138 ルージュと交えて
「ボクと一戦交えて」
「またか」
ルージュからの視線には気づいていた。きっとこの機会をずっと待っていたのだろう。
ブラックバードを倒したあの時からきっとルージュは儂の動きを見据えていたに違いない。
「何度も言うが儂はただの運び屋じゃぞ。勇者様とは素養が違う」
「でもキミは強い。この前の戦いもそうだけど、キミのことをずっと見ていた。足運びとか体の動かし方とか素人じゃないよね。あれだけの荷物を持っているのに疲れた様子をまったく見せない」
「今日は偉く喋るのう」
実力を隠すことはあってもお仕事は手を抜かない性分じゃ。手を抜いて無駄に疲れたくはない。ルージュは鞘から剣を抜き、儂に向かって構える。やれやれ若いゆえに浅慮じゃな。
「前みたいに一攻防でいい。この前と違ってボクは本気でいくから」
雨がぽつりぽつりと降ってきた。儂とルージュの体を少しずつ濡らしていく。引く気はなし。仕方あるまい。
ならばお望み通り一攻防してやろうか。儂は愛用の黒太刀を一本抜き、ルージュに向けて構える。勇者のみが使える雷鳴の力。
その力自体は聞いたことがあったがかつての大崩壊により素質を持つ者がほとんどいなくなった。
わずかに残るその力を持つルージュとの対峙の機会は損ではない。お互いに剣を構え、ルージュの体に雷の力が宿り、バチバチと音を立てる。
天候はさらに悪化し、雨脚は強くなった。天候すらも操る力を持つということか。
そうして天から雷が落ち、轟音が周囲に響いたと同時にルージュが飛び出してきた。まっすぐで力強い突撃だ。この前と違い、虹の羽衣を着て、一番力を出せる状態になっている。雷鳴の力を信じているのだろう。だからこそまだまだ若い。
「雷鳴よ来たれ。雷鳴剣、――ライジングスラッシュ」
雷の力を帯びた一撃はショック状態を発生させ、動けなくなってしまうだろう。儂の黒太刀は導通性が高い。まともに打ち合えば感電し、あっという間に戦闘不能になる。
じゃが。
「っ!?」
問答無用で黒太刀を勇者の剣に叩き付ける。雷鳴の力による勝利を信じていたルージュの表情が一変する。感電を避けて逃げると思ったか?
甘いな。勇者の剣に雷鳴の力が注ぎこまれるが儂が感電することはない。
「またっ!…」
「なぜと思う? それは時空の彼方へ雷を逃がしておるからなぁ」
時空剣士と呼ばれる所以。ルージュの雷鳴の力を時空剣技を使って、時空の彼方へ逃がしているんじゃ。それは雷鳴の力を無効化していることに等しい。
だから今は単純な力勝負。たかが十六歳程度の少女に負けるはずがない。ガキンと勇者の剣を弾き飛ばす。獲物を失った時点で勝者は決まっている。
実力の差というものが分かったじゃろう。ルージュは飛ばされた剣に視線を向け、やがて儂の方へと戻る。そして。
「むううううううぅぅl!」
語彙力なく大きく頬を膨らませて怒っていた。実に可愛いなぁ。爺気分なら負けてもいいと思えてきたわい。ルージュは何も考えてなさそうで本当に負けず嫌いのようだ。
「時空の彼方って何」
「説明は難しい。知りたければ鍛錬あるのみじゃな」
「むぅ」
全ての技術は鍛錬の先にある。時空剣術もまた鍛錬の先に得たものじゃ。ある日突然時空が斬れるようになった。儂が知るのはただそれだけのことじゃ。
「……」
ルージュは少し俯いた表情を見せていた。雨の中で見た目が整った少女の憂いた姿は絵になる。先ほど弾き飛ばした勇者の剣を儂が拾ってあげることにする。
「ほれ勇者の剣じゃ。しっかり手入れもしておるな。きっと作った者も喜んでおるぞ」
「そうかな」
儂が作ったんじゃからその通りじゃ。だがルージュの表情は優れない。
「ボクはもっと強くならないと駄目なのに……。誰よりも」
ピカッと雷が光り、雨は降りしきる。
「ボクは魔王討伐のために旅をしている。でもボクはその使命の裏でパパを探すことを第一にに考えてるの」
「父親か? どういうことじゃ」
「パパはね。十年前の魔界遠征のメンバーに選ばれた人なんだ」
そういえば言っておったな。百人くらいの選りすぐりメンバーで魔界へ向かった。そして戻ってこなかった。十年戻ってきていないのであれば生存は絶望的かもしれん。
「パパは絶対生きてる。あんなに強かったパパが死ぬはずがない。だからボクはパパと再会した時に強くなったボクを見てもらうつもりなんだ」
「うむ」
「でも最近は伸び悩んでる。ブラックバードの件もクロスが反応してくれなかったらファーシラとメルヤを巻き込んでいた。二人はボクをいっぱい支えてくれてるのにボクは今、すごくぐらついている」
悩み多い年頃じゃ。雷鳴の力を持つものは少ないし、ルージュを超える実力を持つものも少ない。その悩みはすぐには解決せぬじゃろう。魔王討伐だけでも過酷なのにこの子はたくさんの使命を抱えておるのだ。
まだ少女と呼べる年齢だというのに勇者パーティのリーダーとして頑張ろうとしているのだろう。そんな情愛を胸に儂はルージュを抱きしめて頭を撫でてあげることにした。父親代わりとは言わんが少し褒めてあげたいと思ったのじゃ。
「クロス?」
「おぬしはよくやっておるよ。安心せい、きっとおぬしはもっと強くなる。儂が保証してやる」
「ありがと。ふふっ、何だかクロスにハグされると安心する。パパ……いやお祖父ちゃんみたい」
「ふむ。ならば儂がおぬしの祖父になろうか」
「それはいいや」
なぜじゃ! シャルーンにも腹パンされたし、なぜ儂はお祖父ちゃんになれんのだ! ルージュに少し笑顔が戻ったようで儂も一安心じゃ。
「でもクロスと一戦交えて何だかすっきりした。ボクの全力を受け止めてくれたクロスに感謝してる。ボクの予測は間違ってなかったんだ」
「何の予測をしたのやら」
「クロスは勇者パーティの一員になるべき存在」
「断る」
「むう!」
「それしか言えんのか」
まぁ彼女らの旅は楽しそうではあるがな。
「ちょっと二人とも何してんの! ずぶ濡れじゃない」
テントから顔を出したファーシラの怒号が飛ぶ。そういえば大雨が降っておったな。





