113 家族の絆
初恋の人を失って初めての春が来た。
たくさん涙し、後悔もあったが思ったより早く立ち直れたように思える。
父上に相談し、納得しての行動だったからだろうか。
彼女にはたくさんの物をもらった。
儂には魔法の才は少なかったがその知識はしっかりと受け継ぐことができた。
彼女の家にあったたくさんの魔法書も頂くことができたし、時間をかけて少しずつ読み進めていこう。
いつか彼女の力を受け継ぐものが現れた時、儂が伝承させてあげられるようにしなければ……。
儂は空を見上げた。
「クロス、何を見てるんだ」
家の扉の側、外に出ていた儂に後ろから父上が声をかけてくる。
儂は振り返ることにした。
「未来を見据えておったのじゃよ。彼女にこの想いを告げられず見送った儂が今後の人生をどう進めていくか。彼女に恥じない一人前の男になるにはどうしたらいいか……そう思っておった」
「そうか……ところで」
父上が儂の頭をばっと掴むように撫でる。
「2歳の誕生日おめでとうな。朝一から黄昏れてる2歳児を初めてみたわ」
「うむ、感謝するぞ!」
「まぁ今更だな。今日はエレナがごちそうを用意するって言ってたから腹すかせておかないと」
「それは楽しみじゃ。それで父上、今日から仕事始めってことで連れていってはくれるんじゃろうな!」
春が始まり、このサザンナ集落も収穫の夏に向けて、マジックリーフの栽培が開始される。
儂も前世では農家の四男であったから、農作業については若干の知識はある。
そうは言っても200年前の知識だぞ。今はもう少し進んではいるだろう。今や品種改良などで品質良く育て、早く収穫するのが基本となっている。
儂の体は2歳相当。当然やれる範囲でのトレーニングや自宅からミランダの家に行くまでの往復などで2歳とは思えない体力は身につけている。
今回は農業を手伝うということでそれに準じた筋力をつけるのが目的だ。
早く弱い魔獣を倒せるようになりたいからのう。
「ああもちろんだ。エレナはまだ早いって言ってたけど、クロスは素質があるようだからな。ガンガン鍛えていくぞ」
「宜しく頼む!」
「しかし今日は望んでる作業しねぇ。まずマジックリーフの苗をもらって畑分を仕分けるのに一日使っちまうだろう」
「むっ、そうなのか。残念だが仕方あるまい。じゃがそれも勉強になる。ついていくぞい!」
「勉強熱心だな。だけど今日はおまえにしかできない頼みがある。父さんや集落のみんなのため……それをやってくれないか」
「儂にしかできぬこと。分かった、引き受けよう」
できればマジックリーフの生産工程を一から学んでみたかったが仕方あるまい。
まぁ良いだろう。この2歳のちんまい体でも出来る事があるならやってみることだ。
せっかく若返ったこの生。やれることは全部やってみる。
剣だけで生きた前世とは違うこをやってみるのだ。
そうじゃろミランダ。おぬしと魔法のことを学んだおかげで今の儂があるのじゃよ。
◇◇◇
儂にもできることがある。
だからどんなことでも受け入れよう、そう思った。
でもさっそく挫けそうになってきた。
「くろす……あしょぶあしょぶ!」
儂の体に抱きついたり、涎垂らして暴力を振るってくる赤子。
まともにコミュニケーションが取れないこの子守に儂はさっそく頭が痛くなってきた。
「ごめんねクロスくん。子守なんてさせちゃって」
「まぁ、儂が出来ることはこれしかないから仕方ないが」
「クロスくん、頭が良くて本当に助かるよ。この里には二人子守する余裕ないからね」
母上の友人であるミーア氏の一家はマジックリーフの苗を育てる仕事をしている。
今日はそれを仕分ける仕事もあり、この時期はとても忙しい。
そうなるとまだ赤子であるミーア氏の子を誰かに預けなければならぬのだ。
この里は男も女も一定の歳を超えていたら仕事要因としてかり出される。
ゆえに子守する人がいなくなるというわけだ。
それで早熟の儂がミーア氏の実子で女の子のテレーゼの子守をやらされるハメになった。
1歳のテレーゼは順当に育っており、もう少ししたら魔の二歳児に相応しいワガママっぷりを発揮するじゃろう。ピンク色の髪に快活な性格なテレーゼはこやつは明るい子に育つ、そんな気がする。
「テレーゼはクロスくんのことが大好きみたい。うちの子は絶対可愛くなると思うから……将来が楽しみだねえ」
「赤子に好かれても仕方ないんじゃが」
「君も年齢的には赤子の類いのはずなんだけどね」
まぁ良い。赤子を育てるのも里に住む人として当然のこと。
儂も弟や妹がいたから赤子の扱いは覚えておる。
家を出てからどうなったかは知らんが……もう生きてはおらんじゃろう。
「でもクロスくんを見てるとウチの子の発育が遅いのかなって思っちゃうよ」
「それは仕方ないじゃろ」
「へ?」
「赤子の成長速度は千差万別。比べても意味なきことよ。テレーゼにはテレーゼの成長曲線がある。人と比べてその人の成長の仕方を押しつけても上手くはいかんよ」
「そ、そうかな」
「テレーゼは良い顔をしておる。きっと力強い良い子に育つじゃろう。メーティ氏も比べずまっすぐ見てあげることじゃ」
「ははは……。クロスくんって私より大人じゃないかなって思う所あるよ」
「そう卑下することはない。2歳児の戯言など話半分に聞くが良い」
「戯言なんて2歳児の言葉じゃないからね!?」
ミーア氏は何かあったらみんなが作業している集会場まで来てと言付けをして出ていってしまった。
そうは言っても赤子を放り出して集会場まで行くわけにはいかぬから儂が何とかするしかないな。
儂を含むとして待望の赤子が立て続けに生まれた。この人口の少ない里ではに人も赤子が生まれるのは珍しい。
ただ母上の実子が死産だったゆえにまだまだ赤子の生存率は低い。
この子も5歳まで生きられるかどうかは……運に寄るところも多いだろう。
「くろす向こう行く!」
「……」
そうは言っても同い年の子の子守は何とも複雑じゃ。
何を言っても無駄なので儂は流るるままに身を任せた。
こうして赤子の世話に体力を消耗し、自宅に帰ってくる。
まったくクタクタじゃい。実の弟や妹の世話をしていた時もこんな消耗してたかのう。
儂は子守するために若返ったわけじゃないんだぞ。
これなら農作業をしていた方がよっぽどマシじゃな。
家に帰ったら母上がテーブルの上で繕いものをしていた。
「おかえりなさい、クロス」
「む、母上も集会場に行ったのではないのか?」
「うん、先に帰らせてもらったの」
まだ目が離せないテレーゼの母君ならともかく、母上が先に帰る必要はないと思うんじゃが。
父上はまだ帰っていないので仕事自体はまだ終わっていないようだ。
「オリゼさんから草まんじゅうを頂いたんだけど食べる?」
「うむ!」
味覚が若返ったおかげで甘いものに目がなくなってしまった。
食料調達に難のあるこの集落で甘味物にありつける回数は多くない。
もらえる時にもらう。これは大事なことだ。
母上が容器からまんじゅうを取りだして、皿の上に置いた。
儂はそのまんじゅうを食べようと手を伸ばす……そんな様子を母上はニコニコして見ていた。
「母上は食べぬのか?」
「私はもう食べたから。あとはビスケスの分よ」
あの優しい母上が先に食べるなんて行為をしないと思っていた……。
そして儂はマジマジと母の姿を見て、自然と口から言葉が漏れた。
「母上……少しやつれておらんか」
「そう? 母乳を出すために食べ過ぎていたくらいだから普段はこんなものよ」
妊娠前を知らない儂はその言葉で納得することになる。
実際育児のために栄養を蓄える必要はあるじゃろうし……。
それ以上の追求は不要と儂はまんじゅうに口に含んだ。
気のせいなのじゃろう。
「美味しい?」
「うむ!」
優しげな笑みで儂を見るその姿に言うことを止めた。
しかしこの時……すでに手遅れだったこと、儂はまったく知らんかった。





