こたつ
「こたつはいいなぁ」
こたつに飛び込みこたつ台にあごを乗せて開口一番。
「ちょっとー、足が乗っかってるんですけど」
黒髪ミディアムの妹、 美香が、台に広げたゲーム雑誌から目を離して迷惑そうにこちらを睨んだ。
「そんな事言うなら買ってきた新作ゲームあげない」
「もっとのせてお兄ちゃん」
「あひゃ、どこに乗せてほしいんだい?」
「刺すよ?」
どこから取り出したのかその包丁は。それを片手に構え、にっっこり。ははっかわいいなー。
しょうがないので横に投げた鞄からソフトを取り出して渡す。
「わあいっ、ありがとうお兄ちゃんってこれ最近私が売ったゲームだろがああああ!」
ああ、道理で見覚えあると思った。
そこで、今までテレビに夢中だった黒髪ショートの妹、 千香腹を抱えてこちらを向いた。
「あはははっ、相変わらずバカだなぁ兄貴」
「そんな事言うなら買ってきた駅前のメロンパンあげない」
「兄貴ってやっぱり天才だと思う」
乗せられやすい奴等だなあ。ニコニコ顔の千香に、鞄から取り出した袋を渡す。
「うおおっ、サンキュー兄貴ってこれカレーパンじゃねーかやっぱりね!」
「お前そんな事言ったらドラえもんが可哀想だろうが!」
「どこにドラえもん要素出てきた!? 引き合いに出されたドラえもん困っちゃうよ!」
「確かに!」
引きつった笑みのショートカット千香。極上の微笑みのミディアムカット美香。二人は立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
「兄貴ー?ちょっとお話しようぜー?」
「お兄ちゃん、わかってるよね?」
母さん、今日もこたつはあったかいです。
「――なあなあ千香、ミカン剥いてくれい」
テレビを見ながら両手を暖める事に大忙しな俺。一緒にテレビを見ていた千香は、ひじを立て手のひらに乗せた顔を、すっと向けてすっと戻した。早っ!
「やだ」
千香ばっさり。俺がっかり。今度は美香にお願いしてみよう。
「美香お願い、そろそろ俺にミカンを剥きなさい」
「おかしいなー。ミカンじゃなくて包丁手に取っちゃったおかしいなー」
「ごめんなさいお願いします」
しょうがないなぁ、といいながらゲーム雑誌の上でミカンを剥き始める美香。なんだかんだで世話焼きな奴だ。律儀にスジまで取ってくれてる。その剥いた皮の上に実を乗せて俺の目の前に置いた。
「はいどうぞ」
身動き一つせず、口をあんぐりとあけて待つ俺。美香と数秒見つめあう。
「てい!」
瞬間、口に叩き込まれるミカンと美香の張り手。ははっおいしいなー。
「あ、ミカンもうねーじゃん」
千香が台の上にある俺お手製ミカンバスケットに手を伸ばしながら、嫌そうに言った。自然、ミカンバスケットに視線が集まる。残り一つ。そろそろさむーいキッチンに行ってさむーい床下収納からつめたーいミカンを出さなければいけない頃合だ。
互い互いに視線を向ける俺達。
リビングに訪れる、一瞬の静寂。
「じゃんけんぽいっ」
千香パー。美香パー。俺グー。
「あいこで」
「オイコラ」
「お兄ちゃんよろしくねー」
再び、テレビ観賞に勤しむ千香と、ゲーム雑誌に視線を落とす美香。ピースする俺。
「お小遣いほしい人ー」
千香パー。美香パー。ピースする俺。リビングに訪れる、一瞬の静寂。
母さん、今日もこたつはあったかいです。
「――ちゅりゃあぇおぅっ!!」
「あーっ! 兄貴ずりいショートカットしたー! あとその掛け声やめろ」
ゲーム機のコントローラーを握り締め、白熱する俺と千香。もちろんこたつに入りながら、だ。
「ちぃー、お風呂上がったよー」
風呂場から廊下をすたすた歩いてくる、ピンクのパジャマ姿の美香。肩にかけたバスタオルで頭を拭きながら、こたつの一辺を占領する。美香の定位置だ。ちなみにテレビにむかいあった真正面が俺。右が美香。左が千香。
「みぃー! 兄貴がズルしやがるんだよー!」
台の上にうなだれて、必死に講義する千香。そんな千香を慰めるように、眉をハの字に微笑んで、頭をなでる美香。
「まあまあ、とりあえずおふろ入ってきちゃいなよ」
そう千香は促され、ぶつくさ言いながら風呂場へと向かっていった。そして微笑みを堪えたまま、俺に向き直る美香。手に持つコントローラーはまるで死神の鎌の様。
「じゃあお兄ちゃん、やろっか?」
うなずくことしか、できませんでした。
「ぅおーい兄貴ー、上がったぞー……ん?」
横に立つ、水色のパジャマ姿の千香。うなだれる俺。
「ちゅりゃあぇおぅうぇっうっうぇ……」
「まあ当然の結果だよねーっ。あとその声やめて」
俺は立ち上がり、ハイタッチする二人を尻目にすごすごと風呂場へ向かった。浴室の前で服に手をかける。所謂スーパーお色気タイムだ。この作品の見せ場と言っていい。
カーディガンを脱ぎ、ワイシャツのボタンをゆっくり外してゆく。上から、ゆっくりと、緩慢に。それがするりと落ち、露わになったタンクトップ。これが肌から離れれば……といったところだが、まだ早い。
ここであえてズボンに行く。ベルトを外しボタンを外しジッパーを下ろす。途端、重力に従いストンと落ちてゆくズボン。その中に見えたのは……そう、すらりとした肌に映える、真っ黒なボクサーパンツだった。
……もういいや。さっさと上と下を脱いで生まれたままの姿になる俺。
しっかし、腹の虫が治まらん。仕返しに、今日美香が着てた服を全部裏返しにしてやった。無論下着もだ。ゲームの恨みは怖いのだ。……というか、全裸で何やってんだ俺。
正気を取り直して、浴室への扉を開ける。ってあれ?
「湯船に、お湯がない」
そうか千香、ゲームの恨みって怖いな。
母さん、今日も浴室はつめたいです。
「――と、言うわけでババ抜き大会を決行します!」
こたつの中で片手を高らかに上げ、声高々に宣誓する。二人とも微動だにしないね。
右の美香は勉強、左の千香は相変わらずテレヴィーに噛り付いてる。ところでテレヴィーってなんですか?
「いきなりなんで?私勉強してるんですが」
「オレも忙しいんですが」
「俺も明日の仕事に備えなきゃいけないんですが」
「備えなよ!」
思わずこちらを見て突っ込む美香。
「だって遊び足りないんだもん」
「うわっ、ガキくせー……」
こら、ものすごい冷めた目で見るのはやめなさい。
「じゃあ、罰ゲームありでどうよ?」
このままじゃ話が流れそうなので、ゲームにひとつ、スパイスを入れてみる。
美香は嫌そうに、えー、と抗議の声を上げていたが、千香が興味を持ったみたいだ。腕を組んで唸ったあと、思いついたように声を上げた。
「じゃあ罰ゲームは兄貴秘蔵のワイン一気飲みな」
それじゃ誰が負けても俺悲しくね?
「というか君たち未成年じゃないか」
「兄貴だって飲んでんじゃん」
「俺は成人だ」
「オレ達と同じ年から」
黙りこむ俺。千香は勝ったといわんばかりにニヤリ、と口角を上げた。
「けってーい」
「ちょっとちぃ、私やだよ一気なんて」
いまだ乗り気じゃない美香を、千香がまあまあと宥める。
「勝てばいいんだから。あれーそれともみぃはテレビゲーム以外はからっきしかなー」
美香はにっこり微笑んで、パジャマの腕をまくった。どうやらもう、あとには引けないようだな。
カードを切って、時計回りに一枚ずつ配ってゆく。全てを配り終えた所で、各々がカードを手に取った。うげ、ババ俺かよ……。
「あ、お兄ちゃんババでしょ」
「思いっきり顔に出てたぜ?」
二人がペアを場に捨てながら、淡々と言った。
「――これだああ!」
ただいまの罰ゲーム回数、俺五回。千香一回。美香なし。
千香の手に持つ二枚から、一枚をズバッと引き抜く。そしてこれが、記念すべき千香の二回目の罰ゲームだ。
俺の手の中でペアになった二枚を場に叩き付けた。崩れ落ちる千香。美香はお構いなしにグラスにワインをどぼどぼ注いで、千香の前に置いてにっこり。ははっほほえましいなー。
千香はグラスなみなみに注がれたワインと暫くにらめっこして、決意したのか手に持ち一気に口に運んだ。いい飲みっぷりだなあ。
やがてそれを飲み干した千香は、グラスを振り下ろしこたつ台にダンッと叩き付ける。そして……。
「みんながいじめるよー……」
泣き出した。
千香は泣き上戸だった。
へろへろと仰向けに倒れ、そのままグズグズと泣き出してしまう。千香、ここで脱落。
残った美香と視線が合い、微笑みあった。そして、ゲームは再開されるのだった。
「――これだおえええ!」
ただいまの罰ゲーム回数、俺十回、美香なし。そろそろ俺がまずい。
美香から引き抜いたカードは、俺の勝利、そして美香の罰ゲームを宣言した。
「ええっ、うそでしょー!」
まさか勝負事で自分が負けると思わなかったのだろう。読者の熱き想いが届いたのさ!
グラスになみなみ注いで美香の前に置く。にっこり。美香もにっこり。穏やかな我が家の日常風景だ。
「うー……南無三っ!」
それが最近の女子高生の掛け声か。
ごくごくと飲み干してゆく美香。飲みっぷりなら千香に負けず劣らずだ。そして飲み干したグラスをゆっくりと台におくと……。
「……ひっく」
ぎろりとこちらを睨みつけた。目が据わってますよ美香さん。
「ねえねえ、何で私未成年なのに飲まされなきゃいけないのぉ?」
「いや……罰ゲームだし、ね?」
「罰ゲームだったら飲ませていいのー? ねえねえー」
美香は絡み酒だった。顔を必要以上に近づけたかと思えば、がしっと肩を組まれてしまった。美香は開いてるもう一方の手で、グラスにワインを注ぎ始める。
「お兄ちゃんも飲みなさいよぉー」
「いや、お兄ちゃんの方が飲んでるしこれは罰ゲームなんだよ?美香ちゃんはもう大人のお姉さんだからわかるよねガボガボ」
美香が無理やり俺の口にグラスのワインを注ぎ込む。
「わかんないわかんなーいふへへー」
ああ、美香が自ら晩酌してくれるなんて幸せだなー。そう心で呟きながら、俺の意識は深く落ちていった。
「――ちょっとストロー耳に刺さないで! はっ」
意識が覚醒する。ここは……こたつ。いつもの俺の定位置のようだ。よかったー夢で。
周りを見渡す。肩から下を、こたつの中にすっぽり納めてる黒髪ショートの妹。こたつ台に突っ伏しながら、立てたワインボトルを大事そうに抱える黒髪ミディアムの妹。二人とも、気持ちよさそうにすやすやと寝息をたてている。
立ち上がろうと動いたけど、二人とも俺の脚の上に乗っかっていて動けない。愛する妹共の寝顔を見て、ため息を一つ。そして俺は動くのをやめ、仰向けに寝転んだ。
母さん、今日もこたつはあったかいです。
後日、三人仲良く風邪を引いたのはご愛嬌。