108 1歳半の儂
時を遡り赤子となってしまった儂がエルフィド家に迎えられて一年半が過ぎた。
赤子の頃に比べたら儂の体もぐっと大きくなった。さすがに刀は振るえないが歩くことくらいは難なくできるようになる。
屈辱だった母上の母乳もついに卒業。母上が母乳卒業を頑なに拒んでいたが、様々な人に説得させて何とか卒業することができた。
母上の情熱はどこから来るんじゃろうか。授乳ぅ~って泣きべそかきながら言うから罪悪巻が湧いてしまったわ。
これで儂は父上や母上と同じものを食べることになった。やはり母乳以外のものを食べるのは最高じゃ。
儂は日中里の中を駆けずりまわっておる。母上からは集落の外には出ないように言われているが、元々出る気もない。
まださすがに魔物と戦えるほどの力はないからな。だがおおよ一年半、動けなかったから本当に楽しい。
筋力も体力も全盛期にはほど遠いが少しずつ成長していけば良いだろう。
「クロスおはよ~!」
「今日は何して遊んでんだ」
集落で働く小僧達とすれ違う。
さすがに100人以下しかいないサザンナ集落の人員の顔は半分以上覚えた。
儂とこの集落で生まれた1名の赤子を除けばこの二人が一番若い。
「うむ、散歩である。体力をつけて一刻も早く父上達の役に立ちたいからのう。おぬし達は農作業か」
「ああ、冬に入るまでに下ごしらえをしないといけないからな」
「今年の収穫は相当多かったんだぜ。去年の魔力が降り注いだ時の影響が強いって話だ」
「ふむ、標高が高くはあるが龍脈の影響で植物が良く育つと言うからのう。来年は儂も手伝おうと思っている。頼りにさせてもらうぞ」
「お、おう」
儂の言葉に物怖じする小僧共が儂の姿をじっと見つめた。
「クロス、おまえ今いくつだっけ」
「1歳半じゃが?」
「おれが1歳半の時……こんなしっかりしてたかな」
「儂は行くぞ。母上から贈り物を届けるのを頼まれてるからな。二人とも就労に励むことじゃ。ではな」
儂は手を振り、二人の小童から去って行く。
「なんつーかクロスって……変なオーラあるよな」
「子供らしくないよな。爺さんと話してるみたいだし」
高地2500mにあるサザンナの里。
エストリア山の中にある山の5合目に位置する場所にある。
この集落の名産は魔力を回復させるマジックポーションの原料になるマジックリーフである。
このエストリア山脈の龍脈に目をつけて栽培させているのじゃろう。
他にもトウモロコシや高山でも収穫できる小麦の一種のマウンテン麦の栽培も行っており、こっちは一部を税金として納めて残りは自分達で食べることが多い。
「ふむ、あれは……」
集落の鍛冶工場のようだ。
数人がそこで困った顔をしていた。
てこてこ近づいていくと一人の男が気づいた。
「おっ、クロスじゃねーか」
「里長、ご無沙汰じゃ」
この里の長であるヘイプ殿。
今年で50歳とまだまだ若輩者だが、この集落の中で比較的理知的な存在に思える。
鍛冶工場で30代の小童達が金属の扱いに苦労していた。
「何をしておるんじゃ?」
「ここで農作業に使う工具とか作ってるんだ……今まではずっとガーダー爺さんにお願いしてたんだけど去年死んじまってさぁ」
なるほどな。こういう少人数の里では技能を持つ人材が乏しい。
技術のある人が亡くなったことで鍛冶工場を支える人間がいないということじゃろう。
出来たものを買うのが早いが山ゆえに持ち運びも大変だし、買うのも金がかかる。
鉄を入手できるなら自分達で作る方が良いということか。
技術の伝承とは難しいものよ。
どうやら土を掘るくわを作ろうとしているみたいだが……上手くいかないようだ。
「おい」
儂は二人の小童に声をかえる。
「へ、クロス?」
「おいおいあぶねぇから退いとけ」
「そんなんじゃいつまで経ってもできんぞ。まず火力が足らん。もう少し温度を上げてみるんじゃ。あとそんなひび割れたハンマーじゃ伸ばすこともできんぞ」
鍛冶については200年の知識がある。
一流の剣士だった儂は一流の刀が欲しかった。
何人かの鍛冶師と会ってみたがどいつもこいつも5,60歳程の若造が偉そうに講釈を垂れてきたのが気にくわんかった。
ゆえには儂は自分で鍛冶技能を手に入れて太刀や大太刀を作製してきたのじゃ。
まぁ他の金具も練習過程で作ったことはあったのでノウハウは頭に入っておる。
儂は腕を組んで小童二人のくわ作製を一つ一つ教えることにした。
前世では誰かに教えるなんてまっぴらだったが、今世ではちゃんと知識は広めていこうと思う。
儂も父上と母上の愛に絆されてしまったからな。
「おおー! できたっ!」
「マジかよ。ガーダー爺さんのくわよりデキがいいじゃね」
「ちゃんと製法通り作ればある程度のものは誰でも作れるもんじゃよ。これ以上は職人の腕になるが」
小僧達は他にも工具を作製しようと挑戦し始めた。
里長が近づいてくる。
「お手柄じゃねぇか……。すげぇな、まだ2歳になってないのにどこでそんなの勉強したんだ?」
うーむ、常識的に考えれば1歳半が語れる知識でないのは誰でも分かる。前世の知識なんて言ってもいらぬ災いにしかならぬじゃろう。
じゃがこれからも言われるじゃろうし、儂は知識を隠す気はない。だから何か理由付けが必要じゃな。
そんなわけで儂は笑顔でこう答えた。
「胎内記憶じゃよ。おそらく母上が儂をお腹に入れてる時に様々な知識をたたき込んでくれたんじゃ」
「そ、そうか。へぇ、エレナちゃんってそんな知識もあったんだな」
「ゆえに学んだというより覚えてたって所じゃな! よし、儂は次へ行く。さらばじゃ!」
里長に声をかけて、儂は次の所へ向かうことにした。
「胎内記憶かぁ……。とんでもねぇガキが産まれたもんだな」
次から週1更新となります。見直し期間もかねて日曜日12時更新にします。次は24日の12時です。





