124 いのちつきる日までに
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋に入る。
時はあっという間に過ぎていく。集落でマジックリーフの秋の収穫で皆が忙しくしている頃、儂は父上の手伝いや薬作りを引き続き行っており、そして……。
「最近体調が悪くて、咳き込むことが多くてね」
「ふむ、肺に病原菌が入っているのかもしれんのう。これで抵抗力を高めて、温かくして休むがよい」
「この前ケガしちまってよ。すぐ治ると思ったら悪化して……」
「すぐに見せに来んか! まったく化膿してるではないか、抗生物質の軟膏を渡すから、良くなれば……傷薬を塗って治すとよい」
「鬱かも」
「じっくり体を休めて……温かいものを飲んで黄昏れるとよい」
「くろすくん、あめちょーだい!」
「テレーゼか。毎日欠かさず飴をなめるんじゃぞ。そうすれば成人する頃には龍を倒せる」
そんなわけで儂は医者の真似事をしている。
この小さな集落に医者がいるわけもなく、なぜか医師免許もない2歳の儂が診察するという意味不明なことが起きてしまっている。
医療行為については200年生きた中で自分を治療するために独学で学んできたからのぅ。
本業ほどではないがある程度は診察できるわい。あまりに重たい病気は大きな街の医者にかかってもらうしかないが。
「母上、今日は気分が良い方か?」
「うん……大丈夫だよ」
母上はまた夏を過ぎてから体調を崩すことが増えてきた。
その都度、儂の特製の秘薬を使うのだが頻度が多いこともあり効果が薄れてきているように思える。
やはり母上の中に潜む病魔が着実に蝕んでいるのだろう。
見立て通り対処をしなければ……あと2ヶ月ほどで母上は逝く。
儂が作った栄養剤のおかげで十分な栄養は取れているがさらに食が細くなり、痩せてしまったようにも見える。
何とかせねば。
「何かやってほしいことがあったら言ってくれぃ」
「じゃあ……授乳」
「授乳だけは勘弁してくれい!」
◇◇◇
「旦那様。ヒーリングサルブの売れ行きが凄いですよ! 入荷してすぐに完売! 予約注文が殺到してますよ」
「当然じゃ。だから言ったじゃろう。もっと高値で売れると」
「びっくりしました。S級の冒険者も欲しいって言うくらいですからね。他の商人も嗅ぎつけてきたんですけど、専属契約のおかげで何とかなってます」
「儂のことは言うでないぞ。集落に押し掛けられても面倒じゃがらな」
「ええ、もちろん。ところでヒーリングサルブをもう少し作れないでしょうか」
「前も言ったが手作りゆえに大量生産はできん。それは諦めろ」
二ヶ月に一回の行商の日、儂が契約した商人アーリントと取引について話をする。
儂が作ってやった傷薬は王都で大人気らしい。効能と省スペース、回数を考えれば当然だ。
儂が200歳の時も店で買うより自分で作る方が優れているって分かっていたからこそじゃよ。
二ヶ月に一回、10個ほど使って渡しているがもっと求められているのは理解している。
薬作りはその作り手の腕に影響されてくる。この道100年の儂の調合技術は儂以外には再現できん。例え集落総出で作ったとしても同じものは作れんじゃろう。
儂は母の薬にステータス底上げ薬の調合でヒーリングサルブを大量に作っている暇はない。
「それよりドラゴンハートはやはり入手できぬか」
「……ええ、手は尽くしているのですが」
「まぁそうじゃろうな」
母上の病気を良くするために最大限に手をつくしているがやはりなかなか上手くはいかない。
やはりこんな辺鄙な場所かつ若手の商人が気軽に入手できるはずもないか。
あと一年時間があれば……ヒーリングサルブの手柄からいろいろ派生できたかもしれんが、時間が足りぬ。
「旦那様。この前話した噂話ですけど、少し信憑性の高い情報を得ることができました」
「ふむ、話せ」
「ですけど……こんな情報聞いてどうするんですか? ……近づかなければ危険はないですよ」
アーリントから情報を得て、可能性が確実に変わった気がした。
集落に戻った儂は最後の準備を行うためにハーブの群生地へと来ていた。
必要な薬草を摘み取り、来たる日に迎え準備を整えている。
昔から儂は準備を入念に行うたちである。天魔刻の時期だって三十年かけて調べて、準備をしていったのじゃ。
どのようなことでも準備が物を言う。
今回の採取で準備が整った。
「ふむ」
ハイウルフが2匹降りてきた。
春先の戦闘では遅れを取ってしまった相手だ。
前であれば二匹も相手できず、すぐに食われてしまったもの。
しかし……あれから半年が経った今同じようにはなるまい。
「ガアアアアアアッ!」
狼の一体が儂に飛びかかってくる。
春先の儂であれば回避して攻撃を与えても、狼の肉質に刃を通すことなど無理だった。
しかし今は違う。
飛びかかってきた狼に胴体を強く斬り裂き、心の臓を容赦無く破壊した。
当然狼が立ち上がるわけもなく……息絶える。
「随分と力が上がったのぅ」
身長も体重もある程度は伸びた。たがそれ以上に伸びたのは力のステータス。
ステータス上昇の努力飴を毎日一錠飲み続けた儂は2歳児としては破格ステータスとなっている。
これは龍脈の接合点であるエストリア山の大地で育った薬草の力による所が大きい。
わずか半年でここまで成長できたのだ。
もう一体の狼も臆せず向かって来た。
逃げれば良い物を……所詮は犬っころか。
儂はシルフィードナイフを真っ直ぐに犬っころに向ける。
ステータスが上がったおかげでこんな技も繰り出せるようになった。
「時空剣術……【早送り】
「……ガッ?」
おぬしがもう死んでいることに今気づいたようじゃな。
狼がぐたりと倒れてしまった。
早送りは相手の行動の先へ行く時空剣技。
相手が何をしようが問答無用で飛ばしてしまう剣術スキルである。
ステータスを得たゆえに時空剣術の反動にも耐えられるようになる。
しかし……それでも二歳の体は弱い。今のままじゃ精々一日に一回が限度だろう。
それ以上打つとおそらく骨がもたない。
「強くなったなクロス」
「父上? どうしてここに」
「仕事終わって、家に帰ったらエレナがクロスが外に出たまま帰ってこないって心配しててな。念のために見に来たんだよ」
「日が沈むまでに帰ると言ったんじゃが母上は過保護すぎる」
「まぁそう言ってやるな。春先のおまえだったらやばかっただろ」
それはそのとおりだ。
じゃがあの件があってステータスが上昇する秘薬を飲み続けた。
儂は強くなった。そしてこれは良い機会と言えるだろう。
「父上、頼みがある」
もうまもなく季節は冬になる。冬に入ればもう……この山に入ることができなくなる。
だからこそ言おう。
「儂と一緒に地獄を見てくれんか?」





