105 謁見
廊下を歩き、国王陛下の執務室の扉をノックする。
中には陛下と他にも2人ほどいるようだ。隅にいるからおそらく護衛だろう。
「入ってくれたまえ」
「失礼致します」
扉を開けると仕事机に現代国王陛下である賢王フェルステッド。
名はクラウスだったか。ミドルネームは知らない。
「お初にお目にかかります。私はクロス・エルフィド。姫君のリンクパートナーに任命頂き光栄です」
心にもないことを言うが、正直なことをぶっきらぼうに言うほど愚かでもない。
この姿である儂は小坊主じゃからな。
「うむ」
王が儂をじろじろと見る。見定めているという感じか。
「家族が君に失礼をしたな。若いパートナーは初めてなので皆、浮き足だってしまったようだ」
「王族の皆様とお話をして良い経験となりました」
「……」
王は再び黙り込む。
「シャルーンから君のことは聞いた。年齢相応とは思えないほど冷静で洞察力があり、剣術も薬師術も高度なものを修めていると聞く。その認識で間違いないだろうか」
儂は微笑んでみた。
「まやかしですな。陛下考えてみてください。私はどこにでもいる運び屋です。そのようなことがあろうはずがありません。姫殿下に比べれば私などたいしたことありません」
「……この間、王国でも危険視されている秘密結社【サザンクロス】の幹部を捕まえた。シャルーンでも捕まえることが難しい幹部達を難なく捕まえたものがいたらしい。幹部に君の写真を見せた所、君であると答えたようだ」
「似た顔をした別人ですね。私はただの運び屋ですから犯罪組織なんて見たこともないし、関わったこともありません」
「先の王立学園で反政府組織【エンティス】による犯行が行われた。手引きをした警備員に尋問したが君と同じ顔をした制服の生徒に事件の全てを暴かれたと言っている」
「似た顔をした別人ですね。私はただの運び屋ですから犯罪組織なんて見たこともないし、関わったこともありません」
「……」
いつも通り素っ恍けることにした。国王陛下はふぅっとため息をついた。
「君を疑っているわけではない。むしろ賞賛し称えたいくらいだ。これからの王国を担う若者の1人として君にも特別な勲章を授けたい。だから正直なことを話してくれないか」
「私はただの運び屋ですから犯罪組織なんて見たこともないし、関わったこともありません」
「……シャルーンの言うとおり相当な頑固者のようだな」
ここまで頑なに断るということは何か理由があるのではないか?
恐らく陛下はそう思っているだろう。
実際の所はまったく無い。正直に話しても恐らく支障はない。
理由を察してもらうこと。これが一番の目的と言える。
何だかよく分からない人物だが王国にとって利になる人物。
そう思ってもらうのが一番良い。シャルーンも儂に対して最初は王国最強を上回る実力を持つことに疑問を持っていたようじゃが最近はそんなことを考えてもいなさそうだ。
考えるのを止めさせるのが一番手っ取り早い。
「君の存在は気になるがそこまで拒むなら無理に聞きはしない」
「ありがとうございます。それが私の一番の希望です」
「悪いと思ったが君のことは調べさせてもらっている。今は王都で仕事をしているようだが……出身がまさかエストリア山だとはな」
国王陛下ゆえに当然、罪人の里のことは知っているか。
儂が本当はそこで産まれた子ではないことは知らんじゃろう。時が遡って赤子になったなんて
誰が信じるものか。
「国王陛下にお願いがあります」
今回、この場所に来たのはこのお願いをするためってのが大きい。
この件がなければ儂は王からの招待状を破棄していたかもしれん。ジュリオから怒られようが知ったことではない。前にも言ったが王家ですら儂を動かすことなどできんのだ。
だが儂はクロス・エルフィドだ。エルフィドという名前をもらった以上、家族のために動かねばならん。
「罪人の村の刑罰は無期限と聞きます。これを緩和することはできないでしょうか」
「うむ……」
言えばこの罪は強制労働というやつだ。無期限のため現実問題父上と母上は一生エストリア山から出ることはできない。
陛下は少し思考に時間を取り、口を開く。ただしその表情は変わらない。
「罪人の里はエストリアを含みこの王国で10近く存在する。その罪人達は罪を償うためにその里での強制労働を認めている。王国法を替えることはできん」
「そうですか……」
期待していたわけではない。今回の目的は罪人の里、出身の子供が訪ねてきたという実績を作ることだ。
いつかの未来でその法が変わることを信じて。
「だが特例措置を取ることはできる。国王であるの私の判断でな」
「それはいったい……」
「クロス・エルフィド。君は王国の矢の三つ目となれ。剣聖姫、勇者、それに連なるものとして」
「っ! 陛下それは」
「君が力を隠すならそれでもいい。だが力を振るうなら私が君の望みを叶えよう」
ちっ、さすが賢王と呼ばれるだけはある。
儂としてはそんな矢になるつもりはまったくないが……家族のためを思えば一歩前に出ることも必要ということか。
国王陛下が動いてくださるならかなり大きい。
テレーゼやルーナの未来のためなら労力は惜しまない。それが今世での儂の生き方なのだから。
「具体的には何をすれば良いでしょう」
「思う通りにすれば良い。シャルーンのリンクパートナーとして、運び屋として君が正しいと思うことをすれば良い。それが王国のためになるなら私が評価しよう」
「さっきも言ったとおり私はどこにでもいる運び屋ですよ」
少しだけ抵抗するように言ってみる。
「別人であれば特例措置は授けられない。だがその人物は特定できていないせいで褒美を与えられてない。その似た人物である君が変わりに受け取ってもらっても良いかもしれないな」
「む……」
つまり国王陛下は儂の希望である成果を表に出さないことを認識つつ、儂に褒美を渡そうとしている。正直願ったり叶ったりだが……国王陛下の意図が分からん。
「なぜそんなことを」
「その方が君にとっても我が王国にとっても利になりそうなのでな。さっきも言ったとおり王国に利となる若者を手放したくないだけだ」
さすが賢王といったところじゃな。
案外シャルーンがリンクパートナーを言い出した件を通したのはここまで予見していたからなのかもしれん。
末恐ろしい若者の王じゃわい。
「ではクロス・エルフィド。シャルーンのリンクパートナーとして……王国民としてその力を振るって頂きたい」
「……御意」
結果的には悪くない方に進んだ気がする。
せっかくじゃからもう少し。
「国王陛下、私は」
「クロス! ここにいるのね?」
ばきっとドアを蹴破る音に儂は自然と振り返ることになる。
そこには儂のリンクパートナーで制服姿のシャルーンがいた。





