010 私より強いヒト(※シャルーン視点)
私、シャルーン・F・R・フェルステッドはフィラフィス王国第二王女として生を受けた。
生まれつきの美しい銀髪に絶世の美貌は王家の人間として当然として私はもう一つ加護を持っていたのだ。それは剣術の才能である。
5歳の頃にはすでに目を見張る活躍を見せ、10歳になる頃には大人にも勝てるようになった。
なぜ王家の姫がこれだけ強いのか。普通だったら疑われてもおかしくないはずなのに、誰も私の強さを疑うことはなかった。
それは私の祖父の妹、大叔母様が剣聖として世界中に名を馳せていたからだ。
剣聖フェルーラ。それが私の尊敬する大叔母様の名前だ。
私はフェルーラ大叔母様に師事し、メキメキ実力を伸ばしていた。
姫としての公務はなるべく他の姉妹に任せて、私は強くなることに力を注いだ。
ゆえに15歳になる頃には1対1で私に敵う人はいなくなった。王国の騎士団長ですらその頃には私に敵わなくなっていた。
正直有頂天になっていたのは間違いない。
「はぁ……弱い男ばかりで退屈です」
「駄目よシャルーン。あなたは王国最強かもしれないけど、王女でもある以上結婚をするのだから」
「大叔母様。私、弱い男と結婚したくないです。結婚するなら私より強い男じゃなきゃ嫌です」
「あらあら」
教えを受けている時はとても厳しいけど、普段は優しい大叔母様が大好きだった。
母様や姉妹兄弟よりも一緒にいる時間が長かったと思う。
「大叔母様も私くらいの時にはすでに王国最強だったんですよね。やっぱり男なんて弱いって思ってたんですか?」
「そんなことはないわ。王国では最強だったかもしれない。でも世界にはもっと強い人がいるのよ」
「えー、嘘ですよ!」
大叔母様は私の言葉に何かを思い出すように目を瞑った。
「今でも覚えてるわ。私が魔獣討伐のクエストに出向いた時のこと。もう50年近く前の話ね」
「うんうん」
「魔獣の集団に襲われた私はしくじって囲まれてしまってね。正直死を覚悟したわ」
どんな強者も集団戦を対処するのは難しい。
私だって1対1なら誰にも負けないけど、騎士団全員相手しろと言われるとさすがに無理だ。
「そんな時に強い人が現れたってことですよね」
「ええ、その通りよ。私が倒すのに苦戦していた魔獣達を大太刀を使ってあっという間に斬り伏せてしまったの」
「大叔母様が苦戦する魔獣を……」
「S級魔獣10体に囲まれていたのに……それをあの御方は難なく倒してしまった」
「ウソ、ありえないです」
大叔母様の話が嘘でなければそれはとんでもない力量ってことになる。
S級魔獣は高位冒険者がパーティを組んで挑むことを前提にした難易度として設定されている。
私も相手が1体なら倒せるけど、複数体は無理だ。
かなり老いてしまったとはいえ大叔母様の実力はまだまだ一線級で私も若さを武器にしないと一本取られてしまうこともある。
そんな全盛期の大叔母様を凌駕する男がいるなんて。
「あの太刀さばきは今でも覚えているわ。……心惹かれてしまった」
大叔母様がうっとりした目になる。
「もしかして恋をしちゃったんですか! あ、大叔母様が独身なのって……。それで、その人とはどうなったんです!」
「それっきりよ。それにもう生きてないわ。私と会った時すでに今の私と同い年くらいだったから」
「えー! お爺ちゃんじゃないですか!」
「それでも素敵だったわ。百年以上も鍛錬に費やし熟練し、まるで時が巡ったかのような剣術」
「へぇ……」
「御礼を言った時も『鍛錬に励むが良い』と一言。クールな所もたまらなかったわ」
百年って。人間は長くても100歳ぐらいまでしか生きられない。
二十代だった大叔母が恋心を抱いてしまうような老練された剣術。
是非とも見てみたかったなぁ。
「それよりシャルーン。来週、魔獣討伐に行くのよね」
「はい。辺境の森の方でレッドドラゴンが現れたらしくて……。討伐に志願したんです。15歳で成人となった私にふさわしいS級魔獣討伐クエストですね」
「あなたは強いわ。でもこの世にはもっと強い魔獣がたくさんいる。無理はしないでね」
「もちろんです!」
そう大叔母様に言ったはずだった。
でも現実はそう上手くはいかなかった。
レッドドラゴンの討伐例は過去にも報告されており、十分に準備をしていたはずだったのに私と対面したレッドドラゴンはネームドモンスターであり、クリムゾンドラゴンという上位種だった。
クリムゾンドラゴンはSS級魔獣に認定されており、高位冒険者が大勢いて、多大な犠牲を払ってようやく倒せるクラスである。
今回はS級魔獣対策しかしていない。私以外の兵士は補助系の魔法に秀でたものばかりで、とてもクリムゾンドラゴンを倒せるほどのパーティではなかったのだ。
すでにクリムゾンドラゴンに睨まれ逃げられない状況。私は必死で騎士剣を振るい、皆を逃がすことに成功した。
私は十二分に力を引き出したと思う。
多分今までで一番強い私になれた……。でも届かなかった。
私は今日……死ぬ。
「はっ!」
宿のベッドで目を覚ます。
私は生きている。夢だったのかしら、疲れは残ってるけど……傷はない。
「違う」
愛用の折れた騎士剣や傷だらけの鎧を見て昨日の激闘が真実だと知る。
絶体絶命の状況で私を助けてくれた少年、クロス・エルフィド。
穏やかな顔立ちなのに言葉遣いはどこか古風で……そして。
「――早送り」
あの剣技は凄かった。
大叔母様が言っていた時を巡るような剣術と言えばああいうものを指すんじゃないかと思うほどに。
あんな綺麗で極められた剣術を本当に初めてみた。
思い出すだけで顔が熱くなってくる。
私はあの太刀筋を見て恋をしてしまった。
――シャルーン、おぬしはとても立派じゃったよ――
――よく頑張ったな――
緊張の糸が切れて泣きじゃくってしまった。
そんな私の頭を撫でてくれて、そして……そして熱いキッス。
「きゃああああああっ!」
やばい、何これ。こんな気持ち初めて。
何か絶対おかしい。
前後関係なんか記憶がおかしい気もするけど、なんでもいい。
情報量多過ぎ! 私好みの太刀筋の人にキッスなんてされたら絶頂するじゃない!
「もうあの人のお嫁さんになるしかない!」
がたりと宿の入口が開く音がする。
こんな夜明け前に出て行く人なんて……もしかしたら。
まだ疲れた体にムチ打って飛び出した。
「待って!」
私の大声にクロスは振り返って、笑った。
あ、好き。
「まだ体が疲れてるんじゃ。体を癒やした方が良いぞ」
私の体を労ってくれるなんて、好き!
でも行く前に聞かなきゃ。
「クロス、あなたはどこに住んでるの!」
「ん? ああ、成人の式が終わったら王都で仕事を探そうと思ってる」
王都に来るんだ! じゃ、じゃあいつでも会いに行けるってことだよね。
どうしようかな。とりあえず王都に到着したらすぐに会いにいこう。
「じゃ、儂は行くぞ」
「ま、待ちなさい! クロスにはその……私にあんなことした責任を取ってもらなきゃ!」
本当はお礼を言いたかっただけなのに焦って変なこと言っちゃった!
まだ話したいこといっぱいあるのに!
私にキッスしてきた想いとかいっぱいいっぱい聞きたいことがあるのに。
そんな想いにクロスは軽く首をかしげた。
「責任を取るのはおぬしじゃ」
さぁ儂に全てを捧げ、儂のモノになるがよい。
「私が!?」
何て強引! 後半は自分で言ったような気もするけどそんなあなたが好きっ!
それだけで鼻血が出ちゃう……。無理ぃ!
全てを捧げるってことは性奴隷とかにされちゃうってことだよね。
私、王女なのに……でもっ!
「聞いておらんな。って何か聞き間違えておらんか。まぁええわ」
私が次、気づいた時にはクロスはいなくなっていた。
王女である私に簡単になびかない所も好きかも。
「ちゃんと御礼も言えてないのに」
助けてくれてありがとう……って言わなきゃね。
王都に行ってからだとさすがに遅すぎる……。
「……都に行くって言ってたっけ。追いかけてみようかな」
私の行動指針は決まった。
彼を追いかけるんだ!
本作の先を期待頂けるならブックマーク登録や下側の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして頂けると嬉しいです!