001 老剣士若返る
フィラフィス王国北東部に位置し大都市から離れた場所に存在する山、エストリア。
秘境と呼ばれるほどの場所に儂はいた。
「おおよそ50年ぶりの来訪か……この場所は変わらんな」
老いた体に鞭を打ち、儂は庶民が登頂するには険しい山を登り、頂上の平地部に到着した。
この山は霊山として知られており、魔力の素を生む龍脈が重なる場所だと言われている。
つまり200年生き続けた儂の最期にふさわしい場所であった。
「クカカッ!」
昂ぶってしまい思わず笑ってしもうたわ。
長年待ち望んでいたものがもう少しで目の前に現れるのだ。想像するだけで表情が緩んでくる。
年老いたとはいえまだまだ体は十二分に動く。前に飲んだ寿命を延ばす仙薬の効き目が思ったよりも良いようだ。
だがもう寿命を伸ばすのは終わりじゃ。最期の刻まであと少し、ここでしばし待つとしようか。
儂は目を瞑り……その時を待つ。
予想では今晩その日が来る。太陽が沈み、月が頂点に昇った時。
50年に一度、天から魔力が降り注がれ、この地に魔力が満ちる日がある。
儂は今宵、至高の一振りを成す。
儂は腰に差した大業物である太刀に手を触れる。
儂にとっての人生とはこの刀と共にあることだった。
儂より才のあった者達が剣を振るのを止めて。嫁や子にうつつを抜かし、子や孫に囲まれて墓へ入ろうとも儂は鍛錬を続けた。
雨の日も風の日も雪の日も一人で鍛錬を続けた。
気づけば齢は200を超えてしまった。おおよそ100歳までしか生きられぬこの世で儂は200まで生きている。
「長く生きてしまったな……」
思わずしみじみと口にしてしまう。
儂ほど長く生きた人間はこの世で存在はしまい。100年以上孤独に生きてきたため他者への興味も生への執着も正直な所ない。
ただ残すのは一つ。至高の一振りのみである。
背負う巨大な大太刀を鞘ごと外して、強く地面に突き刺す。そのままそれを背もたれ代わりに腰に差す太刀と小太刀を見据える。
魔力を充満に帯びたこのエストリア山に50年に一回降り注ぐ魔力。そして200の年月磨いてきた剣術。
その2つが合わさった時何が起きるのか。儂はそれを感じたい。それが今回の目的だ。
魔力を帯びた状態での一振りはあまりに強力すぎて、魔力の濁流に巻き込まれ、人の体など消え去ってしまうかもしれない。
それも構わぬ。剣に生き、剣に死ぬ。儂が望むのはそれだけのことよ。
だが、最期の時を一人で過ごすつもりだったがそうはさせてくれぬらしい。
「グルルルッッ」
「ほぅ、狼が6匹か」
突然現れて儂の喉仏を食いちぎろうとするハイウルフが涎を垂らして睨んでおるわ。
ウォーミングアップにはちょうど良かろう。体が少し鈍っておったからな。
肉体の全盛期は過ぎてしまったが、200年かけて習得した技術に今以上優れている時代は存在しない。
「暇つぶしにはなるか。来るがよい」
儂は腰に構える太刀を鞘から抜いて狼に向ける。
ハイウルフ6体が次々と飛びかかってくる。その波状攻撃は並の人間では抑えきれぬであろう。
全盛期に比べて衰えてしまった体では受け止めきれぬかもしれない。傷を負ってしまえば老体ゆえに回復するのにも時間はかかるかもしれぬ。
じゃが。
「おぬし達では儂には勝てんよ」
6体のウルフが一気に飛びかかってくるタイミングで虚空に向け横に刀を振るう。
人が見れば空振りしたと思うだろう。しかし儂の剣技に空振りなど存在しない。
200年で成熟した至高の剣技はいつしか時空すら斬り裂く剣技となってしまった。
斬り裂かれた空間は次元の裂け目となって大きく広がっていく。
ウルフ達は裂け目に吸い込まれていく。
「さらばじゃ」
六体のウルフは潰された感覚で絶命したことだろう。
儂の時空剣術、虚空斬は誰も耐えることはできんよ。
人は儂をこう呼ぶ……時空剣士と。決して大げさな名ではない。
そう呼んだ者達はすでに寿命で死に絶えておるだろうが。
「やりすぎてしまったな」
さて……体もほぐれた。
さぁ間もなく時が満ちる頃だ。
日が沈み、月が頂点に達し始めた。
非常に快い。今なら、今なら理想の一振りができるかもしれない。
「おおっ」
天から光が降り、大地に魔力が満ちて山全体が輝き始めた。
側の草花がぐんぐんと成長していく。
多大な魔力による異常活性か。鉱物や動物も影響を受け進化すると言われている。
儂はこの時を待っていた。その魔力はヒトの体にも作用する。
魔力が肉体を包み込み、細胞の全てが活性化していく。200の衰えた体は天地両方から発せられる魔力の渦に飲み込まれていた。
あまりに高い魔力に鼻血が出てきてしまった。もしや体全部が弾けてしまうのではないか。その恐れすらもある。
儂はただ一振りできれば良いのだ。それだけで構わない。
その一振りがどのような結果をもたらすか。
下手すれば儂の肉体が耐えきれず崩壊してしまうかもしれん。
それこそ儂の最期の一振りにふわさしい。
儂は地面に突き刺した大太刀に一張羅を被せる。
上半身を裸体で晒し、老体の全筋力を震わせる。
「さぁ……行くぞ」
天、地、そして気力を放出した儂は太刀を振りかぶった。
「どうなる……どうなる! フハハハハハハハハハ!」
儂は全身全霊、渾身の時空剣技を放つため太刀を両手でしっかり握り反時計回りに振り回した。
自分でも分かる。それが儂にとって最期で最高の一振りだと。
その一振りは魔力の渦を生んで周囲全てを巻き込んでしまう。
儂はとても良い気持ちであった。
「きええええええええええええっぃぃぃぃ!」
声を上げ、燻っていた気持ちが全てこの一振りで消化してしまうのだ。
もはや……未練も何もない。このまま生涯を終わらせても問題ない。
儂はこの世の理に感謝を述べながら……大笑いをし続けた。
魔力の濁流に呑み込まれ気を失うその時まで。
そして……。
「ばぶぅ」
次目覚めた時、全てが変わってしまっていた。
新作となります。
期待頂けるならブックマーク登録や下側の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にして頂けると嬉しいです!