102 選ばれたのは……
「儂はこの中からは選ばない。絶対にだ!」
「な、なんですって! じゃあ……誰を」
儂は失礼を承知でその女性を指さした。
「儂が選ぶのは前王妃殿下、あなたです!」
儂は一歩前へ出て王妃殿下の両手を掴む。
「この中のどの娘よりあなたが一番美しい。美しい侍女を選べというのであれば儂はあなたを選びます」
「なっ!」
びっくりしたのか前王妃殿下は戸惑った表情を見せる。
「あなたのような方が支えてくださればばきっと儂は頑張れるでしょう。全てを投げ打ってもいいのです」
「お、お気持ちは嬉しいけど……駄目よ。わたくしにはあの人もいるし、子供も孫もいるのよ!」
「分かっています。この想いは許されぬ禁断の気持ち。受け止めて欲しいとは言いません。ただ前王妃殿下を思う男がいたことを頭の片隅にでも置いてください」
「何なのこの気持ち……。もう50年近くも忘れていたこの気持ちは。 はっ! わたくしは何を! ごめんなさい、気持ちは嬉しいけどわたくしを侍女にでは出来ないわ。だけどわたくしを選んだその瞳は認めてもいいもの。良いわ、先に進みなさい!」
前王妃殿下は涙を浮かべ、儂に背を向けて去っていってしまった。
また美しい女子と別れてしまったな。まぁ……彼女は前王妃。侍女に出来るはずもない。
初恋の気持ちを別の恋で上書きしたいと思うが……なかなか難しいものだな。
「あの……」
忘れ去られた侍女候補の小娘が話しかけてきた。
「侍女はどうされます?」
「儂は小娘に興味はないので誰でもいいぞ。ならシャルーンの侍女にメールという子がおるじゃろ。あやつにしてくれ、知り合いだし」
あまりに大雑把な言葉にびっくりしたのか目を丸くしてる侍女達を横切って歩みを進めた。
やはり前王妃殿下以外は皆、小娘にしか見えんな。
こちらをお通りくださいというメイドに言われ、儂は宮殿の中を進んでいく。
何となくじゃが最終目標地である国王陛下の所にストレートで向かっていない気がする。
前王妃殿下が第二関門と言っておったから次は……おそらく。
次の扉を開く。
「第三関門はシャルーンの兄、ヘルドゥリスがお相手しよう」
扉を閉めた。
次は王大子殿下か。いったいどうなっておるんじゃこの国の王族は……。
もう一度ゆっくりと扉を開くと殿下が廊下で待ち構えたままだった。
シャルーンと同じ銀髪で顔立ち整った若者じゃ。前の社交パーティの時は騎士服を着ていたが、今はラフな格好に身を包んでいる。
「失礼ながら……前国王陛下や前王妃殿下は分かるのですが、なぜ王太子殿下がいるのですか。暇なのですか」
「君の言いたいことも分かる。あの褒賞式で君をシャルーンのパートナーとして認めた以上、王太子としては何の文句もない。だが兄としてはまだ君を認めたわけではない」
「ふむ」
「だから私は君を見定めるために壁となろう。パートナーという制度は伴侶に匹敵するものだ。私の可愛い三姉妹に近づく男は見定めるって決めてるんだ」
「言いたいことは分かりました。ですがアニエスはともかくシャルーンとその姉君は成人してるのですし、彼女達の意志を尊重すべきでは?」
「シャルーンから聞いたが君も妹がいるそうだな。同じ立場だったら君はどう思う?」
そのように問われ頭の中にルーナの姿が浮かぶ。
にーにー大好きとまばゆい笑顔で笑うルーナ。
――にーにー、ルーねぇ。好きな人と結婚するっ! ――
「ぐはっ! なんだこの不愉快な気持ち……。この人生で感じたこのない苦痛を味わってしまった気がする」
「君は今、知ったんだよ。妹を取られることに対する苦痛を」
ば、馬鹿な。儂はルーナの結婚式に親族として出席したいと考えておるんじゃぞ、だがルーナの隣にどこぞの馬の骨がいるのは耐えられない。
ルーナとは血のつながりはないが誰よりも大事に育ててきた。
殿下の言うとおり見知らぬ男に取られるのは嫌じゃ。
「殿下の意図がようやく分かりました。妹の伴侶、パートナーを見定めたい気持ちが分かりましたぞ」
「分かってくれるかな。可愛い可愛いシャルーンを取られる私の気持ちが」
殿下から黒いオーラが出ているような気がする。
三人も姉妹がおるからいいではないかと思ったがそれは違う気がするのでやめておこう。
「第三関門のお題を教えてもらえませんか」
「それは……決闘だ!」
王太子殿下は木刀を取り出す。
「君の実力はシャルーンから聞いているが、ちゃんと見たわけではないからね。私と戦ってもらうよ」
うーむ。
王太子殿下も悪くはないが実力はシャルーンに大きく劣るのは間違いない。
決闘なのに儂も手を抜いて戦うのは好きではないし、だが王太子殿下をボコボコにするのは良くない。同じ妹を愛する者同士でケガはさせたくない。
儂も人を気遣えるようになるとはな。様々な人と知り合えたからだろうか。
「ではクロスくん、行くよ!」
貴族の決闘とは手袋を投げつけてぶつけることで意志表示をすると言われている。
なので今、王太子殿下ははめている手袋を脱ぎ、儂に向かって投げつけた。
ぶつけられたら決闘を回避できん。ならば!
儂は近くにあったデッキブラシを手にかけ、投げつけられた手袋を弾き飛ばし殿下の所に飛ばす。
「手袋を受け取らなければ決闘にはなりませんぞ」
「そうか……」
殿下は逆の手袋を外して再び投げた。当然それもはじき返す。
「……」
「……」
殿下は振り返り、奥でこちらをチラチラ見ている執事に声をかける。
「宮殿中の手袋を持ってくるんだ。全部投げつけてやる!」
「なっ! 全てはじき返してくれましょうぞ!」
◇◇◇
「ふっ、私の負けのようだ。この先に進むといい」」
王太子殿下はバタンと倒れてしまった。不敬にならんよな、これ。
襲撃に勝った。
まさか100個以上の手袋をぶん投げてくるとは……。
ある意味決闘に打ち勝ったと思えばいいのだろうか。
「あとこれ……何個関門があるんじゃ」
王太子殿下の横を通り過ぎ、次の扉の先を進んでいく。
次はなんと2人の娘っ子が待ち構えていたのだ。
この二人はまさか。
「ようこそクロスさん、私は王妃のイベリナです」
「わたしはシャルーンの姉のピュリウムですわ」
2人の娘っ子がさらに先の部屋の扉を塞ぐ。
「私達が第四関門となります!」
「わたくし達がお相手しますわ」
この国のファーストレディ達は随分お茶目じゃのう。
クロスは頑固ジジイという前世があるので性格の要素に海原雄山的なものが入ってます。
前世で声がつくなら大塚周夫さんでしたかね……。
この刺身を作ったのは誰だっ!





