、来るなぁぁ……。ギャアアアアアアアアアア!」
グロイツェルの目には異形の魔神とそして何よりも恐ろしい人間の姿があった。
グロイツェルはここで理解をした。クロスこそが【異界人】であったと。
そして考えることを止めた。
そんな様子にクロスは一言呟いた。
「おぬしに異界はまだ早い」





