017 お薬作り
「エストリア山って……クロスさんの実家がある方ですよね」
「うむ」
「人の足で20日以上かかる道のりですよね」
「うむ」
「どういうことなんですか。つまり諦めてわたしと駆け落ちしようってことかな。そりゃクロスさんに助けてもらった時は嬉しかったし、お顔も好みな方だし。どうせアテの無い旅になるのだから薬の知識のあると人と一緒にいた方が楽しいのは間違いない。うん、クロスさん、ふつつか者ですがお願いします」
「何を言っておるんじゃおぬしは」
最近の若者は思い込みが激しいのか。もしかしたら現実逃避なのかもしれない。
儂は小さな鞄から魔石を取り出す。
小さな鞄からやや重たいが儀式用の石版を取り出す。座布団くらいあるから重たいのう。
スティラが目を細めて見ていた。見ていたのは儂じゃなく、儂の腰に下げている。小さな鞄。
「あの……その小さな鞄どうなってるんですか? あきらかに容積以上のものが出てきたんですけど」
「ん? ああ、無限収納バッグのことか?」
「無限収納バッグってなんですか!?」
「後で説明してやるわい」
その魔石を使って石版に絵を描き、魔法陣を作り始める。
魔石を少しずつ砕いて、魔法陣に魔力が浮かぶように設定した。
最後に残った魔石を石版の中央に放り投げて潰していく。
その効果で魔法陣が黒く光り始めた。
「なにを始めるんですか! それはいったい」
「儂は準備をするだけじゃよ。実作業は錬金術師しかできん」
「……錬金術」
よし、成功じゃ。これで向こうに届くはず。
「ルーナ! 聞こえるかぁぁっ!」
魔法陣、正式名称、ゲートを通して妹のルーナに声をかける。
ゲートはエストリア山、サザンナの里のルーナのアトリエに繋がっておるから恐らく聞こえているはずだが。
『にーにーの声だ! どーしたの!』
「急なトラブルでエストリア山に戻りたい。ファストトラベルを使ってもらえるか」
『うん、分かった』
少しの後、石版のゲートからぴょんと女の子が飛び出してきた。
金髪碧眼の母上の生き写しのような外見、成長すればきっと絶世の美少女になることじゃろう。
錬金杖に魔女ハット、ローブを着ており仕事中じゃったか。
「あのクロスさん、そのすっごく可愛い子はどなたでしょう」
「ああ、儂の妹のルーナじゃ」
「へ? もしかして彼女が錬金術師なんですか」
「その通りじゃよ。このゲートはルーナが作った錬金アイテムじゃ。この無限収納バッグもな」
「り、理解が追いつかないです」
儂はルーナと手を繋いだ。
「ほれ、儂の手を掴め。ゲートでの空間移動は錬金術師を介さねばできんのじゃ」
「意味が分からないですけど……分かりました」
「手を離すと異次元に落とされて二度と戻れなくなるから気をつけるんじゃぞ」
「怖いこと言わないでください!」
スティラとも手を繋ぎ、ルーナは再びゲートの中に入る。
例え水都とエストリア山に距離があったとしてもファストトラベルを使えば一瞬じゃ。
ファストトラベルもまた錬金術師の専用のアイテムである。
見事成功し、儂らは見覚えのある里のアトリエに立った。
スティラは慣れない移動に目をまわしておる。
ルーナが儂の手をぐいぐいと引っ張る。
「にーにー、あのおっぱいの大きい女の人誰?」
「やめんか」
「むー! さっそく女の子とイチャついてる。ママとテレーゼに言いつけてやる!」
「母上はともかく、なぜ幼馴染のあいつが出てくる。まぁええわ。それより一日ぶりだな。昨日は寂しくなかったか」
「うん、全然。よく眠れた」
「泣きながらにーにー行かないでと言ってなかったか」
この妹は相変わらずである。
ルーナ・エルフィド。元貴族令嬢だった母上の家系は魔力に秀でていたらしく、娘であるルーナに強く引き継がれていた。この里に魔術師などおらんのでまともな教育ができるはずもなかったが、兄に血の繋がらない儂がいた。
200年生きた儂は魔力は無かったが魔法のことや錬金術に関する知識に覚えがあったため教え込んだのじゃ。
儂はキョロキョロしているスティラの側に寄る。
「落ちついたか?」
「ほ、本当にエストリア山についたんですね。信じられないです……」
「ここならば機材も揃ってるし、薬草も全て手に入る。霊山エストリアのマナで育ったからな」
スティラは錬金釜をかき混ぜているルーナに目を寄せる。
「おぬしを信用できると思い連れてきた。ルーナはまだ12歳じゃ。いろいろ目を瞑ってもらえんか」
「もちろんです。それにあんな空間移動なんて分かったら大騒ぎになるでしょうし……。でも本当に錬金術なんですか。私の知っている錬金術と全然違うんですけど」
今の錬金術は物と物を組み合わせ物に付加要素をつけることが基本となっている。
ゆえに大したことはできず、ジョブとして存在するが人気は低いものとなっている。
だがルーナの錬金術は全てを凌駕する。
「エルバース式錬金術を知っているか?」
「……いえ、聞いたことないです」
「そうじゃろうな」
150年前にフィラフィス王国に滅ぼされてしまったエルバース錬金国のことなど誰も知らぬじゃろう。
そこの国には独自の言葉があって、その言葉だけで行使できる極めて強力な錬金術があった。現実にはわずかな錬金書だけが残されており、その独自の言葉を解明できるものがおらんのでエルバース式錬金術を扱えるものはおそらくおらんだろう。
150年前その国で暮らしていた儂はその独自の言葉を理解していて、錬金術の書物を持っていて、妹がそれを行使するのに耐えうる魔力を持ったおかげで今に繋がっているというわけだ。
「今はポーションを作ることに専念するぞ。良いな!」
「分かりました。お願いします」
「そこの薬草棚からレシピの素材を取ってくるといい」
スティラは棚からエクスポーション作りに必要な素材を並べていく。
ふむ、さすがじゃな。同じ薬草でも品質は違うものばかり。
じゃがスティラは全て最高品質のもの選んで表に出している。見分けがついているのだ。
鑑定眼を持っているのかもしれんな。儂は鑑定眼が無いので200年の経験で判別をしている。
「この調薬道具……すごいですね。最新式があるポンポティール家のものよりも性能がいいです。計量とか温度管理とか……」
「良いものを作るのにはそれなりの物がいるんじゃ」
「水も……水都ではネセス川の水を使っていましたが……この純度の高い水は」
「精製水じゃな。今はエルバース式錬金術でしか作れんが、増産は可能なのでたっぷり使っていいぞ」
「何かすごくワクワクしてきました」
スティラは笑みを浮かべ、楽しそうな顔する。
さっきまで悲しそうな顔をしておったからな。やはり子供は笑顔に限る。
……そんな笑顔を奪おうとした者共は許せんな。
スティラは手際良くポーションを作成していくが、やはり初めて挑戦するだけあって随所で悩む所があった。
レシピ通りでもこういう所は技術が必要だ。
「この薬草の投与量が難しいですね……」
「舌で感知すると良い。この部分で感じると分かりやすいぞ」
舌を出し、手を当ててみる。
「ここですか?」
「違う違う、ここじゃ」
このあたりは指じゃ説明しづらいの……ならば。
「ならば舌合わせをしてみるか。分かりやすくなると思うぞ」
「分かりました。へ、舌合わせ?」
儂はスティラの顎に指を添える。
舌に薬草片を含み、スティラに近づいた。
「あの……なんでそんな近づいてくるんです。え、ちょ……顔近いっ、あっ、やぁん! むごっ!」
儂はスティラと舌を合わせ感覚を分かち合った。