フラスコレーション
吾輩はホムンクルスである。名前はまだない。名前どころか、肉体すら存在しない。吾輩は狭いフラスコの中に一人――という単位でよいのだろうか――閉じ込められている。むりやり、フラスコを吾輩の肉体だととらえることもできなくはない。いや、それはむりやりが過ぎる、か。
吾輩がホムンクルスであるという情報は、吾輩の創造主である人間から仕入れたものだ。彼は人間で科学者と呼ばれる職業に就いているらしい。自らのことをマッドサイエンティストなどと呼称していた。そんなふうに名乗ることがマッドなのである。
さて、科学者は吾輩に肉体を授けてくれると言っていたのだが、その約束はまだ果たされていない。肉体を手に入れることができれば、吾輩は自由にてくてくと歩くことができる。様々な行為に及ぶことができる。
しかし、このフラスコの中では何もできない。変わらぬ視点から、研究所の汚らしい内装をただ眺めることしかできない。この風景を延々と見させられるのは、もううんざりだ。早く吾輩に肉体を授けてくれ!
フラストレーションが沸々と溜まって、爆発しそうである。爆発しようにも、何もできない吾輩は、ただその不満に耐えることしかできない。吾輩は地獄のことを知らないが、このフラスコの中の世界も、地獄に等しい環境のように思える。
吾輩はまだ見ぬ外の世界や、己の肉体について思いをはせた。
研究所の外の世界は一体どのようなものなのだろうか。まさか、研究所と同じような風景が延々と広がっているなんてことはあるまい。世界はどうやら、果てしなく広いらしい。肉体を手に入れたあかつきには、世界中を旅してまわりたいものだ。
そして、吾輩の肉体――。どのような形をしているのか。おそらく、人型なのだとは思う。他の動物や無機的なロボットに入れられることはないと思いたい。性別は男か女か。肉体が存在しないこともあってか、吾輩は自分が男なのか女なのかもわからない。そもそも、男とか女とかあるのか? まあ、肉体が男だったら男、女だったら女だと思っておけばいい、のだろうか? それと年齢だ。肉体は若いのか、老いているのか。そもそも、吾輩の肉体は成長するのか? 疑問は尽きない。
ドアが開いて、科学者が吾輩の元へとやってきた。彼の名前は知らない。知らなくても不自由はないのだ。たとえ、知ったとしても、吾輩には口がないので、言葉を発することができない。
今日も、長々とどうでもいいような話を一方的にした。そして、勝手に満足すると、研究所から去っていく。
嗚呼、フラストレーションが溜まる。フラスコの中はフラストレーションでいっぱいなのだ。フラスコレーション。
早く吾輩に肉体を寄こせ!
吾輩は心の中で叫びながら、そのときをひたすらに待つのだった。