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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
49/50

高台には二人

 『かんぱーい!!!!』


 ガラスよりも少し鈍い音と共にお決まりの文句を大声で叫ぶ。

 やかましい位の笑い声に、大皿に並んだ数々の料理。

 今日ばかりは無礼講だと滅多に振舞われない酒まで持ち出されて、エリィナ村は僅か数日の期間で村人全員を巻き込んだ宴会を開いていた。

 子どもは走り回って、男どもは酒を片手に、女衆は持ち寄った手料理を肴に酔った男どもの愚痴合戦。

 往年の衆は古い楽器を取り出しては思い思いのセッションを始め、


 「・・・まったく」


 それを遠く―――村はずれの高台から様子を眺めているレノは心底呆れたという風にため息を吐いて、


 「昨日まで歩けなかった奴らが酒を呷るな、バカども」

 

 静かに、しかし笑みを湛えてレノは呟いたのだった。


                    ▽▽▽


 あれから三日。

 アレンとカザリの持ち帰ったシュメイランの花を加工し、薬液を制作するのに一日と半。そして、それらを服用できる状態にして病人たちに飲ませて様子を見守っていたのが昨日。

 この三日目には病院として開いていた火定館に残る住民は居なくなり、溜まりに溜まっている仕事をホッポリ投げてどんちゃん騒ぎをしている。

 果たしてそれを体が丈夫だとか、健啖家だとかと言って良いのか判断に困るが・・・。

 

 「ま、元気が無いよりかはいいよな」


 彼らがダウンして正味五日。

 最低限の穴埋めくらいは出来ているだろうが、明日からはカザリの来訪を祝った日とは比べ物にもならない労役が待っている。

 その細やかな反抗、とも思えばレノであっても可愛らしいと思わなくもない。

 僅かなモラトリアムを楽しめばいい、と。やがては歪むだろう明日の姿を思いながらレノは高台の任に付いていた。

 

 「緩やかな西風。 周辺に怪しい影も無し」


 そう言って、火定館よりも高い見張り台で村を囲う壁の周辺を流し見る。

 時折、中型の肉食獣なんかも近くを徘徊する様子が見られたりするのだが今日に限っては平和そのものだ。

 

 「・・・というか、あんな巨大な熊が出て直ぐに害獣トラブルとか無いだろ」


 そも春先の頃に活動的な生物は殆どいない。

 冬眠すらしていなかった大熊が完全に異常だったに過ぎず、そんな大熊が大いに暴れてくれた影響で森の生物たちもしばらくは息を潜めて過ごしてくれるはずだ。


 (と言っても、例外があるからこうして警戒してる訳なんだけども)


 しかし、今日に限ってはその例外も出てこないような風向きだ。

 よって黙って森の様子を見ているだけでは余分な音や香りが意識の隙間を縫ってはレノの思考を鈍らせていく。

 日も傾きかけて影が長くなってくる頃、油断ならないのはこれからなのは分かっている。分かってはいるが・・・。


 「・・・こうも騒がれると、ちょっと惜しい事したかって思えるな」


 現在、エリィナ村には四か所の見張り台が立っている。

 つまりはレノを除いてもあと三人、祭りに参加できずに割を食っているヤツがいる事になる。

 それだけを思えば損をしているのは自分だけではないと昏い勇気を持てたりするのだ。

 しかし、どうもそんなものでは満足できなくなってくるのが人の性というもので・・・。


 「・・・酒瓶の一本くらいはくすねてくるんだったかな」


 呟いて、何にもならないのだと分かりきっていているのでため息を吐くしか出来ないレノであった。


 「・・随分と暇そうですね」


 「あ?」


 なので、その遠慮がちな声が掛かるとは予想もしておらず、レノは珍しく呆然と目の前の人物を見つめて、


 「どうも・・・」


 「祭りの主役がこんな所でなにやってんだよ」


 気まずそうに身をよじるカザリに、レノは思わず笑って返した。


                    ▽▽▽


 「お、上手いなこれ」


 「レイラさんが持たせてくれたんです。 多分、暇をしてる頃だからって」


 「ははっ、流石はオレの娘だな。 お見通しって訳か」


 時間は少し進んで夕日の頃。

 レノとカザリは二人で見張り台に腰をかけ、カザリが持ち寄た大皿の料理を摘まんでいた。

 怒涛の製薬作業に追われて森から帰ってきて以来、真面に話をする場も作れていなかったレノとしてはカザリの心境を確かめるいい機会だと、渡りに船の心持ちだったのだが、

 

 「しかし干し肉なんて残ってたんだな。 冬越しの間に全部消費したもんかと思ってたが」


 何故だか、そうした真剣な話を切り出す気分にはなれず。

 さっきから口に出るのは祭りの皆の様子だったり、レイラと料理の手伝いをしてきただったりと狭い村での世間話ばかりをしていた。


 「食堂のミアさん・・? が、棚の奥の方で隠してたんだって」


 「・・・・それ聞いちゃったら喜べないんだが? てか食べちゃったじゃんかよ」

 

 「食べちゃいましたね」


 「・・・・てか、カザリ。 そう言えば一番に皿を差し出して食べるように促してきたよな」


 「レイラさんに『持って行ってあげて』と頼まれたんです。 こうしてあなたの許しを貰うまでに手を付けるだなんて失礼なことしませんよ」


 因みに、カザリは重く受け止めていないが冬季の食事事情は常に切迫している。

 もし食料を個人で隠していたとなれば大問題になるのだ。


 「いやいや、そうと知ってたなら・・・・・・・・・・・」


 「ほら」


 「いや! いやいや! オレも村の長としてだな。 締めるべき所はキッチリとすべきだと―――」


 「実はお酒も預かってたりして」


 「・・・・・・・・・・・。」


 ゴトン、と黒い瓶が置かれる。

 間違いない。この村で醸造した物ではなく、いつか祝い事に開けようとレノが心に決めていた秘蔵の一品だ。


 「・・・・・・・・これ、を・・・どこで」


 カザリは「さぁ・・?」と不思議そうにするばかりだ。

 

 「カザリ」


 「んー?」


 「これを受け取った時に何か言われたか?」


 カザリはむぐむぐと頬張ったハムを噛みしめて、飲み込んでから一言。


 「食べたなら共犯だって言ってましたよ」


 そう言って、涼しい顔で分厚く切られたハムをカザリは一口で食べていた。

 

 「・・・・・。 ま、食っちまったんなら仕方ないか」


 暗に『黙ってないなら分かってるな』のムーブを決められて敗北宣言をするしかないレノであった。

 それに祝い事といえば今日もそれに当たるだろう、と。

 

 「カザリ、グラス寄こせ。 どうせ二つ持たされたんだろ?」


 「ん、んー」


 こくこくと頷いてバケットからお馴染みの樹脂コップが出てくる。

 それを受け取って手早くコルクを引き抜くとコップの七割ほどまで注ぎ入れ、


 「ほれ。 乾杯だ」


 ガラスのような高い音は鳴らないが、気分だけはワイングラスを思って。

 レノは静かにグラスを傾けた。

 

 「ふぅ・・・・」


 一時、見張り台の任を忘れて耽る。

 

 「ん!? んー!?!?」


 隣では喉を詰まらせたらしいカザリが勢いよくグラスを呷っている。

 遠くから聞こえる騒がしい声も、酒を味わう雰囲気にはそぐわない。

 しかし、レノは少し愉快な気持ちで目を閉じて、


 「レノさん」


 と、まだ若干喉が辛そうなカザリが名前を呼んでくる。そして、


 「少し、いいですか?」


 ようやく真面目な話が始まるか、と身構えていたレノは「あぁ」と応じる。

 カザリの今までの行動から考えて自発的にレノの元へ現れるとは考え難い。それでもレノが待機している高台にわざわざ足を運び、賄賂も持たされて来たのだから相応の理由があると思考は判然と巡り、


 「それで、話したい事って何だ?」


 どんな反応が返ってくるかと、事前に幾度も予想した内容を反芻して、


 「レノさん、私は―――」


 「・・・・・・・。」


 ――ここから出ていきます。

 ――ありがとうございました。

 

 そんな、最悪の予想に胃を痛めながら、


 「―――あなたの思惑通りに、この村で生きて行こうと思います」


 「・・・・ん?」


 予想に反して、カザリは逆の事を言ったのだ。


                   ▽▽▽


 「あー・・・・それは、良いんだが・・・・」


 思惑通り、とは・・・、と。


 「・・・・?」


 「いや、そこで疑問符を浮かべないでくれ。 オレの方が分かってねぇのよ」


 言いたい事は言ったとばかりにハムに齧り付いているカザリを前に、レノの方はそれどころではないと慌て気味に問うて、


 「だってレノさんは私にエリィナ村に留まって欲しかったんでしょ?」


 「あ、いや・・・・そ、れは・・だな」


 より具体的に思惑を言い当てられて更に慌てる。

 反射で「それをどこで聞いた!?」などと墓穴を掘る事態は避けれたが、その心配すらもう手遅れなのかもしれないとレノの心臓がいっきに引き絞られる。

 事前に心構えをしていたなど笑い話だった。予想もしていなかった斜め上の言動にレノは翻弄されるばかりだ。


 「・・・何を固まってるんです?」


 「・・・・・どんな反応すればいいのか処理しきれないんだよ」


 そのまま頭を抱えて転がり回りたい衝動を必死に押さえながら、レノは「質問だ」と一言。


 「そんな風にオレがお前に言った事ないよな。 何でそう思った?」


 「・・? 不思議なことを聞くんですね」


 などと言うカザリはしれっと、


 「アレンさんが教えてくれたんですよ」


 「アレンが・・?」


 カザリは「はい」と頷く。


 「シュメイランを探している道中に色々と話を聞いたんです。 村の事、生活の事、レノさんについての事とか」

 

 「・・・・・・それ聞いただけで胃が痛くなるんだが。 それで?」


 何を聞いてしまったんだお前は、と珍しく緊張した面持ちで、その内心を隠す余裕も忘れてレノはカザリに尋ねていた。


 「・・・・・。 説明が面倒なので、その時の口調からそのまま再現するとですね」


 「・・・・。」


 「『レイラは養女だから君も大丈夫だよ』」


 「待て」


 レノが思わず制止する。


 「・・・・・それ、色々と端折ってないか?」


 「そのままだと長かったので」


 長かったで端折った結果があんまり過ぎやしなかろうか、と。

 というか、『養女』『大丈夫』の文句で妙な生々しさがあるのは何故だろうか、と。

 

 「確かにレイラは実の娘じゃないがな・・・・何が大丈夫なんだ?」


 「えーっと・・・『先生は若い子が好きだから―――」


 「待ってくれ」


 語弊しか生まない言いようにレノが頭を抱える。


 「何を省略したらそうなるんだ・・・」


 「え、割とそのままですよ?」


 「それが事実だったらオレはアレンと縁を切らなくちゃならいんだが」


 十七年の絆がこんな事で崩れるなどあってはならない、とは思うのだが。

 それはそれとして「いやー、先生って若い子が好みだからさぁ(笑)」とにやけるアレンを何故だか想像できてしまうのだ。


 「日頃の行いから絶対にあり得ないって分かってるんだけど・・・・って、そうじゃなくてだな」


 無駄な脱線が多いとレノは咳ばらいを一つ。


 「・・・つまる所、お前はアレンから何を聴いて納得したんだ?」


 「・・・・・・・。」


 そもそも尋ねていた問いを投げかけるとカザリは唇を尖らせて、


 「・・・言いたくない、って言ったらどうします?」


 「無理、気になる。 言ってくれ」


 「・・・・・。」


 アレンの名誉のために、と心中で付け足し、レノは続く言葉を促す。

 むっと真一文字に口を引き締めたカザリは「はぁ・・・」と諦めらしく、


 「アレンさんが言ってたんですけど・・・レノさんは昔、森に入り込んじゃったレイラさんを引き取ったって聞いたんです」


 「うん、それは間違いない」


 もう十年も前の出来事だ。

 当時、何かの間違いで森へと張り込んでしまった親子。その生き残りがレイラで、レノはそれを不憫に思って娘として育てたのだ。

 カザリには何となく伝え損ねていた話だ。


 「で、アレンさんはあなたがその時のレイラさんと私を重ねているんじゃないかって」


 「ん? ん・・・・・?」


 「森の中で一人っきりで、行く当ても無かった所とか。 その・・・先生には放っておけなかったんだろう、って」


 「お、ん・・・・・」


 歯切れ悪く話すカザリに、困惑しながら頷くレノ。

 何やら勘違いが加速して、ありもしない加工がされているアレンの主張にどう反応したものかと思っていると、


 「それで・・・」


 ここでカザリが言いよどむ。

 レノが覗き込むと赤いやら、青いやら分からないような顔色をしたカザリと目が合い、


 「そ、の・・・・もしかしたら、私を娘にしたいんじゃないか・・って」


 「・・・・・・・・。」


 気まずそうに話したがらなかった理由がよく分かった。

 アレンのレノびいきな言動が絶妙な刺さり方をしていたらしい。


 「絶対にないから安心しろ」


 「ですよね・・・」


 まるで怖気が走るとでも言うような表情から一転してほっと胸を撫でおろすカザリ。

 それをレノは複雑な思いで見つめて、


 「ま、アレンに何か聞いたって時点で察せるものがあったが・・・・お前がこの村にいてくれればいいと思ってるのは事実だ」


 「はい?」

 

 半ば暴露されたようなものだと諦めて、レノは本音を漏らす。


 「心配せずとも娘云々なんてのは絶対に無いが・・・この村にオレの代わりになりそうなヤツがいてくれるのは純粋にありがたい」


 現状がオレのワンオペ状態で休みが無いんだよ、と。


 「それに今回のように複数のトラブルが同時に発生するれば、どうしても素早く対処しようにも身動きが取れなくなる。 それを偶然にもお前が補填してくれる動きとなった訳だ―――まぁ」


 前にも言ったが、と前置きし、


 「お陰様で誰も死なずに今日を迎えられている。 名ばかりの村長としてだが感謝してるよ」


 レノ自身でもらしくない事を言っていると自覚はある。

 カザリも「む」とか「ぐ」とか呻き声を零して居心地悪そうに悶えているのだから尚の事。

 ただ、それを押して言い切ったのは、ここで逃してしまえば曖昧な言い逃れをされてしまいそうだと察したからだ。


 「で? 村の恩人、カザリ殿。 返事をお聞かせ願いますかな?」


 「・・・・ぐぐぐぐぐぐ・・・」


 カザリは体を折り曲げて悩んでいるようで、


 「・・・・・。」


 瞑目し、


 「・・・・・・・・。」


 唇を噛み、


 「・・・・・・・・・・・ハァ・・」


 息を吐いて、


 「・・・・・・・・・・・・・はい」


 「随分悩んだな」


 村に居る、とはっきりと言葉にしておきながら往生際が悪いカザリの様子にレノが思わず突っ込む。

 するとカザリは「だって・・・」と澱んだ目をしており、


 「・・・それを承諾するのはレノさんと過ごす時間が増えるって事でしょう?」


 と、実に憎らしい―――もとい、変わらないカザリ・キリシアだった。

 

すいません。

生存報告です。


次で最後かも?

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