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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
6/49

質疑無用につき

 「えぇ・・・・っと」


 かち・・かち・・・


 「まずは自己紹介からがいいかな・・・オレはレノ・クラフト。 この村で医者みたいなことをやってる者だ」


 かち・・かち・・かちかち


 「・・・・・・・・。」


 「・・・・・・・・・・無言は止めて欲しいんだけど」


 かちかち・・・・かちかちかちかち


 「あー・・・・一応、状況を確認するけど君はあの落ちた馬車に乗っていたのかな?」


 「・・・・・・・・。」


 かちかちかちかちかちかちかちかちかち・・・


 「・・・・・・・・。」


 「・・・・・・・・。」


 かちかちかちがちっ・・・


 「き、緊張してるのかな・・・? 大丈夫! ここに君を傷つける人なんて・・・」


 「・・・・・・くせに」


 「はい・・・?」


 「・・・・・拘束して放置したくせに・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 かちがちかちがちかちかち・・・・


 「・・・・えっとだ、ね?」


 「・・・・・・・・・・。」


 「あ、あれは誤解が重なった結果というか―――」


 がんっ! がんっ! がんっ! がんっ!


 「・・・・・・・・・・・・。」


 ・・・オッホン。


 「・・・・心より謝罪申し上げます・・」


 「・・・・・・・・・・・。」


 かんかんっ・・・かん・・・・かんかんっ


 「・・・・・・・・・・はぁ・・・」


 「・・・・・・・・・・・。」


 「・・・・・・まぁいいや。 兎も角、オレたちは―――」


 「・・・・・・・・見たんですよね?」


 「・・・ん?」


 「私の・・・・・その・・・」

 

 「・・・・・・・・・あー・・・いや、それは仕方なかっ」


 ががががががっがががっががががががっがががっががっががぁぁぁん!!!


 「誠に申し訳ありませんでしたこちらとしても考慮する余裕が無かったために不快な思いをさせてしまいました本当にすいませんでしたぁぁ!!」


 「・・・・・・・・。」


 がんっ! がんっ! がんっ! がんっ!


 「・・・・・・・・・・・えっと・・」


 「・・・・それだけなんですか?」


 「・・・・んっぐ・・・!」


 がんがん! がんがん! がんがん! がんがん!


 「・・・・どうか・・・お許し頂ける・・と、幸いです・・!」


 「・・・・・・・・・・。」


 こーんっ・・・こーんっ・・・こーんっ・・・


 「・・・・・・・・・・変態」


 「・・・・・・・・・・。」


 「・・・・・・少女趣味」


 「・・・・・・・・・・。」


 「気絶して動けない女の子にしか興奮できない異常性癖―――」


 「黙って聞いてればいい加減にしろよこむす『がぁぁぁぁぁぁぁん!!!!』お嬢さん落ち着いて話をしましょうか・・・っ!」


 春の陽気溢れる日差しが降り注ぐ中、男と少女の話し声と金切り音がエリィナ村に響いていた。

 男の方が完全に腰が引けており平服しかねない雰囲気で、少女の方は声に嫌悪感と怒りが滲んでいる。

 そして、おまけとばかりに鍋や農機具がぶつかり合う異音が、はやし立てるコールのように少女の声に追随している。

 男が言い訳めいたことを話そうとしたならば大きな音が鳴って警鐘でも鳴らすみたいに大合唱し、少女が話し始めると同意でもするみたいに子気味良いリズムを刻む。

 意思疎通のための言語を用いているのは二人だけ。

 だというのに、現場は死刑確定の異端審問さながらの針の筵である。


 まぁ、それはそれで。


 その異様な光景を物珍しそうに、または面白そうにニヤニヤと笑みを浮かべて通り過ぎる者はあっても深刻そうな表情を浮かべるのは、筵の中心に立たされている男以外にはいない。

 詰まる所、これはエリィナ村での日常的な光景の一つであるのだ。

 何はともあれ。

 麗らかな日差しのもと心地よく気温は上がって、近隣の野原には小さく可憐な花が咲き誇る。

 誰も彼も任された仕事場へと歩いていき、今日も今日とてエリィナ村は平和なのであった。

 ただ一人が公開処刑を執行されているのではあるが。

 その別段尊くもない犠牲のもとに平和が成り立っている、と。

 そういう事に、なっているのだ。

 

                   ▽▽▽


 エリィナ村の中心地、上空から見下ろしたならば六角形になっている建物は、広々としており村人が全員入ったとしても余裕のある大きさを有している。

 六角形の各頂点に柱を置き、傘を広げるような形をしている屋根。使われている木材は建造からの歴史を感じさせる年季が刻まれて、壁や窓枠などはその跡が如実に表れている。

 雨風による変色、浸食に始まって、建付けが悪くなった玄関口、強風に飛ばされて何度も修理をした形跡のある屋根。

 探さずとも無数の傷が建物には刻み付けられているのが見て取れる。

 それは正しく、この村がいかな困難が見舞ったかという歴史を語る一編を記すものでもあり、村人と生きた証とも言えるものだ。

 そして、その内部にも違う種類の傷跡が残っていた。

 加工した時にはなかった、人肌優しい木の丸み。

 自然と吸い付くような感触は、人の手が触れて、少しずつ少しずつ削ることで出来た傷跡だ。

 戸口の取っ手、廊下、据え置かれた拡張高い机まで。爪や手のひらなんかで新しい傷を増やして、そこに暮らす人たちの生活の匂いまで染み込んだ跡が刻まれている。

 それは毎年、細やかながらも執り行われてきた村祭りの跡であったり、丹精込めた畑が全滅して食糧難になった時に刻まれた喧嘩の傷であったりと、内側には人の生きた証がしっかりと残っている。

 外は外因による傷跡が、内は生活の名残が。

 清濁併せて、苦楽も一緒くたに混ぜ込んで、エリィナ村の人たちにとっての拠り所『包糸館』は大災の地に力ずよく立ち続けている。

 そして。


 (・・・・・・・・あぁ・・・こんな感じの場面ばっかりだな最近)


 挫けそうになっている男が一人、その歴史ある建物の中にいた。

 まぁ、言わずもがなのレノ・クラフトである。


 (・・・・・・・気絶した振りして逃げられないかなぁ)


 どうしようもない現実逃避を脳内に垂れ流して、一向に改善されない現状を見据えて匙を投げてしまおうかと本気で考えてみる。


 (・・・・・それが出来れば苦労はしないんだけど)


 考えてみて―――その無意味さを推し量るべくもなく考え付いて脱力するように溜息を付くしかなかった。勿論、誰にも察せられないくらい小さくではあるが。

 

 (そんで・・・こいつはどうしたもんかな?)


 レノの視線の先、机を挟んで椅子に一人の少女が座っている。

 俯き加減になって押し黙ってしまっている彼女は、昨日森の奥から保護した―――つもりだったりするが、本人としては拉致されたと勘違いしている人物である。

 彼女に施したくつわや拘束に関しては、レノ達と彼女自身の安全のための措置であり、そのことについて説明を求められたならば直ぐにでも当時の状況、それに伴った危険性等について話をすることが出来る。

 何なら少女自身が行った行動がいかに命知らずなことであったか、それについて聞かせたいまであったりする。

 しかし、それ以前にレノがしでかした、とされる少女に対する暴行(誤解である)尊厳を考慮しない行い(・・・誤解だって)が村中に拡散されてしまい、レノ・クラフトは民意という平等不可避な意思決定の名の元に審議に掛けられることになったのだ。


 (民意って表現を曖昧にしてるけど結局は多数決に違いないんだよなぁ・・・・)


 正しい事が正義なのではない、時には人づてに広がっていく無数の誤認や虚言で出来た事実こそ唯一の真実以上の価値がある、と。

 そんな実にどうでもいい感想を思い浮かべては、たまらなく頭痛を覚えるのであった。

 長年連れ添った家族みたいな関係だと、信じていた人たちであっても、群衆の愚かしさは一度蔓延してしまえば取り除くことは容易ではない。


 (・・・・・まぁ、だからと言って()()はないだろ・・)

 

 この包糸館は入り口側を除いて、他全面に窓が設置されて外の景色を室内であっても見渡すことが出来るようになっている。

 夏などは風が通って涼しく、冬は逆に熱が逃げるばかりになってしまうが、その作り事態はとある意図があってのことだ。

 中で行われている話し合いを誰でも気軽に聞きに来れるように、小さい村だからこそ政には無関心にならないようにと、そんな願いを持って設計されたのだ。

 そして、今も熱心に集まる聴衆の姿があった。


 かんかんかんかんかんかんかんっ!


 「女の子泣かせておいてだんまりとは何事かぁ!」


 ごんごんごんごんごんごんごんごん!!


 「人でなし! 鬼畜!」


 がん! がん! がん! がん! がん! がん!


 「誠意ある謝罪を、しろぉー!」


 こーんこーんこーんこーんこーんこーん!!


 「そんなことをして娘さんに合わす顔があるんですかっ!?」


 ばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばん!!!!!


 「そうだー。 ムスメさんが泣いてるぞー」


 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃっ!!!


 「あーやまれ!」 「あーやまれ!」 「あーやまれ!」 「あーやまれ!」 「あーやまれ!」


 『謝れぇぇぇぇぇ!!!!!』


 (あぁ・・・ついに声まで出し始めちゃったよ・・) 


 熱心な聴衆こと、裁判官兼執行人の方々だ。

 思い思いの金属具を持ち寄ってがちがちと大音量を出し続けている様は、どこか悪鬼じみた姿を髣髴とさせ、レノを排斥すべく罵倒を飛ばして瞳には純粋な正義を漲らせていた。

 はっきり言って恐怖しか感じない。


 (ははははっ・・・メルニアの持ってるのは鍋蓋か。 にぎやかなはずだ)


 (・・・・・あっちはエルザとケビンまで・・・鍬はねぇだろうよ・・何耕すんだよ)


 (・・・・・・・・やめて、やめてくれミシェル。 お前までシルバーを手にしないでくれ)


 (・・・ほうちょう? 包丁なの? 直接的すぎませんか・・・?)


 (エリーに関して言えばよりによって何でお玉? ははは、お笑い枠? ・・・・・・いや、何で笑顔でスナップきかせて素振りしてんの・・・? 一体何を抉ろうとして―――待て、考えるな)


 そんな有様で、声だけでなく視界に入れることにも恐怖してしまうのである。

 

 (・・・・・・・・・・・・・あー・・・・・)


 現状、レノが少女を目の前にして、村人たちによる誘導尋問まがいのことを行われているのは、あくまで少女に対しての聞き取りをするためという建前があってのことだ。

 それを前提として、こんな場が設けられているのは大変遺憾な訳だが、実際の現場はというと建前など一切気にした風もなく黙殺されている。

 当然と言えば当然の結果、ろ過されることなく垂れ流される正義感は異様な熱量を放つものだ。

 しかし、まぁ。

 それはそれとして既に二時間ほどが経過してしまっていて。

 日は高く上り、時間帯は少しづつ朝から昼間へと移行していく。

 レノとしてはこれ以上、無駄な時間を過ごすことに意味を感じれないし、何より一刻も早くこの場を脱したい。

 

 (・・・・・・・・これ以上は精神衛生の観点から・・・・あぁ御託はいいや・・・もうむり・・)


 声を出すことは勿論、呼吸のために肺を動かすのさえも虚脱感が付きまとう。

 連日の出来事もレノの精神を疲弊させて余りあるというのに、村人に集団で攻め立てられている状況は十分にレノにとって致死性のある攻撃だ。


 (・・・・・・そう・・・だから、あきらめる・・・・・)


 だん! と、完全に脱力して机に突っ伏すレノであった。


                    ▽▽▽


 (・・・・・動かなくなっちゃった)


 さっきから微動だにせず机に突っ伏している男の反対側。

 件の少女は何をするでもなく、微動だにしない男の正面に座り続けていた。

 

 (どうしようかな・・・・ここから出てっていいかな?)


 正面に座るレノ・・・なんたらが動かなくなってしばらく経つが、その彼には微々たる変化も見られず、時間ばかりが無駄に過ぎ去っていっている。

 そのこと自体には特に何かを感じる訳ではない。

 寧ろ、少女自身の生活歴を洗ってみると、これと言って何かを達成したような有意義な過去は存在していない。

 ふらふらと、あるにあるまま気の向くままに。

 働き口さえも、自宅から通いやすいからと近所にしたくらいだ。

 そんな気性で生きてきて、特別強い意志でもって行動したことは皆無といってもいい十数年。

 その積み重ねに、一時間、二時間と無意味な時間があったところで気にするほど神経質な生き方をしてきていない、と思う。


 (・・・・・・・・でもなぁ)


 それでも今は、出来ればこの場をお暇してしまいたいのが本音であった。

 何せ、目の前には自分を簀巻きにして動けなくした挙句に、存在を忘れて放置した張本人がいるのだ。

 どんなに能天気な生き方をしてきたところで限度というものがある。

 

 (・・・・・正直、まだ怖いし・・・近くにもいたくないし・・)


 今は背後で野次を飛ばしてくれている人たちがいるから落ち着いた風を装えてはいる。しかし正直なところを言ってしまえば、さっき言い返されそうになった時などメチャクチャに怖かったし、黙りこくっているのは内心怯えに怯え切ってしまっているからなのだ。

 そればかりか、何の関わりのない村の人にも若干の不信感を抱いてだってする。

 そんなの感じることも申し訳ないとも思うが、簀巻きにされた記憶はそれだけ強烈に刻み込まれた、今すぐにでも忘れ去りたい傷跡なのだ。


 (・・・無駄に明るいだけが取り柄とか言われてたけど、無理なものは無理! ・・・怖いんだから仕方ないんだよぉー・・・・)


 最初こそ、「せっかくだから言いたいことを言ってやるぞ!」など息まいてみたものの、結果としては俯いて小さく縮こまっていることしか出来ていない。

 勢いに任せて一言、二言くらいは呟けたが、それも一瞬のことであった。

 それ以降、一言だって口を利けなくなってしまったのだから、なんと自由意思とは儚いことか。


 (あぁ・・・ホント、もう帰してくれないかな・・・・・そろそろお腹も空いてきたし)


 半ば諦め加減で視線を上げてみたが光景は変わっておらず、屍みたいに動かないレノ何某が映るばかりだ。


 「・・・・・・ハァ・・」


 小さく、誰にも聞こえないように溜息を吐いて、どうしたものかと再び俯き加減になって―――


 コトッ、と木の机に白磁のカップが置かれた。


 「・・・・・・・え?」


 誰がとか、どこからとか。

 そんな疑問符が縦横に駆け巡って、でも答え何かは出てこないまま呆けた声だけが出てきた。

 自然と視線はカップを置いた腕が伸びる少女の右側、そこで何も言わずに給仕をこなす女性へと向けられた。

 金糸のように細やかな髪を後ろに括って、慣れた手つきでティーポットを扱う女性が、音を立てないよう配慮して静々と紅茶を用意してる。

 今の今まで隣にいたとは気づかなかった。

 それほどに自然に馴染んでいて、それ故に一層しぐさの一つ一つが目を引く魔力が宿っていた。

 

 (きれいな人・・・)


 涼やかに細められた瞼、すらっと長い指にきめの細かい肌、束ねた長い髪が風に柔らかく揺れる様子も。

 すべてがただ単純に綺麗で、優美で・・・・・いくら美しさを讃える言葉を尽くしたとしても、彼女の前では陳腐な模造品程度にしか意味をなさない。

 

 (でも・・それくらい綺麗だ・・・)


 もう一つのカップに紅茶を注ぐ、彼女がしていたのはそんな単純な作業だったのに。

 それに伴った動き全てに魅了されて、当たり前に何も考えずに目で追いかけていた。


 「・・・・冷めないうちにどうぞ?」


 「―――――――え?」


 目が、合っていた。

 さっきまでは何も推し量らせない落ち着いた表情をしていたのに、口元は弧を描いて、軽く首を傾げて悪戯っぽく微笑む女性―――いや、少女がこちらを見ていた。

 

 (・・・・・・っ・・・!)


 ドキリと心臓が跳ねた。

 どこかの令嬢みたいな冷たさを纏っていたかと思えば、同い年くらいの身近な親しみを感じる雰囲気になって微笑んで見せる。

 たった一瞬で印象を塗り替えられ、同姓であるというのに不意打ちで拍動は高鳴るばかりだ。


 (き、綺麗から一気に可愛いになった・・・!)


 目を回すくらいの変わり身の早さを前に何も言えず。

 いや・・・果たして言葉を用いることが必要なのか、と。

 根本的な疑問を吟味して、その無意味さには欠片ほども気づかずに思考を回し続けて、でも少しも視線は外すことなく少女と合わせたままで。


 「・・・・・・・・ぁ」


 何かを、口にしかけて、


 カチッ、と。

 カップがソーサーに置かれる音が聞こえた。


 「・・・・・。」


 普段なら気にすることのない日常の音。

 しかし、この時はやけに大きく聞こえた気がして、開きかけた口を閉ざしてしまった。


 「美味しいよ、レイラ」


 そして。

 正面、動かなかった男が何食わぬ顔で少女の入れた紅茶を口にしてるのであった。

 

 「()()()


 ・・・・怪しげに、そう笑って見せて。


六話目です。

今回は短めになりました。


早く書けるようにしたいものです・・・。


また、よろしくお願いします。

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