120 病魔
父上に背負われてすぐさまに集落へ戻った。
家に戻ったら集落中の人々が母上を励まそうと手をつくしてくれていた。
皆、母上を愛し、仲間だと思ってくれているんじゃな。
儂はすぐさまは調合している部屋に戻り、急いでリバイブリーフと他の素材を調合い、秘薬を完成させた。
病気に効く治療薬、儂はすぐに母上に飲ませた。
「ごほっ! げほっ!」
「エレナ、おいしっかりしろ!」
「大丈夫じゃ! 体が病気と闘っている証拠じゃ。今は見守るしかない」
何度か咳き込む様子が見られたが……やがて母上の容態は良くなり、やがてゆっくりと寝静まるようになった。
何とか峠は越えたようじゃ。
「はぁ……はぁ……」
母上の呼吸も安定した。
母上のことを集落の人々に伝えて、いったん家に帰して、儂と父上で母上を見守った。
「クロス。もういい時間だ。寝てもいいんだぞ」
「母上が目を覚ますまでおるよ。今日ぐらいはいいじゃろう」
寝ずの番は前世で何度も経験している。
子供の体だと耐えきれぬものではあるが一晩くらいは大丈夫じゃろう。
父上が温かい白湯を作り、儂に差し出す。
「エレナが回復して良かった」
「……言っておくが病気が治ったわけではないぞ。あくまで一時しのぎじゃ」
「ああ……エレナの病気のことは俺が一番分かってる。でもあの薬はなんなんだ? 」
「簡単なことじゃよ」
病気の数はきっと世の中星の数ほど存在する。
総じて決まっているのは患者の体力が物を言うということだ。
同じ病気でも体が弱い人が罹れば致命傷となるし、体が強い人が罹れば無症状となる。
つまり儂が作った治療薬とは一時的に病気に対する抵抗力を向上させて病魔をやっつけることである。
200歳の儂も何度か重い病気にかかったが全てこの理論で病気を打ち破っていた。
どんな病気も抵抗力があれば打ち勝つことができる。
200まで生きた儂はそう考えていた。
それが全ての人間に適応されるかどうかは別問題じゃが。
上記のことをざっくり父上に話した。さて……今度はこっちの番じゃ。
「それで父上。母上のことを話してもらうぞ」
「え?」
「なぜ母上はこの年齢でこんな重い病気を患っている。まだ23歳じゃろ?」
父上は言い淀んだが、観念したように頭を少し下げた。
「エレナは元々20歳まで生きられないって言われていたんだ」
「それは……」
「俺は15歳で成人して冒険者をずっとやってきた。有るとき王都フィラフェスへ仕事で頼った時にな、侯爵令嬢であったエレナと出会ったんだ」
やはり母上はやんなき身分の人だったか。貴族はその血統から見た目が麗しく、才覚も優秀であることが多い。
特にこの地から遠く離れた王都フィラフェスでは貴族街があるぐらいだからな。母上はそこの出身だということか。
「生まれつき病魔に蝕まれていたエレナは体が弱くて、大事に育てられていたんだ。外のことを話すと本当にエレナは嬉しそうな顔をしてな。俺は気づいたら……エレナに惚れちまっていたよ。それであることがきっかけで俺はエレナは恋に墜ち、王国を去ったんだ」
そのあること。……色々と考えられるがそこは今の話と関係はない。
分かったことは一つ。母上の病気は突発性ではなく、生まれつきということ。こうなると……話は変わってくる。
「じゃが母上は20を超えて尚も生きている」
「そうだ。ここでの暮らし、クロスの存在がエレナの寿命を延ばしたんだ」
だけど……もう寿命は尽きようとしている。
「本当は子供を産むのは反対だったんだ。体の弱いエレナの出産は本当に危険で……」
父上はそれ以上の言葉を避ける。
儂が母上の実子と思っているからそれ以上言えないんだろう。
死ぬかもしれない危険な出産で生まれた子が死産だった。そりゃ母上が儂を実子並に愛そうとする理由が今だったら分かる気もする。
「だから……最期の時まで側にいてやってくれ」
「どうにもならぬのか。例えば大金を使って医者を呼んだり」
「そんな金どこにもねぇよ」
「儂の刀を売ればよい。太刀も小太刀も……必要なら大太刀も巨太刀も売って構わぬ」
「おまえ……」
儂が祈りを込めて作成した大業物だ。
見るものが見れば末代まで遊んでくらせるほどの金が入る。
あの刀は儂が絶対に手放したくないと思っていた。
じゃが……儂にとって母上はそれ以上の存在になっている。
刀はまだ数十年かけて作れば良い。しかし母上は一人しかおらんのだ。
父上が儂の頭を優しく撫でる。
「ありがとな。でも、もう遅い。今から医者を探したところで無駄だし、そもそも貴族で生まれたエレナがその家の力を持っても治せなかったんだ。きっと金の力じゃ無理なんだろう」
そういえばそうじゃった。
貴族の子なのじゃ、幼い頃から大枚はたいて治そうとしたに違いない。
王国には名医が揃っていると聞くし……それで治せないのであればいくら金を積んでも無駄ということだ。
くっ……歯がゆい。
「儂が少しでも……母上が生きられるようにしてみせる」
「ありがとうな。きっとエレナも喜ぶ」
「う、ううん」
母上が目を覚ました。
治療薬が効いたようで、熱も下がったようだ。
「ビスケス、クロス……」
「エレナ!」
父上はぎゅっと母上を抱きしめた。
父上も不安だったのじゃろう。何よりも儂よりも……父上は母上を愛している。
少しだけ父上と母上が話す時間を作ってあげた。
「クロスが薬を作ってくれたんだ。ありがとね」
「うむ……元気になってよかった」
「こんなに楽になったのいつぶりかしら……」
「無理はしてはいかんぞ。ゆっくりと静穏されい」
「ありがとね」
母上が健康な間に母上の中に潜む病魔を何とかせねばならんな……。
多少の病魔であれば儂の治療薬で何とでもなるが、幼い頃から付き合ってる病の改善は正直かなりきびしい
しばらくは儂の作る治療薬で生き延びることができるだろう。
しかしそれもいつかは効かなくなる。
その時が恐らく母の死。見立てではあと半年。
冬に入り、寒さで抵抗力を失った時が最期じゃ。その前に何とかせねばならん。
「エレナ、何かしてほしいことがあるか?」
「え? もういきなりどうしたの? 大丈夫よ」
「だが」
母上は少し考え、儂を見た。
「じゃあ……お願いしようかな。……そんなに時間はないと思うから」
母上も死期が近いことを感じ取っているのか。
母上が望むことなんでもやってあげたい。
母上はにこりと笑った。
「久しぶりに授乳させてくれない」
「は?」
「クロスったら乳離れしてお母さん凄く寂しい。だから……久しぶりに……ね?」
「そ、それは」
「クロス頼む! エレナ願いを叶えてやってくれ」
もう二歳で乳離れしたのにあの屈辱的なことをさせられるというのか。
望むこと何でもやってあげたいとは言ったが、この展開は予測しておらんかった。
ニコニコした顔で手を広げる母上と頼み込む父上の姿を見て儂は観念する。
「ほらぁよちよち……良い子だねぇ」
「ばぶぅ」
本当に嬉しそうな顔をする母上を見て……儂は考えることを止めた。





