026 大逆転② (※リドバ視点)
私、リドバ・ポンポーティルがその老人と出会ったのは今から50年も前の話だ。
ポンポーティル家は薬を生業にしている家であり、主に回復薬を中心に研究開発を行っていた。
当主だった父が病気となり、私は兄と共にポンポーティル家を支えることになった。
薬作りの才能がないくせに、愛想の振りまきが得意だった兄のまわりには常に人がいた。
ポンポーティル家は薬を作りあげてこそなのにそれを理解しないで人付き合いに力を注ぐ兄を心底軽蔑していたのだ。
人情で人を治すことができるというのか。傷は効能に添った薬でなければならないのだ。
そして死に間際、父は兄を当主とすることを決めたのだ。薬作りに才のある私ではなく、兄を選んだことに深い絶望と憤りを感じていた。
そんな私の気持ちを察せず一緒に家を盛り上げようとする兄の姿が勘に触ったものだった。
ある時、小さなきっかけで液体回復薬である【ポーション】の理論を確立した。
ポンポーティル家の新たな商材として売り込んだがその回復量の低さと大容器で無ければならない不便さで取り扱ってくれる商社はいなかった。
もっと回復量が高ければ、小瓶で持ち運ぶことができれば……。私は研究に力を注いだ。
王家の所有する薬草地、ミッドワルツ大森林に行けば良い薬草が手に入るかもしれないがあそこの中に行くのは堅く禁じられている。
やむなく、私は貴重な薬草が手に入ると言われるフレトバ大空洞へと向かうことになる。危険な魔獣が多いがその分、見返りも大きい。
ポーションの効能に有効のある薬草が見つかれば小瓶化しても回復量を維持できるはずだ。
ダンジョンに足を踏み入れた私だがすぐに危機的な状況に陥る。
魔獣に襲われて、大けがを負い生存が絶望的となってしまったんだ。
フレトバ大空洞には誰にも言わずに出かけた。ゆえに助けに来てくれる人はいない。
ああ、ここで死ぬんだと思ってる時にあの老人と出会った。
「チッ、生きているか。これでも飲むがいい」
意識が薄れそうな私が飲まされたのは紛れもなくポーションであった。
赤く輝くその雫は非常に濃厚で携帯性に秀でた小瓶なのにあの量で怪我が大幅に改善したのであった、
まだ体力が戻らない私のために老人はそこで野営をして面倒を見てくれた。
「なぜ私を助けたのですか」
命の恩人に対してぶっきらぼうな言い方しか出来ない。
淡色の髪をした老人。顔立ちからおそらく80才以上なのは間違いない。だが肉体は柔ではなく、とても大きな刀を背負っていた。
鋭い目つきのなかに全てを見据えたかのような力強い瞳が見える。
目の威圧だけで人を殺せるのではないかと思うほどだ。
「ただのきまぐれじゃ。儂は世捨て人。己の生き様にしか興味はない」
はっきりとした拒絶。
本当に私を助けたのはきまぐれ、暇つぶし程度だったのかもしれない、私は運が良かっただけだ。
「危険な魔獣は狩りのついでに消しておいてやった。傷が治ったなら翌朝には立ち去れ」
いらぬことは言わずさっさと立ち去った方がいい。だけど私はどうしても聞きたいことがあった。
「私に飲ませてくれたこのポーション。これを売って頂けないでしょうか! お金はいくらでも払います。どうか!」
「断る」
「っ!」
「儂に関わるな小僧」
これ以上の有無を言わさない声色。私はどこか温情を求めていたのかもしれない。
一晩眠り、動けるようになった私は立ち去ろうと野営地から出ようとした、その時、近くに置かれたボロボロの鞄の中にあの赤色のポーションが2本瓶詰めされているのが見えた。
「……」
そんなことをやってはいけない。分かっている。
でもあの赤色のポーションの効能は常識を遙かに超えるものだった。レシピが分からないなら盗むしかない。
私なら解析できるはずだ。あのポーションさえあれば!
私は今日、ここで過ちを犯した。
◇◇◇
赤色のポーションを持ち帰り、エクスポーションと名付けた。
そして貴重な薬草を手に入れたふりをしてこのエクスポーションを私が作り出したことにして世間に公表することにした。
するとどうだろう。
あらゆる人が私を賞賛したのだ。
王国も貴族も周囲もあの憎き兄ですら私の偉業を褒め称えた。
ああ、気持ちが良い。
エクスポーション作製の第一人者として私は王から名誉を受けて名前を残し、私のまわりにはたくさんの人が集まった。
それから全てが一変。
記憶に残るエクスポーションの味を再現するために私は何度もポーションの研究を行った。
その甲斐あって実用性のあるポーションの作製に成功したのだ。やはり私は天才だ。小瓶化し、エクスポーションの件もありあっと言う間にポンポーティル家のポーションは有名となり、世界で最も有名なポーションを生み出す企業として名を馳せることとなったのだ。
さらに嬉しいことがあった。
憎き兄が病死したのだ。当主は私となり、全てを手中に納めた……はずだった。
しかし、何年研究してもエクスポーションを再現できない。
実在し、奇跡の産物という逸話があるので誰も私を疑うことはないが研究者としては何とか自分で作り上げたかった。
そしてもう一つの気がかりは本当のエクスポーションの作製主であるあの老人。
出会った時は80代を余裕で超えていた。あれから随分時が経っているし恐らくもう生きていまい。
今更世捨て人が訴えてこようが老人の戯言として今のポンポーティル家であればもみ消すことだってできる。そう思っていた。
エクスポーションの研究を止め、経営一筋となり、わしの権力が安泰になった頃あやつが一本のポーションを差し出してきた。
「リドバさん、ポーションの研究をわたしにもさせてください! これ、わたしが作ったポーションです」
憎き兄の孫娘のスティラの存在だった。
ポーション研究の第一人者だったからこそ分かる。
スティラの才能は私を遙かに超えていた。
まだ自分の孫であれば許せたが、兄の孫娘が私より才能に優れている事実がどうしても許せなかった。
ポーションの改良にはとても長い年月がかかったのにスティラはわずかな時間でポーションに付加効果を与える研究技術を開発した。
ポンポーティル家としては喜ぶべきことだろう。だがわしはその研究成果を全て破棄した。
わしより才能のあるスティラの成功が許せなかったのだ。
スティラに満足のいく研究をさせるとエクスポーションを作ってしまうのではないか。王から賜った私だけの名誉を兄の孫娘などに授けてなるものか。
私は徹底的にスティラの研究の邪魔をし、ポーション作製を禁じた。隠れて作っているのは知っていたがそれもなるべく禁じるように動く。
スティラのやること全てを否定し、スティラの成長の邪魔をした。
そして成人の式の日、スティラにEランクの判定が降された。
スティラがEランクのはずがない。そんなことは一番わしが分かっている。だがポンポーティル家から追放するのに良い理由だった。
Eランク認定してしまえば薬作りなんてやる余裕はなくなる。生きることで精一杯となるのだ。
他の製薬社に入ることもままならない。
だから私はこれでエクスポーションの名誉を独り占めできる。そう思っていた。
「リドバ・ポンポーティル。貴様に挑戦状を叩きつける」
あの日、あの老人と同じ髪色を持つ小僧は鋭い目つきでわしに挑戦状を叩きつけてきた。
「才ある若者を踏みにじる行為を儂は絶対許さない」
スティラと同い年のはずの小僧にわしは恐れを抱いてしまった。
あの老人が50年の時を経て、わしに怒りを授けているかのようだった。
◇◇◇
再びエクスポーションをこの目で見た日、スティラは小僧に見守られながら新種のポーションを精製していく。
邪魔をすることもできない。さっきから王女シャルーン殿下がこちらを警戒していたからだ。
王家に睨まれたら何もすることはできない。
スティラはいつ王国最強の姫騎士と知り合ったというのだ。
スティラの精製は最終段階に入る。
長年ポーションを研究してきた私だから分かることだ。
技術、使ってる機材、使用している薬草。全てが一級品だ。
私では一生辿り着けない領域のことが今目の前で行われている。
そしてスティラは出来上がったポーションは瓶詰めにしていく。
私はその目映さに思わず目が眩んでしまう。
エクスポーションが赤色だったことに対して、そのポーションは金色を示していたからだ。
スティラはエクスポーションを超えたポーションを作り上げた。
「出来ました!」
わしも研究者であったからかその目映い光に見惚れてしまった。