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百合盗人

作者: 巳波 叶居




      一輪


       二輪


        百合の花



       井戸の底へと投げ入れる



      三輪


       四輪


        百合の花



         くらやみの底へと沈んでく







近ごろ 村から百合の花が姿を消している。

この山あいの小さな村の ただひとつの自慢だった

群れをなして咲く白い百合が。


誰の仕業か心当たりはあったけれど

誰もその名を口にしない。


だから 僕らはいつしか彼女のことを

百合盗人(ゆりぬすびと)”という名で呼んでいた。







      『あの井戸に近づいてはいけないよ』


      『あれは地獄に通じているからね』



      この村に住む人間ならば


      誰もが聞かされる言い伝え。


      けれど その果てないくらやみの底を


      確かめた人は誰もいない。



      だから私は思いついたの。


      本当に地獄に通じているのか 確かめてみようって。




      ちょうど傍には百合の花。


      あのひとが愛した白い花。


      一輪 二輪と 投げ続ければ


      いつか井戸はいっぱいになるのかしら?




      それとも 何輪 投げ続けても


      くらやみはくらやみのままなのかしら?







村の川沿いに 小山のように咲いていた百合が

一夜のうちに根こそぎ刈り取られていたこともあった。


また百合盗人(ゆりぬすびと)が出た、と皆が頭を抱えるその影で、

おせいさんは気が触れたのだ、という言葉を皆が呑み込む。


その理由を、知らない村人はいない。


花は夜ごと消え続ける。






      何輪投げ入れても 井戸の底はくらやみ


      もしかしたら本当に


      地獄に通じてるのかしら


      百合に埋もれて閻魔様も


      厳しいお顔を和らげているかしら





      ならば お優しい閻魔様


      どうか ひとつだけお答えください



      哀れな女の 哀れな問いかけ




      あなたは、あのひとにお会いになりましたか?






ああ おせいさん 可哀相なおせい姉さん

都から来た旅人に 心を奪われて

 ああ あの男 あのよそもの

 山の向こうに 奥方も子供もいたくせに

  鍬ひとつ握れない手で

   おせいさんの髪に触れて肩に触れて手に触れて


    最後には


     逃げ出そうと


      して



       だから僕は







      あのひとがくれた 木彫りのかんざし。


      百合の花をかたどった模様は


      あのひとが 私の目の前で彫ってくれたもの。


      都へ行って、新しい絵の具を仕入れてきたら


      好きな色を塗ってあげるって、約束してくれた



      そう言って、髪を撫でてくれた細い指が、わたしはだいすきで






   ああ おせいさん おせい姉さん

  なぜ あなたはこの井戸に

   よりにもよってこの井戸に

 百合の花など投げ込むのですか


 「必ず戻ってくる」も

 「妻と離縁してくる」も

  嘘

   嘘に決まっていたのに


    あのよそものは

     姉さんを置いて

      逃げ出そうとして





        だから僕があいつをくらやみの底へ沈めてやったんだ


        あいつは吸い込まれるように井戸の底へ消えていった



        不思議だね、水音はしなかったよ。








      奥さんも子供もいることは知っていた。


      だから、私はいいって言った。


      あのひとを止めなかった。



      なのに あのひとは ほほえんで


      かんざしの色は白にしよう、って。


      この村に咲く白百合を、君の髪に飾ろうって。笑ってくれた。






      だからわたしは待ち続けるの


      あのひとの笑顔を信じるの



      「私を捨てて逃げていった」も


      「いくさに巻き込まれて死んだ」も


      嘘


      嘘に決まってる



      だってわたしは知っているの



      あのひとの言葉は本当だって、わたしだけが知っているの


















とある山あいの小さな村で 旅の途中だった木彫り職人が

村が(いくさ)に巻き込まれた夜に、行方知れずになった。


職人は

村娘のお(せい)との関係を清算するために

混乱に乗じて逃げていったのだとも

見境をなくした兵たちに殺されたのだとも噂されたが

真実は闇の中である。



ただひとつ 確かなのは



村はずれの古井戸のかたわらに

作り途中の木彫り細工が落ちていたこと



そして



5年前 同じ井戸に

お静のただひとりの身内であった弟が 墜落し

未だ亡骸が発見されていないこと



それだけである。







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