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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
48/50

分かつ両者

 「大丈夫か? 怪我は・・・してるみたいだが」


 「あ・・・え・・・えっ?」


 まるで世間話でもしているような語感で語り掛けられガザリは眼を白黒させる。

 何が起こっているのか。そもそも何でここに居るのか。

 そんな言葉が頭を掠めて、


 「・・・っ!」


 「おっと・・・流石に警戒してるか」


 背中ごしに首を向けてくるレノの前方――カザリにとっての後方で巨体が躍動する。

 目を剥くような俊敏さを発揮して、カザリ()との間にフッと湧いた異物を観察すべく距離をとる。

 

 「Grururururu......」


 「対応にも迷いがない。 いやぁ、ホントにお前等ってクマか?」


 視線を逃げた大熊に戻しながらレノはこれまた落ち着いた様子で眺めている。

 どういった所感での言葉なのか、大熊に語り掛けるような口ぶりで、特に警戒して構えを取るでもなくダラリとただ立っている。

 ここまでくれば冗談だと信じたくもなるカザリだが、


 「そんで? またダウンしてるアレンは生きてるのか?」


 またしても熊から視線を外し、首を回してカザリとアレンの様子を気にかけてくる。

 

 「・・・・二人で流されてしまって。 アレンさんは自力で動けません」


 救世主が現れたのかと、安心してもいいのかと迷う暇も余裕もない。

 カザリは自分の感情は無視して事務的に状況を説明する。

 対してレノは「悪運が強いな、お前らは」などと笑って、


 「アレンに至っては二連続で動けないんだろ? オレもだが呪われてんのかねぇ」


 「・・・・せん、せ」


 震える唇で答えるアレンを「少し待ってろ」とだけ言うとレノはまた背を向ける。

 その姿を見るだけのカザリは不安しか無く、


 「・・!」


 レノの背中から向こう。真っ黒な毛並みの大熊が血を流しているのを見た。

 

 (さっき・・・血が流れたのは熊の方だったんだ)


 てっきりレノが齧られたもと、と。

 レノへの心配を標準装備で外しているカザリが一縷の希望を見る。

 

 (ケガを負わせられるなら勝機だって・・・!)


 そこまで思って、しかしレノはというと「あ!」と緊張感もない声を上げて、


 「いっけね、補充してくるの忘れてた・・・」


 「・・・はぁ!?」


 「やばぁ。 もう空なんだけど」


 「・・・・。」


 何が、とは問うまい。

 ただ絶体絶命なのだということだけは分かった。分かってしまった。


 (・・・・逃げる準備をしておこう)


 当然、レノを囮にしてだ。

 もうそこに迷う余地はない。即断でもってカザリは決意した。


 「・・・逃げる準備が早くないか?」


 知った事か、と。

 カザリは無視してアレンを肩に担ぐ。さしものアレンも今度はカザリに体を預け、震える足で懸命に立ち上がろうとしてくれた。

 この醜態にアレンでさえも愛想を尽かしたかと思われたが、


 「・・・勝算は、あるんですよね」


 「お前は相も変わらず人の心配ばかりだな・・」


 呆れて笑うレノ。

 

 「問題ない。 じゃぁカザリ、頼んだぞ」


 「・・・・・・・・死なないで下さいよ」


 終始、このレノ・クラフトという人物に抱く感情は安定しない。

 だから伝えるべき言葉をカザリは正しい意味で持っていない。その弊害で縁起でもない事を言い逃げしていくカザリに、レノは一言。


 「当り前だ」


 カザリは背中で声を聞き、


 「Gruuaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」


 大熊が様子見から撃退へと方針を転じる音が、次いで耳に届いた。


                    ▽▽▽


 ソレ―――大熊の子が取った選択は至ってシンプルだった。

 正面からの突撃。

 巨体と重量を活かした物量による圧殺。

 相手にはソレの皮膚を切り裂く程度の攻撃能力があるのだとはもう理解できている。

 そして絡め手を使ってくる事も。

 だからこそ選択の余地を殺すために最速でもって刈り取るのだ、と。

 自らの煮えたぎる怒りを燃料に、ソレは全力で疾駆する。


 「早い」


 感嘆か、称賛か。

 目の前の生き物が頬肉を上げる。


 「..........!」


 瞬間、ソレの視界に一本の線が浮かび、


 「......Graaa!!」


 皮膚がまた裂ける。

 咄嗟に首を動かしていなければ眼球が抉られていただろう事実に、ソレの突進が止まる。


 「・・・早い!」


 意味の違いを解さず、しかしソレは獰猛に笑う生き物の反応を見て体を躍動させる。

 ソレが見たのは生き物が投げ放つ光る石の軌跡。

 無造作に弧を描いて投下される小さな一粒一粒を目で追って、


 「....Guuuuu!!!!」


 「おぉ・・・さすが」


 その落ちてくる石ころを無視する。

 ソレが見るのは上では無く、生き物のもう片方の手に収まる物だ。


 「投げる物に何かしらの効力があると理解してる分で騙せるかと思ったんだがなぁ」


 言って、生き物が袖口で隠した物を掲げる。

 淡く、一定に発行する細長い何か―――人間の知識で表すところのナイフを、ソレは自らを傷つける元凶だと確信する。

 小さな体に見合った矮小な爪だ、と。

 ソレは再び悠然と佇む生き物を前方に捉えて、


 「Gruuuaaaaa!!!!!」


 対処すべき方法は確立している、と。

 多少の負傷を覚悟してソレは突っ込んでいく。

 今度は力を緩めずに、半端な加減などせず全力の膂力を発揮して、


 「・・・っ!」


 明確に生き物の顔が歪むのをソレは見た。

 捕らえた、と。爪の必中距離を踏破し、躊躇なく爪を振り抜く。

 振り抜いて・・・しかし、伝わるはずの感触が無く、代わりに硬質な地面を叩く感触だけが手に伝わる。


 「...!?!?」


 「悪いな。 それをされたらオレは直ぐにミンチになっちまうもんで」


 眼前、確実に獲ったはずの命が立っている。 


 「生憎と、こうした小細工を専門にしていてね。 お前はもう逃げられねぇよ」


 意味の分からない音ばかりを吐き散らす生き物に、ソレの怒りのボルテージが上がる。

 

 「Gruuuaaaa!!!!!!」


 咆哮、そして爪を振るう。

 

 「残念」


 しかし、これも当たらない。


 ブンっ


 「ダメダメ」


 ガンっ


 「惜しいねぇ」


 ガアンっ!


 「まだまだ」


 ガンガンっガっ―――リガリガリガリっっ!!!


 「はっは・・・爪がめくれちまうぞ」


 ひらりひらりと、落葉が舞うように姿が眩んで揺れる。

 ソレの眼には確かに腕の振るう場所に生き物がいるように映っているのに、振り切った後には何も残らず、一歩離れた所に現れている。

 まるで幻覚を見せられているような感覚に、ソレの怒りは頂点に達しようとしていた。

 

 「ほれ、ここだぞ。 今度こそ当たるかもしれんなぁ」


 そして、そんな事は分かりきっていると言いたげに生き物が得意げに誘ってくる。

 誘われたが最後、同じ結果しか得られないだろうと高をくくって、だ。

 だから、ソレは


 「...................Gruuuaaaaa!!!」


 鋭く息を吸ったかと思えば、何もない場所に向かって勢いよく振り上げた両腕を叩きつけた。


 「・・・・っ!!」


 ソレの目端に焦ってよろける生き物の姿が映った。

 避けるという動作すらも必要ないと言わんばかりの様だったのが驚いた顔を晒している。

 

 「.......Graaaaaa!!!!」


 そして、ソレは有効打だと確信して、


 ドゴンッ!


 「おわっ!」


 ゴォォン!


 「ちょっ・・!」


 ガン! ガン! ガン!


 「待てってぇ!!」


 そこに居るだろう場所を次々に叩き潰していく。

 そうして生き物は息を荒げていくようになり、


 「オレの・・・匂い・・を辿ってるのか・・!」


 それでもまだ頬を歪めて笑うのを止めない。


 「Gruuuuuu!!!!!」


 優位に立っているのはソレのはず。

 体格も、膂力も、距離(リーチ)も圧倒している。

 対してあの生き物は遠隔で攻撃する術はあるものの一撃でも入れば死は免れない。攻撃も命にはまるで届かない。

 勝ちの眼は存在しない、はずなのだ。

 だというのに、笑う事を止めない。

 ソレを侮辱するのを片時であっても止めやしないのだ。


 「..........Guuuuuuu」


 煮えたぎる怒りの背後に、ソレは少しの寒気を感じ取る。

 どこまでいっても手の平の上で遊ばれているような。何をしたって無駄に思えるような―――


 「どうした?」


 声。

 続いて右目が潰れた。


 「Graaaaaa!!?!?!」


 「ほら、ぼーっとしてる暇はないぞ? でなきゃ死ぬか?」


 痛みが神経を通って脳を焼く。

 何か、考えていたような気もするが――――そんなものどうでもよくなった。


 「Graaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!」


 ソレは後ろ足に力を込めて、全力で匂いの元へと疾駆した。


                    ▽▽▽


 水しぶきを上げて巨体が爆速で迫ってくる。

 空気を切り裂いて、当たる物すべてをなぎ倒していくような様は、アレク連合国の中心地を走っているという鉄道なる乗り物を想像させた。

 レノはそんなものは乗った事も見た事すらも無かったが、偶然に聞き及んだ話を何故か思い起こしていた。


 「今、思い出すもんではないけど」


 呟いて、怒りのままに迫る大熊を迎え撃つ。

 大熊の右目を抉ったナイフ形の魔法具―――その柄を持って、大熊へと狙いを定める。

 距離はせいぜい五メートル。

 あの大熊であれば二歩の内に潰す程度の間隔。瞬くよりも早くレノに到達してしまうだろう、無いも等しい時間。

 レノは慌てず、静かに腕を前に突き出して、


 「Graaaaaaaaaaaa!!!!」


 あと一歩。

 踏み出してくるはずの間合いで大熊の腕が振るわれる。


 「・・!」


 その一撃はレノ自身を打つものでは無く、レノの手に持つ魔法具を的確に砕いた。

 唯一の迎撃のための手段を、一足手前に大熊が入り込んでいる最中で失って


 「・・っ!」


 「.....!!!!」


 反射で後ろに飛ぶ。

 今更、距離を取るなどは愚策に外ならない。それでも取らざるを得ない選択を―――大熊は待っていた。

 前のめりに右足を振るったせいで体幹は前方へと倒れていくのを正すでもなく利用して、後ろ足に力を込めて更に前へと飛び出る。

 

 「なっ・・」


 今までにない接近。眼前どころか既に牙が肉に食い込んでいて、


 ガブっ、と。


 レノの構えていた右腕は大熊によって齧りつかれてしまった。

 そして・・・・そして、来る断切を


 「・・・・・・はぁ」


 ―――身構えもせずに、レノが言う。


 「お見事。 ここが終着だ」


 いつかレノは言った。

 『また冬が来れば・・・・流石の大熊も死ぬんじゃないか』と。

 それはユシィナたちとの話し合いの最中に零れた冗談交じりのものだったが、十分に大熊の死因足りうるものだった。

 では、時間を冬に巻き戻すのかと言われれば・・・そのような破綻を摂理が許す道理はない。

 しかし無駄な思考では無かったな、とレノはこの瞬間に独り言ちる。


 「...Goraa??」


 レノの右腕が大熊の口腔内を動いて、天井――上顎の肉に触れる。

 砕かれた魔法具の柄は既に落されて、一緒にに握りこんでいた輝く小石が手の平に乗っていて、


 「発散(ルノン)


 言葉は短く、しかし結果は絶大であった。

 触れる石から冷気が爆発する。

 それは一瞬で瑞々しい口内を凍り付かせ、分厚く固い骨へと染み込んでいく。染み込んでは骨の奥、駆けていく血潮と電流の流れる神経へと辿り着き、それすらも容赦なく動きを止めさせる。

 時間にして三秒。

 大熊の反応が鈍くなって、その眼球が凍り付いて・・・・ゆっくりと巨体が倒れた。


 「ふぅ・・・」


 凍ってしまった右腕を大熊から引き抜きながらレノは息を吐き、


 「・・・・・・・。」


 逃げようと背中を向けていたカザリとアレンは一部始終を、ただ見つめる事しか出来なかった。

 かくして、二頭の大熊の親子は二人の魔法使いによって討伐された。

 一方は認知もしないまま力を振るって、もう一方は初めから知っていたかのようなに精緻な計算で。

 共に魔法でもって、全ては完了したのだった。

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