121 行商人①
僕の名はアーリント・ハリナス。
王国に拠点を持つ、アルデバ商会に所属している見習い行商人です。
先輩の行商人の配置替えで僕がこのエストリア山のある村々に2か月に1回、要望のあった物資を届け取引をしています。
エストリア山は標高5000メートルを超える山でマジックリーフを栽培している栽培地、居住区にはとてもいけないので馬が運べる三合目の地で取引をしています。
今日はサザンナの里の人達との取引の日です。初めてだった前回の取引は緊張したけど、無事に先輩からの引き継ぎの挨拶もできて……今回から僕一人で対応することになりました。曰くつきの人達だけど僕として特に不快はありません。
「ハリナスさん、こっちだ!」
サザンナの里の長、ヘイプさんがやってきた。
向こうは山の中に物を運びこむために集落の男全員を使ってやってくる。
高山ではとにかく食糧不足が深刻となっている。ゆえに取引の7割が食料と飲料だ。
このあたりは定期的な取引のため特に問題にはなっていない。
残り2割は主に嗜好品。前回、前々回の取引で集落人から要望のあった品を取引に使う。
ここはちゃんと要望にあったものを適正な金額で売ることが大事だ。売れ残りを持って帰ると在庫になってしまうからね。
要望は様々だ。本であったり、化粧品であったり、衣服はもちろん、工具や道具……そして調味料など千差万別なんだ。
そして最後の1割は僕がオススメする物品である。
世間の流行を知らない集落人のために魅力的な商品を紹介して、集落の人の財布の紐を緩める。これが商人として腕の見せ所ということだ。
さぁやるぞ。
「ちょっといいかのう」
声をかけられたのでその方向に顔を向けたが誰もいない。
声の高さやあどけなさからもしやと思い、下を向けると何とも可愛らしい男の子がいた。
「どうしたのかなぁ。君はこの集落の子かい?」
「うむ、父上に連れてきてもらった」
「そっかぁ。今年でいくつになるのかな」
「二歳じゃ!」
二歳!?
やけに小さいと思ったが本当に小さかった。
二歳ってこんな喋られるっけ?
早熟な子はいるものだし、いてもおかしくはないのかもしれない。
商売の邪魔だけど、子供に好かれるのは大事だしなぁ。
「お名前は何ていうんだい?」
「ふむ、儂はクロス・エルフィドという」
「クロスくん、挨拶できて偉いねぇ。僕はアーリント。これから何度も会うと思うし、宜しくね」
「ではアーリント、さっそく商談をしたい。ちょっと金が入り用でな。これを買ってくれんか?」
「へ?」
いきなり二歳の子に商談と言われて唖然とする。
クロスくんは持っていた鞄から小さな容器を取りだし、僕に手渡した。中には白いクリーム状のものが入っている。
なんだこれ。危ないものじゃないよな。
「それはヒーリングサルブじゃ。ヒーリング草を原料とした軟膏じゃよ。腕の傷に試してみるといい」
「へ、へぇ……。本当に大丈夫なのかな」
子供のいたずらかと思ったが……。言っている内容はいたずらのレベルではない。本当に傷薬だろうか。
先日、うっかりきってしまった腕の傷跡におそるおそるその軟膏を塗ってみる。
するとあっという間に傷が塞がり、消えてしまった。
「それでこのヒーリングサルブ。いくらで買い取る?」
クロスくんに問われて思考する。
王国で似たようなものは見たことあるけどここまでの効能はなかった。
効能で言うならポーションと同等だけどあれは一回使い切りのもの。
このヒーリングサルブはクリーム状で保存が利くが利点を確保しつつポーション並の回復量を持つ。
凄いものを見たかもしれない。
同じ効能のポーションが大銅貨1枚として、携帯して保存性を考えるなら10倍の価値のある小銀貨1枚くらいになるかもしれない。
だけどそれを言うわけにはいかない。
僕は商人。悪いけど……利益を取らせてもらう。ごめんね。二歳の子にこんなことを言いたくないけど。
「凄い傷薬だよ! こんな効能のある軟膏タイプの傷薬を初めてみた!」
「そうじゃろそうじゃろ」
「ポーションとも違うし、これは大量生産できれば冒険者にも広まるだろう」
「そうじゃろそうじゃろ」
うまくおだてて良いものを安値で買い取る。これができる理由はこうやって辺境に住んでいる人達は物の値打ちというものに疎い。
ゆえにほぼ商人の言い値になってしまっている所がある。
もちろん高すぎると離れてしまうからぼったくりすぎるのは良くない。このあたりは底値と手間賃と利益を考えて値段設定をしなければならない。
「じゃあ、大銅貨5枚でどうだろう?」
「は?」
二歳らしかぬ声に何かを垣間見えた気がした。
「おまえ何を言っておる。今、大銅貨5枚といったか?」
「そ、そうだけど」
「ふざけておるのか。あ? 物の値打ちもわからんのか? それとも儂が二歳だからって舐めておるのか?」
二歳とは思えない強い口調に僕は思わず何も言えなくなる。
「貴様いくつじゃ」
「こ、今年で18になるけど……」
「はっ。18など童子みたいなもんじゃろ。儂と変わらん」
「変わるよ!? 16年分長生きしてるんだよ!」
だけどクロスくんは16歳など一瞬と言わんばかりの顔となっていた。
なんなんだ、この子供。とても二歳とは思えないんだけど。
「軟膏タイプの傷薬は長く使える分効能が低い。ゆえに大量生産できて回復量の大きいポーションの方が有用されるのは当然じゃ」
「そ、そうだね」
常識だけど、二歳の子が語る常識ではない。
「じゃがこのヒーリングサルブの効能はポーションと同等。優れた薬師でもなければ作ることができないほどである」
「う、うん……」
「最低小銀貨1枚ほどはあるじゃろう。」
「うっ!」
僕の予測の金額をズバリと当ててしまった。
まずい!
「何がまずい。言ってみろ」





