002 赤子となる
「ばぶぅ」
ん、日が痛い。
ここは……、あぁエストリア山か。
意識はあり、記憶もあるということは死に損なったということか。
至高の一振りのまま死ねれば良かったのじゃが……神はまだ儂に生きろというのか。
しかしよく寝てしまった。月が頂上に行く頃に意識を失い、今はもう太陽がごく自然な位置にある。
さて、起きて朝飯でも食べるとするか。
「ばぶ?」
な、なんじゃ。体がろくに動かん!
手も足も自由が効かない。思うように動けなかった。
それだけではない。
「あ……あぁ!」
声もろくに出せん! 手足だけじゃない、首もろくに動かん。それに視力も異常に落ちておる。できるのはまばたきぐらいなものか。儂の体に何があったというんじゃ。
昨日の魔力で儂の体がおかしくなったというのか。お、おのれぇ。
「ぐるるるるる」
気配だけは変わらずに感じる。
昨日倒したハイウルフの別の群れが数匹、動けない儂の近くでうろついておる。
く、今までの儂であれば何てことない相手なのに、今の動けない体ではどうにもならん。
儂の末路がこんな雑魚に食われて終わることなんて、……無念。神よ恨むぞ。
あまりの悔しさにできる限りの大声を挙げた。無意味だと分かっていながらも悔しかったのだ。
「わわわあああああああああああん!」
狼が飛びかかってきて、儂は目を瞑り、死を覚悟した。
しかしその瞬間、狼に鈍い音が響き、きゃんと悲鳴を上げる。
目を開けた時、目の前には背の高い男が立っていた。
「何でこんな所に赤ん坊がいるんだ!?」
儂の前に現れたのは剣を持ち、レザーアーマーに身を包んだ小僧。
儂を守るように狼と対峙する。そしてもう一人やってきた。
「エレナ、その子を!」
「うん! もう大丈夫だから!」
小僧と共にもう一人、美しい声色を持つ娘っ子が現れる。
小僧の言葉に娘っ子は儂の体を守るように抱え上げた。
むっ、大の男をこうまで軽々持ち上げるとは……この娘っ子は大したものだ。
小僧は二十前半の優男、娘っ子も幼さが残るが男と同い年くらいに見えた。
「ビスケス! 数が多いけど大丈夫?」
「俺は元冒険者だ。ウルフ程度で遅れはとらねぇよ」
剣を持つ小僧は三匹の狼と対峙する。
飛びかかってくるウルフをなんなく躱して、叩き斬っていく。
言葉通り、ウルフを難なく倒せるのは間違いない。しかし無駄の多い動きだ。儂ならこうにはならん。
ウルフを軽々撃破した小童は剣を鞘に戻し、儂に近づいてきた。
険しい顔で儂を見つめていた小童な表情が……突然崩れた。
「バァ! ベロベロベロバー」
バカ面を見せおって。儂をバカにしとるのか。
小童の挑発に心底罵倒したくなったが体も口も動かない中、何もすることはできぬ。
しかしどうなっとるんじゃ。儂の体を持ち上げる娘っ子もそうじゃが、この小童もでかすぎじゃろう。
今時の若者は発育が良いのか? 栄養が行き渡っていることは良いことだが。
「うーん、笑わないなぁ。エレナ、赤ん坊に怪我はなさそうか?」
「ええ、傷一つないみたい」
「しかし……どうしてこんな所に赤ん坊が」
「ええ、こんな魔物だらけの山に赤ちゃんがいるなんてありえないわ」
この二人、何を言っているんじゃ。
赤ん坊なんてどこにおるんじゃ。くっそ、言葉さえ伝わればこの無礼な小童や娘っ子にもの申せるんじゃが悔しい。
小僧が地に深く突き刺している大太刀に触れる。
「そして……なんだよこのバカでかい刀、見たことねぇ……何と戦うために作られたんだよ」
「私も初めて見た。ビスケス、持てる?」
「いや……無理だ、重すぎる」
当然じゃ、儂の大太刀が柔な小童に持てるものか。その鍛えの甘い体じゃ持ち上げることすら敵わぬだろう。
……ん? 大太刀ってあんなに大きかったか。明らかに儂の体より……。
そこで儂は首を無理やり動かしたことで自分の体を知った。
「ぶぎゃああああああ!」
儂の体……縮んどる!?
「わっ、泣かないでっ!」
な、なぜか儂の体が縮んでおる。
そして儂は思い出した。この若造達が赤ん坊と言ってたことを。
儂は声が出せず、体もまともに動かせない。そして手足がバカみたいに短くなっている。
つまり……儂が赤ん坊だったのだ。
「……」
「泣き止んでくれた。どうしたんだろ。お腹空いたのかな……」
娘っ子が儂を持ち上げて正面に持ってくる。
この体のサイズ差。もはや間違いないと言えるだろう。
儂は巨大な魔力を帯びた時空剣術を使ったことで体が赤ん坊になってしまったのだ。
なんということじゃ……。
「でも可愛い!」
娘っ子がぎゅっと抱きしめてくる。やめぃ苦しいわ。
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