122 行商人②
「思考読むの!?」
「おまえのような童子の考えることなどお見通しよ。舐めるでないわ」
だめだ。僕は完全に主導権を握られてしまった。
完全に見立てを間違えた。この子供は普通の子ではなかった。
「この傷薬を作ったのは儂じゃ。特級薬師級のコネなど貴様のような若造にはなかろう。貴様は今、人生で最も重要な商談をしておる。気を引き締めてかかることじゃな」
確かにそんなコネはない。傷薬を作ることができる薬師はいっぱいいるが、このレベルのものを作るのことができるのは世界でも10人に満たないかもしれない。
そしてこのヒーリングサルブはこの子が作ったのか。
この子はもしかしてギフテッドと呼ばれる子供なのかもしれない。そういえばこの国の第二王女も二歳にして剣士の素質があると聞いたことがある。
「薬作りに良い水が必要でな。この山の水は向いておらん。良い水はないか?」
「じゅあ、王国で最も清い川と呼ばれるネセス川の湧き水なんてどうかな」
僕は言われるがまま、荷台から水を取り出し、クロスくんに見せた。
もう完全に大人の顧客を相手している感じになってしまっている。
クロスくんは僕の渡した瓶に入った水を眺めていた。
「ふむ」
「知ってるかどうかなんだけど、ネセス川は地脈の影響を受けていて、魔力を含みやすいんだ。薬作りにはこれ以上の水はないと思うよ」
「そうじゃな。じゃがそれはネセス川上流の話で、下流に流れてくる水は魔力が抜け落ちていて他の川の水と変わらん。じゃが……ネセス川の水なのは確かじゃからのう。まさか上流の水と偽って売るつもりじゃあるまいな。優良誤認は褒められたものではないぞ」
「ソンナマサカソンナマサカ」
ネセス川の上流の水は大商人に買い占められていて、ほとんど出回ってこない。
ゆえに下流の水に上流の水をわずかに混ぜて売っているんだけど……本来の値段をバラせばやばいということが誰でも分かる。
「もうよい。それより聖水はあるか? アンデッドを倒すためのヤツじゃ。あれでも良い」
「あれなら大量にあるけど。……薬作りに聖水なんて聞いたことないよ。ポーションを作ってるポンポーティル家の当主も清水が一番って」
「かぁーっ!所詮、50年そこらの経験で作った薬師共が何を語れる。そんな経験の浅いヤツの言うことなど忘れてよい」
一応王家に認められた薬師さんなんだけどなぁ……。
だけどクロスくんの言葉には重みがある。
まるで100年以上生きた仙人かのように物事を見据えているかのようだ。
「薬作りの材料はそれで良いじゃろう。せっかくじゃ、貴様が推すものはないのか?」
「えっと……」
もうこの子を二歳の子供とは思わないようにしよう。
気難しい大人を相手をするように……、僕が自分がオススメだと思う。商品をクロスくんに見せることにした。
「これは王国北部でしかない民芸品の一つで」
「いらん」
「どんな物で切ることはできる切れ味鋭いナイフ」
「いらん」
「えっと……隣国の帝国で広く親しまれているトランプ」
「はぁーーーー」
クソでかいため息をつかれて泣きそうです。
大人に悪態つかれるのは経験不足ってことで受け止めることができるけど2歳の子にこんな態度取られたらメンタルボロボロだよ。
恐る恐る最後の商品を差し出すことにした。
「これはアロマランプといって香りのするオイルに熱を加えて暖めて香りを楽しむ魔導機器なんです」
「ふーん」
興味がなさそうだ。しかしここで止めるわけにはいかない。
「心を休める香りを持つアロマが王都では人気となっており、女性への贈り物として人気なんですよ」
「っ! ほぅ」
初めてクロスくんが反応した!
「儂は興味ないが……贈り物という点は悪くないな」
「ええ、いろんな香りするアロマをセットでお売りしています。もし良ければ大事な人にどうですか? きっと喜ばれると思いますよ」
「悪くないな。貴様のこと初めて認めてよいと思えたぞ」
「あはは……ありがとうございます」
どうしてこの子はこんなに上から目線なのだろうか。
まぁいいか……。
「儂が持つヒーリングサルブの壺の売値と聖水とアロマランプを差し引きして……小銀貨コレでどうじゃ?」
「え!? それはさすがにやりすぎじゃ」
向こうから先に値段の提案されてしまった。
しかも傷薬を相当高く売ろうとしてきている。いくら何でもそれじゃあ赤字になってしまう。
「だったらこのヒーリングサルブの専属契約を結んでやる。月に生産したものを一定数を優先的に貴様にまわしてやる」
専属契約!?
これだけの効能を持つ傷薬を定期的に入手することができればかなりの利益を見込めるかもしれない。
その契約は正直かなり美味しい。
だけど本当に生産できるんだろうか。
傷薬の腕は薬師の技術によるもの。たまたま今回上手くいっただけで次も上手くいく保障はない。
やっぱり断ろう。
「随分と考えているようじゃな。じゃあ……価格計算表をちょっと見せてくれるかのう」
「え、価格計算表?」
そもそもこの商売は行商にかかった経費や利益を計算し、王都で入手した場合に比べて値増しをした状態で売り出している。
例えば王都の店なら大銅貨1枚のポーションも行商で買うなら大銅貨1枚と小銅貨5枚といった感じで割増しとなっているのだ。
王国が定めた法律に則り、その利率は決まっており、価格計算表に記し、求められれば客にそれを見せねばならない。
この価格計算表は何年も前から使っているので別におかしなことはないはずだ。
僕はクロスくんにその価格計算表を渡す。
「あれれ、おかしいぞ」
「な、何がかな」
「貴様、王都からこのエストリア山までの旅費がここに記されているがどう見たって金額設定がおかしいだろ」
「でも……それは二十年前から決まっていて」
「二十年前は王国からエストリア山までの間にある大運河のヘルリュートに橋がかかっておらんくて、迂回しておったはずじゃ。じゃが今は橋もできて交通の便も良くなった。なのに値段が昔のままってのはおかしいのう」
「いや……それは!」
「王国の商法ではちゃんと適正な旅費に戻して金額設定をせねばならんはずじゃ」
クロスくんが僕の肩に手をまわす……ために僕をしゃがませて、手をまわした。
「商人も稼いでこそだからな、少しでも利益を上げたい気持ちはよく分かる。貴様はここの担当になったばかりだろう? これが露呈して売り上げが大きく下がったらどうなるじゃろうなぁ」
「うぐっ!」
金額設定を正せば、適正の値段にはなるけど今回、サザンナ集落に売った金額のいくらかを返却しなきゃいけなくなる。
今回得るはずだった収益にその分が失われて、僕が損失を出してしまったことになる。例えそれが正しいことだったとしても、アルデバ商会内での僕の立場が間違いなく悪くなる。
それだけは絶対避けなければならない。
クロスくんが僕の耳元でボソリという。
「貴様の行動次第で今回は黙ってやってもいいぞ? ここまで言えば分かるな」
「は……はい」
「ではどうする?」
「クロスくんの……言う額で取引させてもらうよ」
「利口な良いことじゃぞ。安心せい、儂のヒーリングサルブの効果は上がることはあっても下がることはない。貴様に利益を授けてやる」
「あははは……」
僕がとんでもない子供と契約をしてしまったかもしれない。
あ、そうだ。
「クロスくん。商法で専属契約は15歳の成人なら個人で契約できるけど……それ以下の子は親の許可が必要なんだ」
「そうか。父上!!」
クロスくんが大きな声で父親を呼ぶ。
反応した男の人。あれがクロスくんと父親か。何てとんでもない子供を作ってしまったんだ。
「この商人と契約するが良いな!」
「おう! クロスに任せるぜ」
「軽っ!?」
「ほらっ、契約書を出せ」
「うん……」
僕は持ってきていた契約書をクロスくんに渡す。
魔法の契約となっており、一度契約すると他者からは基本的に覆せない。
「あ、クロスくんさすがに文字は……」
「読めるし書ける」
「どんな二歳児だよ……。あ、一応、お父さんにも見てもらおうか」
「父上は文字を読めないし、書けん」
「どんな親子関係してんの!?」
「おい、ここの契約書の五文目は儂にとって不利益となる。消せ」
「本当に読めるんだ……」
しかも契約書をじっくり読んで意味まで理解しているようだった。
この契約書は個人間で結ぶものだからそこまでの強制力はないけど、しっかりしているなと思う。
こうして僕はクロスくんと契約し、ヒーリングサルブの優先権を得ることになった。
うぅ……傷薬をちゃんと有効活用して売らないと完全に赤字だ。
「あの……クロスくん」
「貴様、専属契約は初めてと言っておったな」
「うん、そうだけど」
「儂の知っている一級の行商人は初めて契約をした得意客を旦那様と呼び……天に召されるまで呼び続けたそうじゃ。その商人にとって始まりの客だからな」
「え」
「貴様の初めての得意客は儂じゃろ。つまりどうすれば良いか分かるな?」
僕は初めて地に足をつけ、二歳の男の子に対して頭を垂れた。
「旦那様ぁぁあ。これからも宜しくお願いしますぅぅぅ」
「ふっ、苦しゅうない。アーリント。商人としてもっと大成すると良い。儂が貴様を一流の商人に仕立ててやる」
この日僕は商人になって初めて契約を結んだ。
その相手はわずかに二歳のとんでもなく偉そうな男の子である。
僕、アーリントはこのクロスという小さな旦那様のおかげでこの生涯、とんでもなく儲けることになるが、同じだけ振り回されることになるなんて思いもしなかった。





