114 男衆の仕事
「父上、苗は全て植えたぞ。問題ないか見てはくれんか」
「お、早いな。うん、問題ねぇ」
サザンナの里の男衆が集まり、本格的なマジックリーフの栽培が始まった。
集落から2時間ほど歩いた先に園があり、毎年そこでマジックリーフの栽培を行っている。
当然2歳の体の儂が行けるほど軽々しい道のりではないので父上に背を乗ってここまで来れた。
役に立たない子供を連れてくるなという声もあったが。
「クロスってまだ2歳だろ?」
「もうそこまで動けるのかよ。すげぇな」
「オラッ、2歳児がやってんだぞ、サボってんじゃねぞ」
「ういー!」
役に立つなら誰も文句は言わない。
猫の手も借りたいという言葉もあるように単純に人手があれば作業は早く進むものだ。
「ふぅ」
土を掘り、苗を植えていく。それの繰り返しだ。
父上がポンと頭に手を乗せてくる。汚れた手で乗せんでほしいもんじゃが。
「いつもの胎内教育で何かもっと画期的な方法を知ってたりしないのか」
「ないのう」
「そっかぁ」
儂の知識はあくまで一人で出来ることに限られる。
農作業も一人で出来るものではあるが、ここまでの大規模栽培となると複数人で対応するのが当然というわけじゃ。
儂は複数人での作業を大人になってからやったことがない。
それゆえ知識もないので……これに限って儂も分からん。
そういう意味でマジックリーフの栽培は知識ゼロから覚えていくので楽しいとも言える。
植えた後は適度に水をやって成長状態を確認する。だがここは高山。水を汲みに行くのもやりにいくのも一苦労じゃろう。
ここまでしなければならない理由、エストリア山に存在するサザンナの里の収入の大半がこのマジックリーフの栽培によるものだからだ。
魔力を回復させるマジックポーションの原料となるこの薬草は重要であり、国同士の戦争や魔物の戦いで重要視される魔法の力を補うのになくてはならない植物である。
育成が難しい薬草と聞いたことがあり、ゆえにマジックポーションはどの国でもそれなりに高価に取引されているんだが……これだけ大量生産できる環境が存在していたことにびっくりだった。
そして何よりエストリア山は世界でも選りすぐりの霊山であり、魔力がたんまり詰まった龍脈が集まっている場所でもある。マジックリーフの栽培にはもってこいというわけじゃ。
おまけに標高があるので虫も少なく、害も少ない。
だが害が少なくても無いわけではない、その筆頭がこれだ。
「父上」
「なんだ?」
「殺気をもった輩が近づいておる。恐らく狼じゃな」
「そんなはず……いや、この足音」
父上は立ち上がり、大声を上げた。
「狼が来るかもしれん。隙を見せるなよっ!」
「わぁっ!」
全員がその声でまわりを見渡した瞬間。崖を伝って飛び込んできたのが人食い狼の群れ。
警戒態勢に入っていたため奇襲を避けることができた。
「ハイウルフだ! ビスケスさん!」
「おう、任せろ!」
見張り役が再度、警鐘を鳴らして男衆の作業を止めさせる。
父上が剣を構えて向かって行く。
集落はミランダの結界に守られているがこの場所まではカバーしきれない。
ゆえに魔獣の襲撃に備えなけれならない。
元冒険者である父上の力は集落の男性陣にとって無くてはならない戦力だ。
「おらっ!」
やってきたウルフの半数に斬撃を与えて撃退することに成功した。
「怪我はないか!」
父上は戦闘に参加した他の男衆に声をかける。全員問題ないことを確認して胸をなで下ろす。
当たり前じゃがこの集落に医者などおらんゆえに怪我がわりと命取りになることが多い。
一人でも人を失えばそれだけで影響が出てしまうからな。
儂も怪我や病気には気をつけねばならぬな。
「へへ、仕留めた獲物が3匹か。毛皮と肉はもらわないとな」
リーフ栽培だけでは生きていけないので魔獣の肉をくらってでも生きていかねばならぬ。
弱肉強食。奇襲は命の危険もあるが獲物を得るチャンスでもある。父上によるとベアやボアなどもたまに現れるらしい。
父上が戻ってきた。
「どうだ、父さん格好良かっただろう」
「剣の振りがいまいちじゃ。腰の使い方がなっておらん。足もバタバタさせおって、何とかならんのか」
「厳しい!?」
「じゃが父上が一番強いのは分かっておるよ。安心じゃ」
「へへっ、しかし狼の群れが来るのよく分かったな。俺より気づくの早かったじゃないか」
「長年の勘じゃよ」
「まだ2年しか生きてねーだろ!」
前世合わせれば年期が違うのじゃよ、年期が。
このリーフ栽培も魔獣襲撃の見張りを立てているが奴らもただのアホではない。
見張りの隙をついて襲ってくることもある。見張りを二人立てていることから過去にこの襲撃で多くの男達が亡くなっておるんじゃろうな。
死と隣合わせの危険な仕事。それでもやらねばならぬということか。
日が暮れるとまったくまわりが見えなくなり、魔獣の危険度が増すので、日が落ち始める前には撤収をすることになる。
仕事を終えた男衆に担がれ、儂は元来た道を進む。
「おうよクロス。初めてのお仕事はどーだ?」
「そうじゃな。思ったより洗練されていてびっくりしたわい」
「お、おお? そうかい」
200年前の農業に比べれば随分と発達したものよ。
まぁ王国の中心地では先進農業が行われていると聞くからそこまでではないだろうが。
儂の存在が珍しいのか集落の男衆がワイワイ話しかけてくる。
可愛がっておるんじゃろう。子供は宝、それはいつの時代も変わらん。
しかしこの集落の男衆。髪色はバラバラで肌の色も違う。言葉のイントネーションが微妙に違うのが何とも言えんの。
恐らくは余所から曰くつきの人材を集めて形成されたコミュニティ。理由はいろいろ推測できるが、今言うことではない。
里長も50歳なりによくやっておるんじゃろうな。
「いてて……」
「どうした?」
「足をくじいちまったってよ」
「おいおい怪我だけはすんなよ」
「分かってるってヒーリング草を煎じれば何とか治るよ」
「いまなんと言った!」
儂が欲しているもの……もしやここで手に入るのか!





