142 勇者として①(ルージュ視点)
勇者の家系として生まれたボクは幼い頃からずっと鍛錬をしていた。
そして雷鳴の力に覚醒した時、ボクの運命は決まったなと感じた。
魔界にいる魔王を討伐するという使命だったけど大きくなったら大好きなパパを探しあてるつもりだったからボクにとってこの旅はちょうどいいなものだった。
戦闘以外は何にもできないボク。お姉さん幼馴染のメルヤ、ファーシラが側にいてくれるのはありがたい。人見知りで故郷では二人以外に親しい友人のいなかったボク。虹の羽衣の影響か同い年くらいの男の子からよく声をかけられるけどその思惑が伝わるせいか異性に興味がまったく沸かなかった。
年上好きってほどではないけど、パパのような大人びた男性が好みという自覚はあったから今の今まで異性に口説かれてもそっけない対応をしてきたと思う。
そんな中出会ったのはクロス・エルフィドという男の子。年は十五歳でボクより一つ年下だ。初対面で出会った時は本当に意外だった。気配を隠していたボクを見つけて声をかけてきたのだ。
この子もどうせって思ったけど、ボクに見惚れて口説いてくることもないし、旅慣れしてるボク達の進行に平然とついてくるような男の子だった。
お爺ちゃん口調で常に落ち着いた姿勢はどことなく年上の感じがしていた。
二回の模擬戦とブラックバード戦で見せたあの超人的な動き。ボクは雷鳴の力のおかげで感覚が非常に鋭敏だ。悪意や殺気、異性からの不埒な視線も電気信号という形ですぐに感じとってしまう。
なのでボクは突発的な襲撃に強く、暗殺しようとしても対処できてしまう。超感覚というものだろうか。その分、人一倍敏感でこちょこちょされると超絶に悶えてしまうのが難点。
これは正直なるべくバレたくない弱点。でもそんな雷鳴の察知よりも早くクロスは動いてブラックバードを倒してしまった。
それから一緒に過ごして夜の孤高の鍛冶場でパパの話をしてしまった。そして思わず弱音を吐いてしまったんだ。
ボクのためについてきてくれるメルヤやファーシラには言えない勇者の悩みをクロスはちゃんとまっすぐ受け止めてくれた。ボクを優しくハグして頭を撫でてくれたのが無性に嬉しかったんだ。
昔、パパにされた時のようだった。それからボクはクロスに興味津々で自分から声をかけてるようになってしまう。この感情は何だろう。今まで感じたことのない胸のときめきかもしれない。そんな想いも幼馴染おねーさん方にはバレバレで大半吐かされてしまったけど……。
街への帰り道。大荷物を持ったクロスが前にボクとメルヤ、ファーシラは後を追う。クロスが提案してくれたルートを辿れば行きよりも早く戻れるらしい。
初めだったら半信半疑だったと思うけど、彼の実力はボクもみんなも分かっていたので疑うことはなかった。早く街に戻ってお風呂にも入りたいし、のんびりベッドでお休みしたい
。食事はクロスが美味しい料理を作ってくれたので満足したけど出来るなら一緒に食べたいよね。あの街に美味しいお店屋さんがあるから誘ってみようかな。ボクが男の子を誘うなんてしたらきっと幼馴染の二人はびっくりするだろうな。
この旅が終わればクロスとはお別れとなる。何とかパーティに入ってくれないかな。もっとお話もしたいし、一緒に過ごしたい。でも運び屋としてこだわりを持っていて、まるでお祖父ちゃんのように頑固な所があるので難しいかも。そこは追々考えよう。まだ時間はある。
「クロスお話しない?」
「ええぞ。何の話がええんじゃ?」
「クロスの故郷のお話が聞きたい」
「あのルージュが男の子に積極的に行くなんてね」
「成長したわねぇ。ちょっと感激しちゃったわぁ」
後ろから何だか保護者みたいなこと言われるけど気にしない。ボクは昔からマイペースなんだ。クロスと楽しくお喋りしながら森を抜け、広い平原へさしかかる。
確かにクロスの選んだルートは早い。あっという間に森を抜けてしまった。どうやってルートを選定して進行してるんだろう。しかもそれを鼻にかけず落ち着いている所が凄く興味深い。年下なのに頼りがいがある所にぐっと来る。大人びているクロスの姿に必然的に視線を追ってしまう。クロスは少し早足で最初の草原にさしかかる。
「このあたりで昼食にはどうじゃろうか?」
大荷物を背負い笑顔で振り返る姿に思わず笑みがこぼれる。こんな和やかな時間がずっと続けばいい。ボクも側に行こうと歩みを早めた。その時だった。
「っ!」
身震いするかのような感覚。ボクの持つ雷鳴の力の超感覚が発動した。何か強烈な殺意がボク達に向けている。
そこで気づいた。魔法の矢が射出され、猛スピードで近づいていたのだ。ボクが狙いあれば簡単に避けられる。後ろの二人が狙いならボクが斬れる。
でも前方のクロスが狙いだったら間に合わない。その魔法の矢は前方に出ていたクロスの頭を的確に狙っていた。しかも死角だからクロスは気づいてない。
「クロスッ!」
その名前を呼んだがきっと間に合わない。笑顔のクロスの頭を魔法の矢が貫き抜き、ボク達は思わずその悲劇に悲鳴を上げるはずだった。
「なんじゃこれは」
なのにクロスは死角からの一撃をさも当然に奪い取るように掴んでしまい防いだのだ。腕を上げて魔法の矢を掴み握りつぶす。その表情には防げるのが当たり前というものだった。ボク達の周囲に奴らの気配がする。
「ちっ、まさか防がれるなんてな」
地面に魔方陣が浮かび、にょきりと浮かび上がる人影。ボク達人族と同じ姿、寿命、言葉を使うのに決定的に違うのは小さな角と肌に残る特殊な入れ墨。そして雷鳴と正反対の力である暗黒の力、闇冥。それを使えるのが魔族と呼ばれている種族だ。彼らは魔界と呼ばれる異世界の住人でボク達の住む世界、人間界に突然現れた魔王軍の戦士達だ。
「あんた達、毎度毎度しつこいわよ!」
「まだルージュちゃんを狙うのね」
ファーシラとメルヤが憤る。この魔界の戦士達とは初対面ではない。彼らの目的は二つ。人間界に侵略するために情報を集めること。そして魔族に特攻を持つ雷鳴の力を持つボクを倒すこと。
「ふむ、襲撃は初めてではないということか。おぬし達にとって因縁がある相手のようじゃな」
今までも何度も襲撃を受けている。理由は分からないけど魔族達はなるべく人の目がつかない所で襲ってくる。おおっぴらに見つかるのを避けているようだ。
百二十年前の大崩壊も雷鳴の力を持つ人族の戦士達を倒すために魔王が命をかけて行ったと言われている。それほどまでに魔族はこの力を恐れている。ボクは勇者の剣を抜き、魔界の戦士達に対抗する。
「ボクは負けるわけにはいかない」
ファーシラがクロスに向けて大声で叫ぶ。
「クロス、あなたは急いで街へ戻りなさい。この戦いは勇者と魔王の戦いだから運び屋であるあなたには関係がないわ」
「旅の前に言っていた何かあったら逃げろと言っていたのはこのことか」
「巻き込んでごめんなさいね。このタイミングで襲撃してくるなんて思ってなかったから」
クロスはじっくりと考えこんでいた。
「雷鳴の力を持つ勇者とその一味を早急に滅ぼすと決まったんでな。勇者よ、今度こそ始末させてもらう」
魔族の戦士達はにやりと笑う。幾度となく死闘を繰り広げてきたけど……決着の時が来たのかも。絶対負けられない。
「分かった。儂は運び屋として撤退し、荷物を運ぶために街へ戻っていよう。おぬし達、絶対無事に帰ってくるんじゃぞ」
クロスは急いで走り出した。これでいい。ボク達三人で今まで戦ってきたんだから。魔族の戦士七人は見合っていた。いつも集団戦で襲ってきたけどどうも今日はおかしい。何かが違う。すると七人の内の二人がクロスが逃げた方に向かっていた。
「クロスを狙ってる!? 彼は関係ない人よ!」
「俺の矢を避けたあの男。逃がすわけにはいかない」
まさかクロスに狙いをつけている。急いで追いかけようと思ったけど五人の魔族の戦士達に阻まれる。
「ルージュどうする?」
困った顔するファーシラ達にボクは考える。昨日の夜、一戦を交えた時にボクは分かっていた。クロスならきっと大丈夫だって。だからボクのやるべき事は一つ。
「こいつらを速攻倒してクロスを助けに行く」
「はっ! 倒せると思ってるのかよ!」
本日発売となります!
書籍版は三章全編載っていますが、WEB版ではカットした所も多く、できればそちらも読んで頂きたいと思います。
特に書籍の売り上げは発売日1週間が重要と言われていますので是非とも手に取って頂けると嬉しいです。
章完結まで残り3話。宜しくお願いします!





