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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
45/50

逃がさない / 逃げられない

 この大きな森に来てから何度も死にかける経験をしてきた。

 初めはレノ達に出会って、即席の籠に詰め込まれた時。

 簡単な上着を着せられただけで数時間を身動きの取れないままに森の中を移動する羽目になったのは、今でも関節の痛みを思い起こすし、文句の一つも言えなかった不自由さには未だに強い怒りを覚える。

 次に白擁館で毒に侵された時。

 これはあまり覚えていないものの、その後にあった出来事がカザリに死を意識する事になった。そして、それを救ってもらえたのも鮮烈に刻まれている。

 最後に、大熊に追いかけられた事。

 これは後にも先にもない。あんな生物がいた事も驚きだけど、巨大な壁みたいな奴に追いかけられるなんて経験は二度としたくないと心の底から思える。

 この記憶はカザリ・キリシアにとっての最悪な思い出の一つだと誇張なく、自信をもって答えられる。

 だから―――――


 「・・・・・ぅ・・・・ぁ」


 声にもならない音が自分の口から洩れている事にカザリは気づいていた。

 うわ言のように、意味も紡げていない言の葉はただ垂れ流されていくばかりで、


 「Grooooouuuuuuuuu.........」


 一歩も動けないカザリを前にして、大熊は喉を鳴らして高い目線から二人を睥睨している。


 「・・・・っは・・・・はっ・・・」


 冷たい水を全身に浴びて、湿った衣服も体温を下げていくはずなのにカザリの額には汗が浮かんできていた。呼吸も乱れ、寒さだけではない震えが全身に伝わっていく。

 怖い。

 そういう単純な思考がカザリの頭を埋め尽くしていく。

 怖い、怖い怖い。


 (怖いっ・・!!)


 目の前にいる大きな生物が、自分たちの命を簡単に奪えてしまう存在が怖くて怖くて仕方がない。

 どうして、何度も何度もこんな大きな生き物に追いかけられて命を脅かされなければいけないんだ。

 もっと他に美味しそうな奴はいくらでもいただろう、と。

 恐怖と理不尽への怒り。

 怖さにタガの外れたカザリの心が生産していくのは恨み言ばかりで、どんどんと収拾が付けられない方向へと向かっていき、


 「........................」


 しかし、完全に固まっているカザリを前にして大熊もまた動こうとはしてこなかった。


 「・・・・?」


 その様子にさしものカザリも違和感を覚える。

 どうして襲ってこないのか、と。


 (・・・・待って・・・こいつはどうやってここまで来たの?)


 この大熊はカタルナの耽溺にて、その森の首魁とも言うべき植物の樹液に捕まって身動きを取れない状態になっていた。

 アレン曰く、力づくで逃げ出すことは難しいとの話だった。

 それを何かしらの手段を用いて逃げ出した・・・・・そこまでは分かる。


 (・・・・逃げられた理由は想像しようがない。 でも・・・何かしらの無理をしてるんじゃないの?)


 そう、希望的観測の元に閃いて、


 「・・・・・・あ」


 ぽたり、ぽたり、と。

 大熊の後ろ脚。あるはずの鋭い爪の揃った五指が見当たらず、代わりに引きちぎったかのような醜い傷跡から血が垂れているのが見えた。


 (・・・あれが、襲ってこない理由)


 カザリたちがどれだけ気を失っていたのか。

 大熊がどれだけの速さで耽溺から針海へ移動してきたか。

 そのどちらかが僅かな時間であっても目の前に大熊がいる事には変わりない。

 しかし、


 (・・・そこに逃げられる勝機があるかもしれない)


 そうやってカザリはアレンの体を抱え直し、痛む足にいつでも力を入れられるように準備する。

 そうして――――


                    ▽▽▽


 ソレは追い詰めた得物たちを前にして、じっとその動きを見ていた。

 一匹が気を失っているらしいもう一匹を連れて行こうとして体の下にもぐって支えている。そこから移動をしようとしているが、どうにも上手くいっていない様子。

 そして、諦めるのかと思った所で、こちらの姿を確認したのか呼吸すらも忘れたように動きをピタリと止めてしまった。

 そこから香ってくるのは、いつもの香しき獲物の絶望する死の匂い。

 ソレが愛してやまない、死の間際に焦げ付くような獲物の命の匂い。


 「..............................」


 鼻腔をくすぐっていく香り。

 しかし、それが揺らいで変わっていくのをソレは敏感に感じ取っていた。

 焦げ付く匂いから、じっとりと()えたような匂いへ。つまりは、獲物が逃げる算段を考えている匂いが、届いてきていた。

 その答えを考えるまでも無く、じくじくと痛む後ろの左足にソレは視線を向ける。

 指も千切れて真面に足踏み出来ない足の状態に気が付かれた、と。ソレは本能によって理解する。


 「............Gruuuuuuu」


 もし、と。

 ソレは獲物が取るだろう手段を、経験によって想定する。

 もし、もし逃げるために何かしらのアクションを起こすとしたら何をするだろうか、と。

 無駄に肥大化した脳で想像し、ズシリと一歩を踏み出す。


 「・・・・!」


 獲物が息を呑む。

 緊張感が増して、今にも全力で逃げ出しそうな気配をソレは感じ取った。


 「Grooooooooo........!!!!!」


 ソレが思うに獲物たちが取るべき・・・取るしかない手段とは、これまでと同じで木々の狭まった隙間に向かって逃げ出す事だ。

 ただそれだけで体の大きなソレには手出しが出来なくなってしまう。

 もう一匹を支えながらであっても、ここはまだ固い針葉樹の森の最中。柔い木をなぎ倒すのとは訳が違う。

 たかが一本の木であっても、後ろ足の踏ん張りが利かない今ならば壁として使われてしまうと逃げられてしまうだろう。

 だからこそ、ソレは―――


 「...........gu・・・・・・・が、ざ・・・」


 何をすれば獲物たちにとっての衝撃となるのかを理解して、


 「あー・・・・ざりー・・・」


 無いはずの声帯を震わせて、


 「かぁ・・ざりぃ・・」


 「・・・・・・・・え?」


 目の前、獲物の一匹が逃げている時に言った音を再現してみせた。

 そして―――


                    ▽▽▽


 「・・・・・・・え?」


 その一言。

 たった一言の音によってカザリは全ての思考を停止させられていた。

 

 (なに・・? 誰、が・・・・わたしを呼んだの・・・?)


 頭の中が真っ白に染まる。

 今、果たして誰が自分の名前を呼んだのか。

 アレンは気を失って名前を呼ぶはずが無く、かといって周りにカザリを呼ぶ人は存在しない。

 では、ただの空耳だったかと考え始めて、


 「かぁざぁ・・りぃぃ」


 ビクッ、と肩が震える。

 まるで近くに雷が落ちたような、背中に嫌な冷たさが伝わっていく。

 耳の残る不快な音を振り払うように、耳に手を当て栓をし頭を振って、


 「かざぁ、り・・・かざりぃぃぃかざか、かかかかぁぁざりぃ!!」


 一筋、頬を汗が流れた。

 意識しないようにしていた呼吸が、つっかえ、引きつって乱れていく。

 考えないようにしていた現実が高い場所から涎を垂らして、自分の名前に似た音を吐きさらしてくる。

 何が、どうして、そうなるまでに成ったのか―――いや、そんな事はどうでもよくて・・・


 「・・・・・はぁ・・・はっ・・・はぁ・・」


 上がっていく息に、首が締まっていく感覚に眩暈を覚えて・・・・カザリはようやく上を見上げる。

 そこにあったのは、いつか見た暗闇のような空虚な穴などでは無く、熟れて溢れそうになった怒りで歪む二つの眼球だった。

 もう、ただの獲物に向ける感情(モノ)ではない。

 『狩る』という意思ではなく、『必ず殺す』という決意が垣間見える有様だった。


 「・・・・・・はっぁ・・・・」


 目を合わせてしまったカザリの息が一瞬、確かに止まる。

 魔法使いである事を隠して国内を逃げていた頃とは違い、明確にカザリ個人に向けられる殺意。

 初めて向けられる鋭利な激情はカザリの足をすくませて自らを縛る。逃げようとしていた足が地面に張り付き、アレンを支えていた右肩の力が抜けて行く。

 十分に空気を吸い込めていないのか、目の前が段々と暗くなっていく気すらする。

 

 (・・・・・・・だめ・・・・・だめだ・・こわい)


 逃げられるかもしれない、と自分を奮い立たせていた。

 森の中を何度も逃げきれていた事から今回も出来るのだと、恥ずかしげも無く信じていた。

 

 (やだ・・・・やだ、やだやだ!)


 しかし、そんなものは大熊の殺意に当てられて、人間じみた気味の悪い声を聞かされて心が軋む。

 折れないようにと、諦めないとした決心が、拠り所にしていたアレンが気を失った事も響いて揺らいでいく。


 (・・・なんで・・・なんで、こんな)


 揺らいだ心で・・・・カザリはペタンと足の力が完全に抜けて座り込んでしまう。

 奮起した思いも、信じた未来も。恐怖を目の前にして、全てが無駄に落ちた。


 (・・・・・・何で・・・世界は私のことを嫌いなの・・?)


 肩からも力が抜けて支える先を失ってアレンが寄りかかってくる。

 それを抱きとめるようとして―――失敗し、アレンの頭が座り込んだ膝の上に乗っかった。

 その様を無感情に見下ろして、


 (・・・・私も寝ちゃえば楽になるかな)


 目の前の惨状など忘れてしまえれば、と。

 心が楽な方へと向かっていこうとして――――ズシン、と地響きがカザリの目の前に迫ってくる。

 もう、見上げる必要も無く、カザリは逃げられるための余地が一切存在しないのだと悟ってしまった。


 「・・・・・・・・・・・・・・ぁ」


 心が逃げ場所を失う。

 失って致命的なヒビが入る。

 さながらガラス瓶のように、理知も、感情も、人間的な輪郭さえも簡単に崩れて、


 「・・・・・あ、あ、ああぁぁぁああああああああああああああああああああああ!?!?!」


 思考の全てが恐慌に染まる。

 ただ、自らが生み出した恐怖の感情を発散しようと叫び声を上げるばかりの存在に成り下がって、


 「............Gruuuuuuuuu」


 ソレはその様に満足したように頬肉を釣り上げていた。

二月になってしまいました。

今更ですが、今年もよろしくお願いします。


・・・そろそろ終えられそう。

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