130. 決戦 闇の不死鳥⑤
すぐに闇の不死鳥を解体して、心臓部をアーリントから購入した鮮度を維持する容器にいれた。
本当は皮や肉などをすぐに処置したかったが時間がないので諦める。
父上の全身に刺さった羽を全部抜いて、出血部をヒーリングサルブで治癒。
失った血液を補填するため造血薬を投与して父上をすぐさま動けるようにした。
時間はあまり残されていない。戻ったらすぐに調合を開始せねばならん。
遅れれば遅れるほど母上が助かる確率が低くなる。
父上に背負われて急いで集落へと戻った。
深夜のため全員が寝静まっている。しかし我ら親子にとってこれからが勝負なのじゃ。
さっそく家の中に入る。
「父上、聖水を温めてほしい。大半は作ってあるからあとは仕上げだけじゃ」
「おう! でもクロス大丈夫か? 3歳の体で……」
「無茶は承知じゃよ。じゃが……気分は悪くない」
今まで自分一人だけが助かるために頑張っていたことを……誰かのためにやっているのだから。
高揚感でたまらなく充実をしている。
新鮮なままの闇の不死鳥の心臓をすりつぶりして、可能な限り品質を高めた丸薬と混ぜ合わせる。
最後に父が温めた聖水で固めて特効薬の完成だ。
「できた! すぐに母上に飲ませるぞ」
母上は睡眠剤の影響で眠ったままだ。
めざめの成分を混ぜた特効薬を母上の口の中に入れようとする。
「ちっ……やはり飲まんか」
薬が体内に入らなければ意味はない。何とか気道を確保しつつ、胃の中に投入しないと……。
父上は儂から特効薬をぶんどる。
「父上?」
「こうすりゃいいんだろ!」
父上は特効薬を口に含み、母上の唇にねじ込むように口付けをした。
まさか口移しで薬を入れようとするなんて、一人で生きてきた儂には考えられないやり方だ。
薬の投入はうまくいったようで、体内の中に入っていく。
「ああああああああっ!」
突然の声。
ドクンと母の心臓が大きくなったように感じた。
全身から汗を流し、母上は苦しそうに咳き込む。
睡眠剤の効果が大きいので起きることはない。
「お、おい……エレナが苦しそうだぞ」
「最も強い特効薬を入れたからな。体が強く反応しているのじゃよ」
「大丈夫なのか?」
「ここから先は母上の体力勝負じゃ。病の元を特効薬で叩き潰さねばならん。母上の体力がつきた時……それは死となる」
「ぐっ……」
「儂らに出来る事は母上を支えることだけじゃ」
儂は母上の両手を掴み取る。父上はベッドに乗り、母上の体を自分の方に寄せる。
「助かるには母上が生きたいと強く願うことが大事じゃ。現世への未練。その未練を儂らが生むんじゃ!」
父上は涙を流し、母上を強く強く抱きしめる。
「エレナ戻って来い! 俺にはおまえが必要なんだ!」
儂も母上の両手を強くなんども呼びかけた。
一人で生きる誓って100年以上。時空と魔力で体が縮み赤子になって約3年。
常に寄り添って儂に微笑みかけてくれた母上。
人嫌いで人を寄せ付けない性格の儂が今世で変わるきっかけをくれた人。
まだ儂の新しい生で母上は必要なのだ。
「母上……生きて目を覚ましてくれ!」
儂と父上は何度も呼びかけた。
黄泉へ行こうとする母上を呼び止め現世へ戻ってこれるように何度も何度も呼び続けた。
そして時間は過ぎ、いつしか明け方を超えて日は昇り始めていた。
気づけば疲れて果てて眠ってしまったようだ。
目を開けた先には同じく疲れ果てて眠る父上の姿が。
当然か……あれだけの激闘を行ったんだ血を失ったことも含めて、いつ寝てもおかしくはない。
そこで気づいた。
儂の頭に優しく……触れる柔らかい手のひら。
顔を上げるとそこには優しく微笑む母上の姿があった。
「おはようクロス」
窓から差し込む太陽の光に照らされて、元気に微笑む姿を見て……儂の口は自然と動いていた。
「母さん……」
「あら、いつも母上って呼ぶのに珍しいわね」
「っ!」
前世の幼少時、母のことを母さんと呼んでいたことを思い出し、急に恥ずかしくなってしまった。
顔を背け、恥ずかしさで火照った熱を冷まそうとする。
「か、体は大丈夫か?」
「うん。何だか凄く調子がいいの。子供の頃からずっとあったしこりが小さくなったみたい」
「特効薬が効いたようじゃな」
母上が眠る父上の頭を撫でる。
「ビスケスと二人で頑張ってくれたのね。二人の声……しっかり聞こえたわ。泣きべそなんてかくから起きなきゃってなっちゃった」
「そうか、聞こえておったか」
特効薬を投入しても助かる可能性はかなり低かった。
それでもこうやって生き残ることはできたのは父上や儂の声の力が大きいのだろう。
人の想い、家族の愛情は可能性を超えてくる。
一人で生きてきた儂がその家族愛に思わず涙ぐみそうになる。
若返ったのに涙腺が弱るとは情けない。
「エレナぁぁぁぁ!」
「わっ、ビスケス」
目を覚ました父上が大泣きで母上に抱きついた。
大の大人がワンワンと泣いて情けない。まだまだ父上も小童じゃな。
「よし、今日はエレナの快気祝いだ!」
「まだ安静せねばならんぞ。これから体調を整える薬を飲んで少しずつ。……むっ」
「おぉそうか。でもまぁこれで万事解決……ぐっ」
儂と父上は同時に苦悶の声を上げた。
この強烈な不快感。全身から流れ出る脂汗。ついに来てしまったか。
「ぐ、ぐ……ぐああああああっ!」
「ビスケス! どうしたの!」
「だ、大丈夫じゃよ。うぐっ! 命に別状は……ぎっ!」
「クロス!?」
闇の不死鳥との戦いで飲んだ地獄丸の副作用が出始めたのだ。
ここから儂と父上は死が生ぬるいほどの地獄を一ヶ月体験することになる。
「お、おい……クロス。ここまでなんて聞いてない……ぐううううう」
「し、死んだ方がマシと言ったじゃろう。い、命に別状はない……ただ耐え続けるのみじゃ。ぐぬぬぬっ!」
「二人ともしっかりして! きゃああああ、誰かぁぁ!」





