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影は斬られる  作者: 鈴藤美咲
呪塗り
22/33

陽光

 門倉亜瑠麻。所謂、茶太郎が天敵と見なした女医の名前である。

 年齢不詳、すらりとした容姿。ずげずげとした口調で容赦なしの態度。どこまでも上から目線の女だが、もう一つの顔があった。

 茶太郎が“影切り”の通力を持っているのと同じく、門倉も通力の使い手であった。


 門倉が持つ通力は“陽咲き”と言う。

 その威力は、効果は――。


 ***


 見舞いに来る暇があるなら、任務に集中。

 茶太郎が部下の同心達に伝えていたことだった。ただ、ひとりを除いて。


「兄貴、皆は兄貴が心配で堪らないのですよ。なのに、尽く追い返すのはどうもーー」


 葉之助が口を尖らせるのは解る。しかし、あいつらは見舞いを口実にして女医見たさを顔に表していた。こっちは嫌々ながらの入院を虐げられている。これほどつまらないことはない。何が好きで、鼻の下を長くする男を見なければならないのか。


「私は快方に向かっているのだ。事細かく様子見に来られると落ち着かないのだよ」

 嘘も方便だ。葉之助が納得したさまを見る茶太郎は、しらを切るのであった。


「それで、例の処置は」

「まだだよ」


「……。兄貴、申し出たらいいのでは」

「しないよ。ほら、噂をすれば影が差すというだろう」


「あんた、さっさとベッドから降りな」


 茶太郎がいる病室に、ぶっきらぼうな口を突く門倉が、ずかずかと入ってきたーー。



 ***



 茶太郎は診療所の処置室にいた。しかし、医療器具が一つもないのを茶太郎は気付くのであった。

 室内は、医療行為を行うには不相応な黒色の壁に甘い薫り。怪しさが醸されるが、すっと落ち着く。


 そうか、此処は“陽咲き”の領域。診療所の建屋は目くらまし。所謂、邪を跳ね除ける()()のようなもの。


「あんたの身体の中に残っている“呪塗り”の通力を潰す。その為には、あんたが健康的になるのを待たなければならなかった。しかし、あんたはあたしが思っていた以上に回復が早かった」


 何だか、がっかりしている物言いをしている。いや、気にすることはない。入院生活での居心地の悪さと、性分が良くない女医から解放されるのを待ちに待っていたのだ。


「先生、相手を呼ぶに正しい癖を付けられては」

「あたし、ねとねとした言い方嫌いなので」


 説教が通じないのは承知の上で。思った通りの反応だと茶太郎は「ふっ」と、笑みを溢すが直ぐに止めた。相手は自分と同じく通力の使い手だ。事は円満に受けたいし、墓穴を掘るのはあってはならない。


「始めるよ」

 白いワンピースに朱色の羽織を身に纏う、門倉の顔つきが「きっ」と、凛々しくなる。


「よろしくお願いします」

 茶太郎は室内の中心にある、宝玉で飾られている円陣の中で門倉に言う。


 ーー陽、光照射……。


 門倉は通力を発動させる。足元が、きらりと眩い。そして、身体を包む柔らかなぬくもり。

 “影切り”と異なる、通力の威力。この波動は何かと似ている。そうだ、あの“蓋閉め”だ。門倉の“陽咲き”は“蓋閉め”の波動と似ている。どちらも、浄化の効果を表す。


「身体の中で虫が這ってる感覚があるはずだよ。そいつが“呪塗り”の塊だ。今、あんたが浴びてるあたしの通力が潰しに掛かっている。光が消えるまで、じっとしといて」


 光で目が眩む。門倉の顔は見えないが、声ははっきりと聞こえている。不覚だが、安心感を覚えてしまった。

 目蓋が重い、程よい眠気が襲ってる。門倉に叱られるだろうが直立姿勢が保てない。


 茶太郎は、ふらりと床に身体を横たわらせてしまうーー。



 ***



 目が覚めると、ベッドの上にいたと気付く。どうやって病室に戻ったのかが思い出せない。いや、そうではない。処置を施されていたのに関わらず、中断させてしまった。そうだとすれば、門倉は怒りを膨らませただろう。


「あはは。やっと、起きた」

 門倉が、病室の扉を開きながら笑っていた。


「先生、私はーー」

「処置が終わっても、ぐーすか眠りっぱなしの重いあんたを此処まで運ぶの大変だったよ。で、3日過ぎていたわけだよ」


 門倉が言ってる意味は大体分かる。ただ、時間の経過に違和感を覚えた。


「あと、ひとつ。あんたに伝えることがある。あんたの仕事の“捕り物”に関わることだよ」

 門倉は、茶太郎に一枚の書面を差し出した。


 茶太郎は堪らず身を竦めた。女医からの話しは大体が良いことではない。況してや生業絡みと来れば、輪を掛けてに違いない。


「あたし、鑑識医もやることになった。あんたが務めている《奉行所》より指名を受けたので」


 は。


「“モノ”と通力使い絡みの殺生事案で犠牲になった人と“モノ”を検死するのが主な任務。あんたが雇っている“御用聞き”が嫌がる、悪業を働いて死んだ人と“モノ”の魂から声を聞き取るもする」


 待て、一方的に喋るな。こっちの顔色を伺え。そして“御用聞き”の何を言っている。


「本業は開業医だ。建てた診療所のローン返済があるし、あんたのような患者を診る為に開業医になったし」


 一応、現実っぽいことを口で突いた。そろそろ、こっちから訊ねるができそうだ。


「どうやら、私が眠っている間に事が進展していた」

「そう言うこと」

「色々と、情報収集までしていたとはーー」


「亭主が奉行だから。訊ねるをしてないのに、べらべらとよく喋ってさ。あたしもつい、つられて乗ってしまった」

 門倉は「ふん」と、背伸びをしながら病室の窓際に移動した。


「先生、既婚者だった。いや、御主人が何のご職業とおっしゃったのですか」

「あれ、あんた聞いてなかったの」

「ないから、訊ねているのです。別性での生活をされていたなら、なおさらです」

「『門倉』は愛称だ。あんた、見かけによらず頭の回転が悪いね」


「……。詳しくは、私が退院した後に御主人を交えて訊ねます」


 茶太郎は、門倉から先に受け取っていた医療費請求書を「くしゃり」と、握りしめたーー。

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