136 旅の目的
「ふわぁ」
ルージュはあくびをして他の二人を待ちわびていた。
「おぬしは完全に任せっきりなんじゃな」
「ん。出来ないことはやらないようにしてる」
儂もマイペースな方じゃがこのルージュという少女はぶっちぎりな気がする。
食事の準備も一切やらんからな。いや、試しに手伝わせたらとんでもないポンコツを発揮したんじゃった。
戦闘は凄いんじゃがメルヤの言うとおりそれ以外何も出来ないというのは過言ではなかった。まぁ戦闘技術は厳しめの儂が評価するほどだし、見た目も突出して美しいからそれで充分なんじゃろうな。
それからも旅路を進み、お昼ご飯を食べるのに丁度良い場所へと出る。山間で涼しい風が通る峰のあたりであった。朝に仕込んであいた食事を彼女達に配る。
「いよいよ到着ね」
「ええ、楽しみねぇ」
この旅の目的とやらを儂は知らない。儂の仕事はあくまで荷物運びであり、あえて聞かないようにしていた。
「クロスのおかげで想定よりも早くたどり着けたわね」
「それにクロスくんのおかげで食事も現地調達出来たから食料もほとんど減ってないのよね」
「現地で取れるならそれに超したことはない。水場も豊富じゃったしな」
必ずしも獲物や水が毎回採れるわけではない。なので持ってきた食料はなるべく使わない方がいいのじゃ。
儂はずっと重い荷物を持ち続けるはめになったがそれも役割と言えるだろう。
食事の間ファーシラが儂のことをじっと見ていた。
「クロスにあたし達の旅のことを話してもいいかな。信用できると思うし、みんなはどう?」
「いいと思う」
「ええ。また荷物持ちを頼む機会があると思うしいいと思うわぁ。むしろこのパーティに入らない?」
「旅に出る前は女だったらって言ってなかったか?」
「あれだけ野営に長けてるとは思わなかったもん」
「確かに。あたし達三人で旅してた時より快適だもんね」
儂はその誘いに首を振った。
「儂は運び屋として今の仕事に満足しておるんじゃ。こうやってたまの出張は受けてもいいが、基本お断りさせて頂く」
「ざんねん」
メルヤが本当に残念そうにおどけてため息をついた。
「本題に入るけどあたし達ってどういうパーティに見える?」
ファーシラの唐突な問いに考える。メルヤとファーシラが十八歳でルージュが十六歳だったか。成人して旅に出る若者は後を立たないが……この三人はそれにしたって強すぎる。儂が前世でこの子達と同い年の時は奉公先で泣きべそかいて仕事しておったわ。
なので。
「何かの使命を胸に旅をしている。そんな風に思える」
儂はルージュを見た。
「それもルージュを中心としたな」
その言葉にメルヤとファーシラが驚いた表情を見せた。どうやら正解だったようだ。二百年、人を見てきたんじゃ。それぐらいたやすいわ。じゃがそれが何かは分からない。ルージュは口を開く。
「ボクが雷鳴の力を持つ雷鳴の勇者ってのは王城で言ったよね」
「ふむ、そう言っておったな」
「そして魔族の長、魔王を討伐することがボク達の役目なんだ」
「ほぅ、魔王とな。それは確か魔族の長じゃったか」
「そしてオッドアイの眼を持ち、雷鳴の術を行使する者。それが魔を祓う勇者の証だと言われてるのよ~」
「ルージュそのものじゃな」
雷の術は元来希少な技術であった。突然変異と呼べるもので儂がまだ人と関わり合いがあった前半百年でも数が少なかったように思える。雷の術は魔獣に効果が高く、魔を祓うという言葉はそこから来ているのかもしれんな。
「魔族とは古に魔獣が進化し人の形を成すようになった者達を言うのよ。恐ろしい暗黒の術、闇冥の力を操ることができる。大小あるけど角があるのが特徴ね」
王城で会ったサキュバスもそんな感じじゃったか。
「彼らは魔界という異世界に住んでいて、この我々の世界、人間界を狙ってるのよ」
六十年くらい前に何か変な場所に迷い込んで、角持ちの奴らに襲撃したと勘違いされたっけ。あれが魔族との初めての出会いか。
「今から百二十年前、大崩壊があったのは誰もが知ってるわよねぇ」
「うむ」
大崩壊。百二十年前に世界中に突然起こった自然災害のことじゃ。ある場所では地震が発生し、ある場所は津波が起き、ある場所は火に飲まれてしまった。
あの災害がフィラフィス王国の事変を引き起こすきっかけになったと言われておる、
「たくさんの人々が死に、あれほど己が無力だと感じたことはない」
「なんか見てきたように言うわね」
実際見てきたからな。あの事件で儂を知る者はほとんどが死に絶え、世界人口のかなりの数が減り、幾多の国がその日に消滅してしまった。王国もかなり打撃を受け、立て直すのに数十年を使っていた。国や人だけじゃない多くの技術もまた失ってしまっている。今の世で再現できない技術が非常に多いのじゃ。
「それが魔王の仕業と言われているのよ~」
「あんなことが一人で出来るものなのか。凄いのう」
「確実ではないけどねぇ。そうじゃないかって記述が残っているのよ~」
「今から約七十年前、王国の英雄、雷帝ストラリバリティが手勢を連れて魔界へ魔王討伐に向かったらしいの。さすがに知らないわよね?」
何だかややこしい昔話になってきたな。
「雷帝ということはもしや」
「ん、ボクの曾お祖父ちゃんらしい。会ったことないけど」
雷帝という言葉から雷鳴の術を使うことができたんじゃろう。
「戻ってきた雷帝のおかげで大崩壊は魔王が行ったこと。魔族が住む異世界である魔界の存在が本物であることが分かったわ。雷帝は王国の剣聖の師でも会ったから信用されたみたい」
そういえばシャルーンも愛しのフェルーラに剣を教わったと言っておったか。また会いにいきたいのう。
「雷帝は魔王を倒せたのか?」
その言葉に全員が首を横に振った。
「たどり着けなかったそうよ。魔王軍の幹部の一人と戦って辛くも勝利したんだけど、全滅しかけて戻るしかなくて……。それにその時の傷が原因で戻られてからすぐに亡くなられたそうよ」
「そうか……。そうなるとおぬしらが生まれる前の話となるのか」
「それから数十年の間に魔族がこちらの世界に偵察に来ていたことが分かったの」
「なんじゃ。魔王が死んでないのであれば魔族が一気に攻めてくるのではないのか? 少なくとも雷帝よりは強いんじゃろう」
儂の問いに三人は答えなかった。答えは無い。
「そして十年前。各国から集められた精鋭百人が魔界へ魔王討伐に向かったの。結果は誰一人として戻ってこなかったわ」
「雷鳴の術を使える者はいなかったのか?」
「七十年前も雷帝以外は誰も使えなかったからねぇ。雷帝の一族もほとんどの人がその力を受け継がなかったの。でも十年前の戦いの直後、雷帝の一族の娘に雷鳴の力が覚醒したわぁ」
「それがルージュというわけか」
それが魔王討伐に繋がるというわけか。百二十年前の大崩壊から始まって今に至るわけじゃ。
「それでおぬし達は魔王を倒すための旅をしているのか。しかし雷鳴の力があるとはいえ、三人で旅をするのは無謀ではないか?」
「旅をしてるのはあたし達自身の力をつけるためと決戦の時のために有力な人を見つけるためかしら。王国の第二王女様もその候補に入っているわよ」
「だからシャルーンを誘ったの」
「そういうわけか。おぬし達のパーティならシャルーンがいるとさらに安定するじゃろうな」
自分たちの足で戦力になりそうな人物を見定めているということか。雷鳴の力の覚醒率を考えれば次は無いと誰もが思っているのかもしれん。
「そしてもう一つ旅をしている目的があるの。ルージュ出して」
ファーシラに言われルージュが背中に携えた鞘入りの剣を取り出す。
む、それは……。
「クロスも見たよね。勇者の剣! 雷鳴の力を増幅させる力があるの」
儂が作って捨てた剣じゃないか……。
「雷帝が残したボロボロ手記を読み解くと雷帝は孤高の鍛冶師と呼ばれた伝説の鍛冶師と魔界で出会ったらしいわ」
え、ってことは前世の儂、雷帝と会ってるの? 年齢考えたら雷帝はまだ小僧くらいの年齢か。うん、覚えてないな。
「雷帝はその孤高の鍛冶師が打ったその剣を魔界で授かったのよぅ。そして世界中の秘境地に鍛冶師の鍛冶場があってそこには封印されし伝説の武器があると言われたらしいの~。私達はそれ目当てで孤高の鍛冶場を訪れているのよぉ」
「つまり……その鍛冶場とやらがこの先にあるのか」
「ええ、封印されし伝説の武器があたし達の力になるって信じてね」
なんじゃそりゃ。儂は今から前世の儂が作った工場へ行くということか。まぁ前世の儂とクロス・エルフィドはもはや別人。そこにこだわってはならんのう。
「そろそろ行きましょ。日が暮れるまでには到着したいしね」





