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影は斬られる  作者: 鈴藤美咲
影切りと蓋閉め
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旋風〈後編〉

 はなはだしい、実に甚だしい。


 “捕り物”として罪を追跡する過程は、野に吹き荒ぶ風とよく似ているーー。



 ***



 念の正体は、化ける“モノ”が象った真の童が抱いていた怨。皮肉にも“蓋閉め”の行程が引き金となってしまい、念の怨が噴き出してしまった。

 作蔵の責任ではない。まさかの事態に身体が追い付かないのは当然だ。だが、緊迫な状況下に置かれているにも関わらず、作蔵は機転を利かせた。


 “蓋閉め”は、先手を“影切り”にもっていく。


 手順は、こうだ。茶太郎が影に斬り込む。そして、作蔵によって化ける“モノ”の象りに付着していた念の怨を抉り出す。


 丁度よく、月が昇っている。

 密閉されている部屋だが、天窓より射し込む月明かりがなんともありがたい。何故なら、月光には“影切り”の通力を増幅させる効果がある。


 ーー気に入らない、気に入らない……。


 念は、怨を撒き散らすばかりで名乗る気はない。化ける“モノ”の象りから推定する、齢1桁くらいで怨を抱くに至ったのは、相当な過酷を味わったのだろう。


 だが、手心を加えるはしない。


 “影切り”とはそういうものだ。そう、叩き込まれたのだ。

 茶太郎は、腰に着ける藍染めの麻袋を「ぎゅっ」と、掴む。


 ーー斬、裂影……。


 茶太郎は“影切り”の通力を発動させるに詠唱をする。すると、茶太郎が床に落とす影の先端が「むくり」と、剥がれ上がる。そして、影の先端は童を象る化ける“モノ”が落とす影へと丈を伸ばすのであった。


 茶太郎の影は、刀剣を象っていた。

 影が象る刃の切っ先は、影の左脇から右肩へと、昇りの斬り込みを入れる。そして、血吹雪を思わせる灰色の液状が宙に撒かれる。


「作蔵っ」

「おうっ、わかってるわい」


 茶太郎は間、髪を容れず作蔵を促す。


 ーー収、蓋は閉じられる……。


 “蓋閉め”は“影切り”が斬り込みをした影から念の怨を抉り出す工程に入った。掌の大きさの容器の蓋を開ける。楕円形を型どる竹細工の箱に作蔵が抉り出した念の怨を収する為にだ。


 作蔵は肩に掛ける襷の結び目を解き、端を握り締めて通力を込める。足元にだらりと垂れていた襷はぴん、と、反が張る。

 襷の先端が尖り、しゅるりと、影の斬り込みに入り込む。作蔵は襷の端を後ろへと引く。すると、襷の端に黄土色の球体が付いて影から引き抜かれ、作蔵が広げる掌の中に弦を描きながらぺたりと、引っ付く。


 作蔵は「はい、一丁上がり」と、滑稽なさまで襷の端に絡まる黄土色の球体を先ほど用意していた“蓋閉め”の箱に収め、蓋を閉じた。すると、中身が詰まった箱の表面に《封》の印がすっ、と浮き上がった。


「童、身体の加減はどうだい」

 茶太郎は化ける“モノ”の様子を気にした。影に斬り込みをしたとはいえ、()()に異変が起こっていたら元も子もない。

 “蓋閉め”が念の怨を抉り出したことにも、同じくだ。


「うん。ちっとも痛くなかったし、ちょっと前まで苦しかったのがなくなった」

 化ける“モノ”は童の象りで、茶太郎に言う。


「茶太郎、続けてやるぞ」

 作蔵は、肩に襷を掛けた。

 まだ、やるべき事が残っている。本来の“影切り”と“蓋閉め”の工程だと、作蔵は言っているようなものだった。


 作蔵は強靭だ。予期せぬ事態に対応しながらも「へらり」としていて、疲労をしている様子がまったく見受けられない。


「作蔵、今度こそ貴様が先手だ」


 茶太郎は「ふ」と、笑みを湛えたーー。



 ***



 道草を食ってしまったが、軌道修正するに大したことはなかった。


 作蔵は化ける“モノ”から念を取り除き、封をする。続けて茶太郎が化ける“モノ”の影を切るをした。

 “切る”は完全に“象り”を断ちきるのを表す。化ける“モノ”は先の“蓋閉め”の工程によって、化ける通力を失う。


 これが本来の“モノ”の姿か。こんなにも、小さい。なんて、尊いのだ。

 茶太郎はただの“モノ”を見つめて、しみじみとしていた。

 “モノ”が化けることはもう、ない。やっと、本当の自由を手に入れた。


 一件落着……。の、筈だった。


「おい、伊和奈。おっかない面をするな。あいつ、怯えるぞ」

「わかってる、わかってる。でもでも、でもでもでも。ああ、こっちを見つめないでぇええっ」


 伊和奈はがたがたと、身震いをしていた。

 “モノ”と視線を合わせる度に叫ぶ伊和奈に、作蔵は困り果てている様子だった。


「“モノ”よ。どうか、伊和奈様を赦して欲しい」

『お兄さんが謝ることはないよ。お姉さんも悪くない。こんなことになるは、十分にわかっていた。でも、ちょっと早すぎかな……。』


 “モノ”は気丈に振る舞っているが、少しばかり心を折っていた。茶太郎の掌の上で“モノ”がくるりと背中を丸めて、ころりと伏せる姿がなんとも痛々しい。


 ーー伊和奈、芋虫はまだマシだ。これがゴキブリだったら……。


 ーー作蔵のばかあぁあっ。悍しい名を、しかも二段構えで呼ばないでぇええっ。ああっ、いぃいいっ、やぁあああっ。


 汚い高音で叫び続ける伊和奈に、茶太郎は顔から血の気が引くのを覚えた。

 微かに、淡い感覚をしていたことは思い出となる。いや、彼女の相手に相応しいのはやはり作蔵だ。と、茶太郎ははっきりとしたのであった。


「茶太郎、伊和奈が騒がしくてすまねえ。おっと、こいつをおまえにやる」

 茶太郎に詫びる作蔵は、掌の大きさをしている竹細工の箱と桐箱を茶太郎に差し出す。


「ひとつは元になった、童の怨。もうひとつは“モノ”の念。作蔵、何故だ。何故、私に寄贈するのだ」


「おまえの“本業(捕り物)”で役立つ。切り札として、だ」


「そうか」と、茶太郎は作蔵からふたつの箱を受け取り、藍染めの麻袋に収めるーー。


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