133 魔獣討伐
南端の街、ロラールの街を出て、儂と三人の小娘達は山道を進んでいく。
前を小娘達が進み、儂は後ろから荷物を背負ったまま追っていく。今回の依頼であるもう一つのお仕事はつまり荷物持ちである。
元来荷物持ちというものはパーティを組んでる場合分担し運ぶものじゃが、今回のように荷物持ち要員を雇いその者に持ってもらうことがある。
「クロスくん大丈夫?」
メルヤが気遣ってくれているのか声をかけてくれる。
「問題ない。儂は仕事をこなすために来ておるんじゃ」
「あたし達より年下なのに力持ちなのね」
大荷物を持って山道を進む。簡単ではあるが、この単純なことができるものは恐らくほとんどおらんじゃろう。物を運ぶというのは想像以上に大変じゃ。
「儂を気遣わずもっと急いでもええぞ。日を超える前に戻りたいのじゃろう」
「言うわねぇ。じゃあ今回のお仕事内容を伝えるわ」
ファーシラは話を続ける。
「ロラールの街長からの情報でね。最近このあたりでブラックバードが出現してるらしいわ」
「ほぅ。肉食の鳥の魔獣か。危険じゃのう」
「そうなのぅ。まだ人の被害はないけど、食用の獣とか食い荒らされていてねぇ。王国騎士団にも連絡してるけどここって最南端だからなかなかなのよぉ」
辺境地ゆえということじゃな。ブラックバードは赤トカゲほどではないがそれなりに強い魔獣じゃ。柔な冒険者では返り討ちとなってしまうだろう。
本来、この若さの少女達が挑める難易度ではないはずじゃがそれはあくまで見た目だけの話。ルージュ、ファーシラ、メルヤ。この三人であれば討伐できるという予測なのだろう。
「あの街には世話になってるからぁ。私達で何とかしてあげたいの」
「出現する場所は分かっているからあとは退治するだけよ」
「無償ということか。あの魔獣退治を冒険者に依頼するならそれなりの費用がかかるからな」
騎士団とは別に魔獣退治、調査を生業としている民間団体の冒険者ギルドがある。
彼女達はそれに所属しているわけではないようだ。
「このまま駄弁ってたら間に合わないしそろそろ本気で進むわよ」
「クロスくん、無理しなくてもいいから。出来れば追いついて欲しいけどねぇ」
ファーシラとメルヤは突然スピードを上げて猛スピードで山道を進んでいく。ふむ、儂を気遣ってゆっくりと進んでおったようじゃ。
どうやらこの荷物運びは今回のブラックバード討伐のためではなさそうだ。儂の運び屋として能力を見たかっただけなんじゃろう。二人の少女は進み、ルージュは無表情のまま儂を見ていた。
「ルージュはいかんのか? おぬしは前衛じゃろ」
コートで全身を隠しているルージュの背中には剣の存在がわずかに見える。ブラックバードは素早い魔獣だ。いくらファーシラが優れた魔術師でも前衛がいなければ討伐は難しい。
「すぐに追いかけるよ」
「そうか。なら儂のことなど心配いらん。自分のペースで追わせてもらう」
「心配はしてないよ」
「ならば」
「そもそもボクより強いのに心配する必要ないでしょ。二人はまだクロスの実力を信用してないから。悪いけど付き合って」
「分かっておるよ。おぬしは先に行くが良い」
「ん」
ルージュはひょうひょうとした足取りで山道を進んでいった。やれやれ相変わらず変わった性格の子供じゃのう。あれが今時なのかもしれん。
さてと。目立つことはしたくないが侮られるのは性に合わん。あんな幼児共に心配されるほど儂の人生は浅くないぞ。
「ふぅ……」
一呼吸し、儂は強く地面を踏みつけた。
◇◇◇
「ようやく目的地に到着ね」
「このペースなら日が沈む前に街に戻れるわねぇ」
ファーシラとメルヤがブラックバードの住処である高地に到着。少し遅れていたルージュも軽々追いついた。
「やっぱり山道を高速で上がるのは疲れるわね」
「でも旅を初めて二年で私達もだいぶ慣れたねぇ」
「山道を軽々上れる魔術師と回復術師ってどうなのよってね」
「ルージュちゃんは大丈夫?」
「問題ないよ」
「あたしとメルヤは軽い武器にしてるけどルージュの剣って男性物で重いでしょ。それでまったく疲れてないなんて。ほんとルージュについてくのは大変よ」
「でも二人なら絶対ついてきてくれるでしょ」
「当然でしょ!」
「私達はルージュちゃんほどの才能はないけどあなたを支えるためにいるのだから」
ルージュを中心に三人は固まってじゃれ合う。パーティでルージュが中心人物だが少しだけ若く、二人の姉的存在が支えているというパーティ構成。きっと信頼関係が築けておるのじゃろう。
「クロスくん大丈夫かしら」
「いくら何でもあの荷物だもんね。最低半分くらいまでは進んでもらえないと本命の旅についてこれないかも」
「早く魔獣を倒して戻りましょ」
「必要ないよ」
ルージュの声と指さしに二人は見上げる。そしてすでに到着している儂と目が合った。
儂はずっとここにおったんじゃが気づいておらんかったのか。
「クロス!? 何でそこにいるの」
「まさか私達を追い抜いたの!?」
「そういうことじゃな」
いくら山道に慣れているからといって少女共に負けるほどではない。それに儂は高山であるエストリア山で十五年生きてきたんじゃ、山道は熟知している。
「時間が余ったから山菜も採ってきたぞ。あとたまたま猪がおったので狩っておいた。食べようではないか」
そんな言葉に三人はぽかーんとしていた。まぁルージュは特に表情が変わったわけではないが。儂は荷物を背負ったまま三人の前に降りる。
さてなんと言われるか。ちょっとやりすぎだったか? だがそれは杞憂だった。
「凄いわね! 期待以上じゃない」
「ええ、これなら本命の旅も安心してお任せできるわぁ」
ふむ、良い子達のようだ。人の賞賛を信じ切れない儂とは違う。良き若者と出会えて嬉しいぞ。
「だが儂はあくまで運び屋じゃ。魔獣退治は頼むぞ」
「ええ、もちろん」
「危ないから後ろで見ててね」
儂一人でブラックバードは討伐できるが役割というものは明確にすべきだ。儂は運び屋として来ているのだからな。危険に陥れば別だがそれも無いだろう。
全員先へ進み、ブラックバードが根城といている住処にたどりついた。ブラックバードは素早い動きと鋭い爪とくちばしで敵を切り裂く肉食の獣じゃ。この三人はどうやって戦う。
「じゃあ始めるわねぇ」
回復術師のメルヤが魔法を唱える。
「ケーーー!」
するとブラックバードが住処から飛び出してきた。魔獣呼びの魔法を使ったというわけじゃな。
「補助魔法をひとしきりっ!」
メルヤはメイスを振るい、儂を含む全員に補助魔法をかける。ほほぅ、全能力アップに防御耐性まで付与したのか。相当に優秀な回復術師のようだな。ここまで能力が上がれば並の戦士でもブラックバードを狩ることができそうじゃ。
「はあああああっ! ファイアっ! ウインドっ!」
魔術師のファーシラが炎属性と風属性の魔法を出現させる。複数の属性の魔法を操るのは並の魔術師ではできないことだ。二つの属性が混ざって炎の竜巻が複数出現。ブラックバードの動きを封じる。
「ルージュ」「ルージュちゃん」
そして最後にルージュがトドメを刺すために飛び出す。これがこのパーティの必勝パターンというわけじゃな。
だがバードは高所におる。ルージュの跳躍でそこまで届くのか。ルージュは走り出し、段差を強く踏み飛び上がる。しかし高度が足りず、あれでは届かない。
どうするのか。ルージュの体を隠していたコートがふわりと外れていく。そこに現れたのは目映い虹色の着衣だった。
金色の髪とまるでキャミソールのような虹色の着衣はとても神秘的に思えた。ルージュは背中に備える剣を引き抜き両手でつかみ取る。
「――宿れ雷鳴の力」
ルージュの体が光り輝き、バチバチと音を立てて剣にその力が宿る。それは雷の音に違いない。ルージュはその力を纏い剣を振り切った。
「――ライジングスラッシュ」





