100 意志
私、アクリオス・フェルステッドは70年の人生で様々な人間と出会ってきた。
20年前に息子の現国王に代を譲り、余生として趣味の庭作りを楽しみながらと王国の未来を見守り続けた。
もとより人を見る目は長けている方。この王居にやってくる者達と会話して本当に家族に有益な人物かどうか見定めてきたのだ。
私が王になった頃、信頼できる者は先代王妃である妻と剣聖と呼ばれた双子の妹くらいなものだ。腹違いの兄弟は皆、敵であり幾度となく命のやり合いをしあった。
今日は孫娘のシャルーンのリンクパートナーがやってくるということでその者を見定めようとした。
シャルーンは双子の妹に似て武術に長けており、勇ましいと思われている子だ。
だが本質は非常に優しく、怖いものが苦手の女の子。紅蓮の剣聖姫と呼ばれておるがそのパートナーとなる者はその二つ名に惑わされず、一人の女の子として見てほしい。そう思っていた。
私の時代とは違い、今の王国は家族の絆で困難に打ち勝っていく時代なのだから。
だがクロス・エルフィドという少年は私の予想を大きく超えていた。
シャルーンと同じ15歳だと聞くのに政敵を滅ぼし生き抜いてきた私の眼光をモノともしない。
私を本当に隠居した庭師だと勘違いもしておらず私の名を当ててみせたのだ。
彼が産まれた頃にはもう私は王ではなかったはずだが……。
「儂が間違えることなど絶対ありえんのじゃ。儂の判断こそが何よりも正しい」
何という傲慢で恐ろしい言葉だ。しかしその言葉の重みは思わず信じてしまいそうだった。70年生きた私の言葉など浅はかのようにもっと長く……全てを見てきた者の言葉のように思えた。
淡色の髪に純粋でまっすぐな瞳。私は同じ髪と瞳をしたものに会ったことがある。
人生で最も危機的な状況に陥ったあの時にとある老人と出会ったのだ。
◇◇◇
私が15歳の頃、王国は非常に大きく揺れてた。
父である先代国王が病に倒れ、次期国王が誰になるか争われていたのだ。
腹違いの兄との兄弟仲は最悪で、2番目の兄が毒殺され、残っているのは長男である第一王子と私だけであった。
すでに暴君の性格で国民を弾圧していたが貴族からは推されていた第一王子。
妹のフェルーラが剣聖として国民に評価され、国民から推されていたのが第三王子である私だった。
そんなある日、今思えばフェルーラと離されていたのはこの計画のためだったか。
馬車での移動中に襲撃を受けた。
第一王子の手練れが私を殺そうと森の中で襲いかかってきたのだ。
護衛の騎士も斬られ味方もいない状況。
「アクリオス……無様なものだな」
「兄上っ!」
第一王子である兄上はもう動かない馬車の中にいる私に剣を向ける。
私の死をこの目で見るために自ら動いてきたのか。
私の人生はこれで終わりだろう。
「私の命はどうなってもいい……。フェルーラを、妹だけは助けて頂けませんか」
「フン。騎士として使い道はあるからな。死にゆく弟の願いを叶えてやろう」
「……できればもう少し国民の声を聞いてはもらえませんか。民あっての国。兄上のやり方ではいずれ」
「黙れ。次期国王である俺に指図をするな。フィラフィス王国は俺のもの。俺のやり方に従わねば……死ねっ!」
やはり説得は無理だ。統治能力の低い兄上が王になればきっと王国は……。罪のない人も大勢死ぬ。
「ぎゃあああっ!」
「ぐわっ」
突然の叫び声。兄上は馬車を出る。
「何があった」
「この場に侵入者が現れて……」
「さっさと始末しろ」
「それが恐ろしい強さで、騎士団長も一太刀でやられてしまったんです」
「馬鹿なっ! 王国騎士では剣聖に継ぐ実力者だぞ」
「お逃げ……ぐわっ!」
馬車の隙間から見えたのは淡色の髪と鋭い瞳を持つ老人であった。
握る大太刀は血にまみれており、斬りかかる騎士達が瞬く間に倒されていく。
あの実力、フェルーラを遙かに超えていた。
老人は刀を兄上に向ける。
「お、俺が誰か分かっているのか」
兄上は老人に向けて声を放つ。 老人は馬車の方に目を向けた。
「王国の刻印が押された馬車……。王族か」
「その通りだ! 俺は次期国王。おまえは王国民ならば俺に従わなければならない」
「出会って即斬りかかってくる者がか?」
恐らく兄上は今までも通りがかった者や自分の計画に支障が出る者を容赦なく切り捨てたに違いない。人の命を何とも思っていない兄上らしい。
「ま、待て……何をするつもりだ。俺は次期国王だぞ」
老人は刀を手にしながらじりじりと兄上に近づく。その殺気に兄上は怯えてしまっていた。
「小僧、おぬしをここで殺しておいた方が良さそうじゃ。おぬしが生きていればたくさんの若者が死ぬ。おぬしの未来は死んでこそ正しい」
「ふ、ふざけるな! そんな戯言のために……。おい、誰かいないのかこいつを殺せっ」
「戯言?」
次の老人の言葉に私は心が震えてしまった。
「儂が間違えることなどありえん。儂の判断こそが何よりも正しい」
「ぎゃああああああ!」
兄上の断末魔の叫びに私は恐怖で耳を塞いだ。そして馬車の扉が開かれる。
「ひっ」
「おまえも為政者の1人のようだな」
私も兄上と同じように殺されてしまうのだろう。
だったらやるべきことは一つ。
「私は殺されてもいい……。だが配下の騎士達は。まだ息のある者は助けてもらえないだろうか!」
「……」
「1人でもいい。彼らにも家族がいる!」
老人は振るったのは剣ではなく、腕だった。
放物線を描き私の懐に入ったのは小さな袋。
「そこに仙薬が20粒入っている。死後1時間以内であれば蘇生できる。次期国王よ。命の選別をするんじゃ」
「っ! わ、私を生かすんですか」
「おまえは生きておいた方がこの国のためになるじゃろう」
「なぜ……。理由を聞いてもいいでしょうか」
老人はゆっくりと馬車から離れていく。最後に声が聞こえてきた。
「儂がそう思ったからだ」
◇◇◇
兄上が死んだことで私が国王になることが決まった。
あの薬を兄上に与えず、味方にしか与えなかったことが私の墓まで持って行く事項だろうか。
国王となり、妃を迎え、妹は剣聖となして名を馳せ、そして子が産まれ……育ち、国王の座を譲る。
私はあの老人の、生きておいた方がこの国のためなるという言葉の通り生きていけただろうか。あの老人に今でも礼を言いたいがもう今の私よりも年老いていた。きっともう生きてはいまい。
そして今、その老人と同じ髪と瞳をした少年が目の前にいる。
あの老人の親族かたまたま偶然か。
だが老人の言葉を信じたおかげで私は今まで満足のいく生活を送れた気がする。
だから同じ言葉を発した少年に告げよう。
「孫娘……シャルーンを支えてくだされ」
「先代国王陛下の願いを承知しました」
 





