117 自慢の息子
「これでいいかしら」
「うむ、エルゼ。感謝するぞ!」
「いいわよ。最近使ってなかったし……有効活用してちょうだい」
丸薬を作って蜜蝋を求めてそのままエルゼの家へと向かう。
この女子がサザンナ里の長の姉エルゼである。
ゆえに集落長よりもある意味強い権力を持っていたりする。
ちなみに里長は父上と一緒にマジックリーフの栽培のためハーブ園へと出ている。
人数の少ない里ゆえに仕方がない。
「何か面白いものを作ってるんだってね。男共が大騒ぎしてたよ。クロスは頭が良くて天才かもって」
「ちょっと早熟なだけじゃよ。すぐにテレーゼにも抜かれてしまうわ。儂が頭脳派でないこと、自分が一番よく分かってる」
「そうかねぇ。その二歳の体でそんなこと言えるだけで十分だと思うけど」
この体でこれだけ喋れたら誰だってそう思うのは儂にも分かる。
だが儂は学術も剣の才能も無かった。200年かけて少しずつ少しずつ努力して習得していったのじゃ。間違っても天才ではない。
「クロスが大きくなって、テレーゼといい関係になればあたしもミランダさんと同じ所へ逝けそうだよ」
「ふむその前に儂がおぬしを口説くかもしれんぞ。おぬしは良い女だからな」
「アッハッハ。ビスケスの受け売りかい? 大きくなったら楽しみにしてるよ」
やはり今の儂では正真正銘の子供扱いじゃな。
ま、今は良かろう。儂はエルゼに手を振って別れ、自宅へと戻った。
「女を失った悲しみは女で癒やす。ふっ、そう上手くいかんものだな」
前世でもう少し恋愛経験を増やしておくべきだったと今更になって思う。
まぁ……自分勝手に生きてきて前世の儂が女にうつつを抜かすことはまずなかったじゃろう。
いつか儂にも運命の人に出会えるのだろうか。ミランダですら成し遂げられなかった出会って即のプロポーズしていまいそうな人が!
家に帰ってきた儂は椅子の上で座り込んでいる母上の姿を見る。
「母上……どうしたのじゃ?」
「クロス……おかえりなさい。ごめんね、ちょっと体調が悪いみたい」
「最近体調が悪いことが多くないか。儂は心配じゃ」
母上が苦しそうにも笑い、儂の頭を撫でてくる。
体調不良……いや、疲れているようにも見える。
「休んだ方がいいのではないか?」
「大丈夫。すぐ良くなるから。ちょっとだけここで休ませて」
「うむ……」
「蜜蝋をもらったんでしょ。早く完成させなさい。お母さん、楽しみにしてるから」
確かに作業が途中であった。
あとは蜜蝋と多少の油を混ぜ合わせてクリーム状にすれば治癒薬は完成する。
母上が心配だったが……今の儂にできることはない。早く薬を完成させて、母上の体力を回復させるものを作るべきじゃろう。
また父上にあのハーブの群生地につれていってもらわなねば。
「何かあったらすぐ呼ぶんじゃぞ」
「ええ、クロスは優しいね」
その優しさは母上からもらったんじゃよ。
儂の不安そうな顔が母上を心配させる可能性もある。儂は素直に薬草置き場の部屋へと戻った。
すぐに調理中の薬草類に蜜蝋と油を注ぎ込む。
「うーむ、水の質が悪いのう」
最後に量を稼ぐために水を使ったがここの水は魔力と馴染みがあまり良くないようだ。前世では高品質の水場の近くで作業をしておったから気にしていなかった。
アンデッドを倒す聖水レベルのものであればもうちょっと効能を出すことができるというのに。
試作型ということで頂いた蜜論の半分を使って、クリーム状の治癒薬を完成させた。
これを綺麗な壺に入れて、乾燥せぬように蓋をして補完する。
うむ、これで完成だ。
「む?」
里の外が騒がしい。
里の中に魔物が入ってきたとかそういうわけではなさそうだ。
儂は自室を飛び出す。
「母上、ちょっと外に出てくる。男衆が帰ってきたと思う」
「……うん」
母上の反応の悪さが気になったが、ひとまず外に出ることにした。
マジックリーフの栽培に出かけていた男衆が帰ってきた。
しかし雰囲気が違う。半分くらいの男衆が座り込んでおり、何人かが怪我で倒れ込んでしまっていた。
「父上、どうかしたのか?」
軽傷だった父上に声をかける。
父上の普段着ているレザーアーマーに切り傷の跡がついていた。
「ただいま。今日は連れていかなくてよかったぜ……」
しかし表情はそんなに暗くない。
被害よりも収穫の方がでかかったからだろう。
後ろにいる高山熊の姿が物語っている。かなり大きく……強い個体のようだ。
「帰り道で会ってよ。何とか倒すことができたけど、若い奴らが怪我しちまった。この忙しい時期に人手が減るのはキツイんだよな」
しかし大型のベアの肉と毛皮が手に入ったのは大きい。高山種は通常種と違って高位ゆえに素材の値段が高く売れる。
しっかりと保存しておけば冬の貴重なタンパク源にもなるからな。
傷ついた男達に近づく。
「傷が痛むか?」
「ああ、奇襲を受けちまったからなぁ。骨が折れてないけど皮をばっくりやられた」
「傷は深いな。命に別状はなさそうじゃが、その傷じゃなかなか立てまい」
「ああ……クロス!?」
足をやられた男衆が儂の姿を見て、驚く。
「見んな、見んな。子供が見るもんじゃねぇ」
「気にするな、血には慣れておる」
「慣れてる!? ビスケスさんどういう教育してんだ」
「少しここで待ってるがよい」
タイミングがいいとは言わんが……遅かれ早かれであったな。
儂が歩けなかった時も大怪我をした男衆を見たことがあったし、年に2,3回はこういうことがあるのじゃろう。
家に戻った儂はさっそく作ったばかりの治癒薬の壺を持っていく。
「儂が作った傷薬じゃ。ヒーリング草を塗りたくるよりは良いだろう」
「いや……子供作ったものなんて」
男衆達は手を出そうとしない。
まぁ2歳の子供が作ったものなど不安で傷口につけたくはないということか。
それを選ぶのは勝手だが……傷口が悪化してさらにひどくなる可能性がある。
特に目の前の男の傷はかなり深い。放置して良くなるかどうかは五分五分だろう。
「クロス貸してみろ」
父上が儂の作った壺を掴む。
そして塗るように持ってきたヘラを手に取った。
「どうやってつけるんだ?」
「ヘラで直接付けると汚染されるのでいったん腕にクリームを置いて、綺麗な布で伸ばすと良い」
綺麗な布は一緒に持ってきている。父上にそれを手渡した。
父上は布でクリームをすくって、傷口に塗った。
「マジかよ、傷が治った」
父上の傷は擦り傷ほどだ。それぐらいなら一瞬で治ってしまうだろう。
見ていた男衆の驚く声が聞こえる。
「クロス、これ……どうやって作ったんだ?」
わざわざこんな所で説明しなくてもと思ったが意図は別の所にあると気づく。
儂はそこにいる全員に聞こえるように声を張り上げた。
「ヒーリング草とベースとなるマジックリーフを混ぜ合わせてすり潰したのじゃ。それに手を加えて丸薬とした。その後に蜂蝋と油を混ぜ合わせてかき混ぜて軟膏としたのじゃよ。悪い成分は入っておらん、安心して塗るとよい」
「どうだ。クロスが頭の良い子供だってことはみんな分かってるだろ。俺に免じて息子を信じてくれないか」
男衆が静まってしまう。
だが一名、すぐに手を挙げた。
「さっきはびびって悪かった。マジで足がいてぇんだ。少しでも効くなら分けてくれ。頼む」
一番の傷の深い男の声だ。傷が悪化するかしないかなんて医者でもなければわからんものだ。
だからこそ治療を受けたいのだじゃろう。
「うむ、軟膏ゆえに直接患部に付けられるぞ。包帯をとくといい」
「悪い、俺もくれっ!」
「軟膏が余ったらこの傷も治してくれないかな……」
「ほんとは痛くてたまらないんだぁ」
「ええい、大の男が情けない声を出すじゃない。重傷者を優先する。歩ける若造どもは綺麗な布を持ってこんかい!」
「ビスケス」
「里長……」
「クロスは本当に不思議な子だな」
「ええ、自慢の息子ですよ」
傷薬を作ったのは前世を合わせればもう数百回は超えている。
だがこうやってたくさんの人に自分の技術を振る舞ったことはなかった。
精々行きずりで怪我をした若者に渡した程度だ。こうやって儂自身が甲斐甲斐しく傷薬を塗ってあげたことはなかった。
……儂が200年生きて手に入れた知識は無駄ではなかった。
だがこうやって若返らなければその知識を世のために有効活用することはなかっただろう。
正直悪くはない。年寄りの儂と違って、若造達はもっと生きねばならんからな。
「やるじゃねぇかクロス。さすが俺の息子だ」
「父上が先手を切ってくれたからじゃよ。父上の人望が大きいのう」
「おっし、じゃあ帰ろうか。母さんが待ってる」
「うむ!」
父上は儂を持ち上げて、肩に持ってきた。
父の肩に乗って見る風景……笑い合う集落の若者達と自然溢れる風景。一人では無いということがよく分かる。
この感じ……決して悪くはない。
このままこの集落で暮らしていくことが楽しみだ。
家へと入り、父上が母上を呼ぶ。
いつもならすぐに駆け寄り抱きしめてくるのに……。それがない。
嫌な予感がし、部屋の中へ入ると……。
母上が床に倒れていた。





