111 70歳差の想い(※父親視点)
俺の名はビスケス・エルフィド
今年で24歳になり、こう見えて昔はB級冒険者として世界中をまわったもんだ。
王国でエレナと出会って恋に落ち、言葉では記せないほどいろいろあってこの里で住むことになった。
愛する妻のエレナとの間に子供が出来、死産となった時は悲しかったけど……すぐに神が俺とエレナのためにクロスを授けてくれた。それで三人で仲良くも慎ましく暮らしていた。
さて……最近のお悩みはもっぱらクロスのことである。
魔の二歳期にさしかかって苦労するかと思ったら別の件でクロスは俺達を苦労させようとしてきた。
元々俺は孤児院出身だったこともあり、自分の血を引く子にそこまでこだわりはない。
だからエレナがクロスを実子としたいという話もすんなり受け入れた。逆にエレナの方が拘ってるぐらいだったからエレナがクロスを溺愛するなら俺も溺愛しよう、そう思ったんだ。
孤児院にはたくさんの年代の子がいたから子育てもかなりフォローできるはずだった。
だけどクロスは明らかに早い段階で立ち上がったり、歩き回ったり、言葉を発したり。
それだけならまだいいが、あきらかに弁舌が上手い。正直俺よりも頭が良いんじゃないかって思う時がかなりある。
おまけになぜか爺口調で父上母上と慕ってくれてはいるが時より素で見下す態度を取るのが不思議でならない。おまえは本当に1歳半か?
しっかり歩けるようになり、集落の周りを歩くようになった。
しっかりしているとはいえまだ1歳半だ。俺は父として威厳を見せるように注意をした。
出会った大人には挨拶するんだぞ。
「ふむ、任せるがよい。父上と母上に恥じぬ挨拶をしてくれるわ」
外に出てもいいが、魔物が出るから集落の外には出ないように。
「当たり前じゃ。魔物と戦えるほどの体力はまだないわ。そこまで自惚れてはおらぬ」
走り回らないようにな。
「そうじゃな。骨折でもしてしまったら成長阻害になりかねん。慎重に行動するぞ」
ちゃんと片付けをするんだぞ。
「何を言っておる。一作業一片付けを知らんか。片付けをすることで区切りをつけるんじゃぞ」
野菜はしっかり全部食べるんだぞ。
「体を大きくするために栄養素は不可欠だ。残しなどせんよ。それより父上はなぜトマトを残す。作ってくれた農家に恥ずかしいと思わんか?」
そんな感じで全部こっぴどく返されてしまうのであった。
父の威厳とは何なのかと最近思う……。
実はエレナも同じことを思ってるらしい。
「ねぇビスケス。みんながね。私のこと知恵者って言うの……」
「どういうことだよ」
「クロスが知識をひけらかすたびに私のお腹の時の胎内教育によるものって言い張るの! 私そんなことしたことないのに!」
「そもそもクロスは……拾った子だもんな」
そうなるとクロスはいったいどこであんな知識を手に入れたんだ。
まぁ世界に魔力が満ちる日に生まれたんだから特別な子が生まれてきてもおかしくはないのだが……。
「父上、母上ただいま帰った」
散歩に出ていたクロスが帰ってきた。
あまり遅くならないようにいってる言葉も律儀に守るんだよなぁ。
「視力がまだ完全でないからのう。一人の時は夜にならない内に帰るぞ」
なんて言葉も言われては何も文句は言えない。赤ん坊が視力が弱いなんて知らなかった
「あ、あのねクロス」
「なんじゃ母上」
「あの……そのクロスが頭がいいのはお母さんも嬉しいんだけど。……お腹の中にいた時のことを言うのはちょっと止めてくれないかなって」
「なぜじゃ?」
「私……そんなに頭良くなくて、実際クロスに胎内教育なんてしてないし」
そんなエレナの嘆きにクロスは首を傾げる。
「儂の頭の中にある知識は自分で習得したものではないぞ。なぜなら儂は1歳半じゃからな!」
なぜそこで年齢を強調する。
「ゆえに母上が儂をお腹に入れてる時に呼びかけて教育してくれた以外にありえぬ!」
「いや……だから、私はあなたを産んだわけじゃ……」
エレナもしや……今真実を話すか!
「母上は胎内教育をしていないと言うのか? なら儂はどこでこの知識を手に入れたのだ。もしや儂には違う母親がいてその者が儂に胎内教育を!」
「っ!? そんなことない! クロスのお母さんは私だけだよ!」
表情を一変させたエレナはクロスをぎゅっと抱きしめる。
……今、クロスが一瞬にやりとした気がするぞ
「やはりそうじゃな。母上、謙遜してはいけないぞ。儂の知識は全て母上の胎内教育のおかげなんじゃから」
「そ、そう……実はそうなの。うぅ……ビスケス助けてよ」
罰の悪い顔をする妻が死ぬほどかわいい。でも悪いなエレナ、俺ではどうすることもできやしない。
クロスの奴もエレナの胎内教育で全部ゴリ押すために分かってやってるんじゃないかって思うけど……、まぁ言えないよな。
こうして一癖も二癖もある息子との生活は決して悪いものではなかった。
そしてクロスがもうまもなく2歳になる冬が来る。
この集落は山奥にあるので雪の影響をもろに受けてしまう。
狩り以外の収穫がほぼ出来ないため冬の間はかなりひもじくなってしまう。
幸い、クロスと初めて出会った所で金塊を手に入れたおかげで少し潤ったため集落のみんなはこの冬を乗り切ることができるだろう。
「ただいま帰った」
日が暮れる直前に帰ってきたクロスの表情が暗い。
クロスはほぼ毎日、集落の奥に住んでいるミランダ婆さんのところで魔法の勉強をしに行っている。
しかし婆さんは病気でもう間もなく亡くなる。
医者にもかかれずロクな薬もないこの集落ではほぼ助からない。ミランダ婆さんの知恵には随分助かったし、魔法の力もありがたかった。
エレナは今、お隣さんの所に行っているので今は俺とクロス、二人きりだ。
「父上、相談があるのじゃが良いだろうか」
「ん? 俺に相談とは珍しいな」
「ふむ、結婚をしている父上にだから聞けることだ。悪いが母上には話さないでくれ。いくら儂でも恥ずかしい」
まだ2歳のくせに何をそんな恥ずかしがることがあるんだと思ったが、そこは親として守ってやることだろう。
「話とはミランダのことじゃ。最近体調が悪く、寝たきりになってしまった」
「そうか……いよいよなんだな」
「……今の儂の体では薬作りもできん。もう少し成長が早ければ」
クロスの奴、ミランダ婆さんを祖母のように思っているに違いない。優しい子に育ってるな。
普段生意気だけど可愛いところもあるし、やはり俺の子!
「クロスは何をやろうとしているんだ? 俺に相談するってことはもう考えてるんだろ」
「さすが父上じゃ!」
「よせやい。まぁ何を言っても受け止めてやる。俺は父親だからな」
期待に満ちた瞳でクロスは呟いた。
「儂、ミランダにプロポーズしようと思っている」
「ブッッハアアアアアア」
吹いた。





