106 運命の出会い
ドアを蹴破った娘の行動に国王陛下は頭を抱えてしまった。子育てとは大変なものじゃのう。
「シャルーンなぜここに」
「なぜってあなたが授業に出てないからどうしたのかなって。ジュリオに聞いたらお父様に呼ばれたって聞いていても立ってもいられなくてぇ」
それでここまで来たのか。
相当全速力で来たのだろうか。若干息を切らし、じんわりと汗が額を伝っていた。
「お転婆すぎると嫁にいけんぞ。ドラゴンやゴリラなら相手になるか」
ポケットから出したハンカチでシャルーンの汗を拭うように頬に触れる。
「失礼ね。見た目はか弱い乙女のつもりなんだからね」
「だそうですよ。国王陛下」
「ふう、お転婆娘のお世話も君に頼むとしよう。話の途中だったが主な話は終わった。二人とも退出するがいい」
「え? 終わりなの。急いで来たのに……」
「ありがとうございます国王陛下。今日の話はまた追々させて頂きたく思います」
綺麗に礼をして、国王陛下の執務室から出る。
シャルーンは儂の後を追ってきた。
「何の話をしていたの?」
「ん? 大した話ではない。さっきも陛下が仰った通りシャルーンを宜しく頼むと言われただけじゃよ」
「そっか。お父様公認になったら仕方ないね。えへへ。じゃあ……どこで式をしよっか」
「何の話をしてるんじゃ」
うっとりとした表情を浮かべるシャルーンに儂は感情も湧かず適当に返答するのみだった。
結果的には得るものをは大きくなったな。
各種関門は正直時間の無駄じゃったが、国王陛下と話せたことは大きい。
特例措置か。儂が王国のためになることをすれば父上や母上を血の繋がった家族と合わせることもできるし、ルーナやテレーゼの後ろ盾になることもできるだろう。
それを成すにはシャルーンのリンクパートナーを全うに務めることが大事だと言える。
結果論じゃがシャルーンのパートナーに認めてもらえて良かった。
「礼を言うぞシャルーン。おぬしのおかげで儂はますます忙しくなりそうじゃ」
シャルーンは少し驚いた顔をしたがにやりと笑う。
「あなたのこと頼りにしてるから。宜しく頼むわね」
「お姉様っ!」
シャルーンと通路を歩いていると先ほどまで門番をしておったアニエスが近づいてきた。
シャルーンが最愛の妹を抱こうと両手を広げていたが駆け寄ってきたアニエスは素通りし、儂の腕を掴んだ。
「クロスにいさまぁ。お疲れ様なのです!」
「うむ」
「……は?」
シャルーンがありえないものを見たような目で振り返る。
「お、お兄様ってどういうこと。ってかアニエスどこをクロスの腕に当ててるの! そ、そんなのドスケベだよ」
「そんな発想するおぬしの方がドスケベじゃろ」
「にいさまに可愛がられているだけなのです。ね~」
「そーじゃな。可愛がってやっておるわ」
掴まれてない方の手でアニエスの頭を撫でてやる。
きゃーと嬉しそうな顔をするアニエスが可愛らしい。やっぱ幼児は最高じゃな。
「にいさまって私達にはちゃんとした実の兄がいるでしょ!」
「10歳以上離れた兄様は……正直兄って感じがしないのです。おじさ」
「止めなさい。それ言うと血の涙を流すから絶対本人に言わないでよ」
王太子殿下は妹想いの方じゃったからのう。ちなみにルーナに同じこと言われたら儂は死ぬ。
「クロスにいさまはお姉様のパートナーなのでいいのです。わたくしのにいさま決定なのです」
「ちょっとクロス! 妹に何したの!? 変な薬与えてないよね!」
「何てことを言うんじゃ。ほんのスキンシップしかしておらんよ。のうアニエス?」
「はいなのです。にいさまのスキンシップが気持ち良すぎてわたくしは虜になってしまったのです」
「何か犯罪の臭いがするわ」
「言うて3、4歳しか変わらんからな」
この年齢が一番体の成長に左右されるからのう。
成人だって正直15歳ではなく18歳。いや20歳頃にすべきなんだと思う。
「それよりアニエス! この時間は礼儀作法を学ぶ教育を受けてるはずでしょ。どうしたの、まさかサボったりはしてないわよね」
「うっ」
アニエスは罰の悪そうな顔をする。あの年頃であれば淑女教育は当然にあるだろう。
それを言うなら儂とシャルーンがここにいる時点でアウトな気がするが、まぁ成人者は別と言えるか。
「お母様にバレたら叱られるわよ。ほらっ、戻りなさい」
「むぅ……。分かったのです」
アニエスは儂から離れていく。王妃殿下は自分の子供には厳しいのかもしれんな。
アニエスは名残惜しそうに儂を見ていた。
「クロスにいさま。また来てくれると嬉しいのです。今度は二人きりでさっきの続きをして欲しいのです」
「うむ。あの程度で良ければいつでもしてやるぞ」
「あ、あやしい……」
アニエスはくすりと笑い、去って行った。
「さて儂もお暇しようかのう。今から戻れば午後の授業には戻れるはずじゃ。……それよりシャルーン、目が怖いぞ」
「昨日まで天使だったアニエスが目を離した隙に女の子になってたんだけど……。でもあなたは平常だし。本当に何したの」
「撫でてやっただけじゃぞ」
「撫でただけあんなになるかしら……。言っておくけどそうホイホイ女の子に手を出したらダメなんだから」
「何を言っておる。儂は女性は大切にする方じゃ。やたらむやみに手を出すことはありえぬ!」
手を出すって20歳以上の小娘には一切不埒なことはせぬと誓っている。
シャルーンはまだ怪しげに儂を見ていたがやがて……大きなため息はついた。
「まぁいいわ。それで私の家族みんなと会ったのかしら」
「うむ。おぬしら姉妹に王妃殿下。王太子殿下に先代国王陛下に先代王妃殿下。そんなところか」
「じゃあ大叔母様には会ってないのね」
「大叔母様?」
「ええフェルーラ大叔母様よ。剣聖と呼ばれた方なの。私に剣を教えてくれた師匠でもあってね。せっかくだから挨拶もしたいし、一緒に行きましょうか」
ああ、そういえば先代国王の双子の妹が優れた剣士だと聞いたことがあるな。
そうかシャルーンの基礎がしっかりしているのはその剣聖の教えのおかげなのかもしれん。
儂はシャルーンに連れられ、その者がいる離れへと向かった。
「離れた所に住んでおるんじゃな」
宮殿を出て、通りを過ぎると少し古風な建物が見えて来た。
「静かな所を好む方だからね。でも凄く優しくて立派な方だよ」
「ほぅ」
建物の中に入ると一階は立派な練習場となっていた。
剣聖という話だしここで汗を流しているのかもしれん。
階段を上がり、剣聖のいる部屋へ到着する。
「大叔母様、シャルーンです。入ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「……良い声じゃ」
その優しげな声はとても落ちついていて声色だけでいろんな経験をしてきたことが分かった。
今まで会ったどの人よりも澄んだ声をしてように思えた。
シャルーンは扉を開け、一緒へ中に入る。
そこにはシャルーンと同じ、銀の髪を持つ非常に美しい乙女がおった。
美しい乙女と目が合い、彼女はそっと微笑んだ。
「その方がシャルーンのパートナーのクロスさんね。ようこそ、私はフェルーラ。シャルーンの大叔母になります」
「そうなんです! ってクロス? どうしたの」
儂はズンズンと足を歩め、シャルーンの静止の言葉も聞こえずフェルーラの元へと行く。
そして彼女の手を取った。
「フェルーラ殿」
「なにかしら」
「一目惚れした」
「はい?」
儂は大きく息を吸った。
「儂と結婚してくだされ」
「ぶっーーーーーっ!」
シャルーンが吹いた声も儂の耳には入ってこなかった。
そう、今日儂は恋に落ちたのだ。





