走る最中に
―――瞬間、並び立つ木々が中空へと吹き飛ばされた。
「Groooooooooooooooooooooooo!!!!!!」
ビリビリと空気が振動する。
体の芯から震えを誘うような轟音に、カザリは歩くのも一苦労な細道を全力疾走した記憶を思い起こした。
背を向けて逃げていたとしても、その姿を一目見れば確信してしまう。
二階建ての建物よりも大きな巨体、黒々とした毛皮を纏って、涎を垂らす凶悪な顔面。
大熊と、そう呼ぶしかない生き物が再びカザリの前に現れた。
「あっ・・・・あ・・・・」
意味も意思も伴わない声が漏れ出ては落ちていく。
呆然と、起きた事象の処理すらも儘ならず、ただ立っているだけの木偶に成り下がって—――
「カザリっ・・・!」
すぐ近くから耳朶と肩が揺らされる。
首だけを動かして右側からする声の方を向いて、
「走って!」
鋭い声に、
「・・・はいっ・・!」
現れた大熊に背を向け、前を行くアレンを追いかけて走り出した。
▽▽▽
耽溺の中心、ぽっかりと空いた小池に沿うように二人は走る。
ここまで来るまでの経験上、大熊に対して木々の密集する森に逃げ込もうとするのは悪手だという事はカザリにも理解できていた。
(そんなことしたら倒された樹木の下敷きになっちゃう・・!)
森の景観を気まぐれに破壊してしまうような暴れよう。
そんなものが人間に向けられたとすれば、大口径の大砲を至近距離で打ち放たれるようなものだ。もしあの大熊がその気になったのなら人の命などは風前の灯でしかない。
(だから、絶対に離れないといけないっ・・・!)
だからこそ、取る手段はシンプルに逃げの一手のみ。
というか、それ以外の手法が取れない。あの熊相手に有効な対抗手段は全くの皆無で、消去法の結果だ。
「カザリさん・・! 足を滑らせないように付いてきて!」
「はいっ・・・!」
前を行くアレンの進む先を、カザリは遅れまいと必死に付いて行く。
二人は緩い円弧を描く小池の回って—――曲線の穏やから、殆ど直線のコースへと入ってきていた。
そうとなれば当然、人間と巨大生物との速力などは比べようも無く
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・ひっ・・!」
揺れる水の鏡面に、カザリは真っ黒な狂貌を見る。
次いで、間近にまで息遣いを、獰猛な振動を全身に感じ取ってしまう。
「はっ・・はっ・・・はっ、はっ・・・!」
ただでさえ乱れていた呼吸が輪を掛けて調子が外れて、心臓の音が骨を伝って煩く急かしてくる。
(すぐっ・・すぐ後ろにいる!)
臓腑の奥へ氷でも突っ込まれたような感覚。
何かの間違い・・・・大熊が腕を薙げばカザリは血と肉とに分解されてしまう。その確信ばかりが脳裏をよぎって、冷静さを加熱してカザリの行動を狭めていく。
そうして緊張が極限にまで高まった所で、
「・・・っ・・!?」
後方から風の揺らぎを感じ取る。
嫌な予感を受信するよりも早く—――カザリの思い浮かべた通りに大熊は極太な腕を振り上げていて
「カザリ!」
瞬間、アレンに腕を引かれて体が引き寄せられ、一拍を置き、地響きを伴ってカザリのすぐ背後を熊の腕が叩きつけられた。
「・・・っっ!!!」
全身を少しの浮遊感が突き抜けて—――内臓も骨も揺さぶるような振動が襲ってくる。
「・・・・・ぅあ・・」
一瞬、確かに視界が暗くなった。
気を失いかけたのか。しかし、それも確かめようもなく、事態はカザリを待ってくれるはずも無い。
「・・・っ!」
掴まれた右腕が無理やりに引っ張られる。
「足を動かせ!」
意識が昏倒しかけたのなんて関係ない。すぐそこに死が迫ってきているという事実だけで、混乱する頭を押しのけて体だけでも動かしていく。
前後不覚の酩酊感も、纏まらない思考も、凍り付きそうになる死の恐怖も。せり上がってくる嘔吐感と共に飲み下して、
「・・・っっ」
呼吸も儘ならないままに一歩を踏む出す。
「Grooooooooaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」
咆哮が耳朶を通って骨を揺らしていく。
それを皮切りに先ほどと同じような衝撃が二度、三度と振るわれる。
「・・・・っ・・っぁ・・・!」
微力の限りを尽くして、二人は沿って走る湖の曲線が強くなる箇所へと来た。
直線よりかは熊との距離の取り方が楽になる—――と、いう事は無く、追いかけっこが始まった時にあった距離的有利などは踏み潰されて久しい。
既に三度、極太の腕による薙ぎ払いが行われて、その衝撃だけで心は折れそうになっている。
はっきりと言って、今が死の間際だ。
「・・・・・っ・・!」
じり貧もいい所。
これ以上、先は無い、と。
必死さにかまけた脳内であっても確信をもって断言できる状況だ。
だから、
(嫌だ! 死にたくないっ!)
カザリは絶対に足を止めなかった。
(ケガするのは、痛いけど・・・いい。 受け入れられる)
それはまだ死から猶予があるから。
(怖いのもいい。 受け入れられる)
それは死を忌避する命の在り方だから。
(でも・・・死ぬのはダメ。 絶対にダメ、受け入れられない!)
それは途絶であって、忘却であって、無慈悲な世界の蛮行だから。
(死にたくない、死にたくない!)
だから、カザリ・キリシアは絶望的な状況でも一歩を踏み出す。
踏み出して—――煌めくそれを見た。
(あれは・・・)
「カザリ」
前、カザリの手を引いて逃げてくれていたアレンの優しい声を聞く。
「・・ありがとう」
そうしてアレンは振り向くと同時に投げ放った魔石に向かって一言。
「発散」
また二か月ほど空いてしまいました・・・。
えぇ、エルデンのDLCが来てましたから。
・・・調子に乗って別のフロムゲ―にも手を出していましたから。
生存報告のつもりで、今回は・・・今回も短いです。
よろしくお願いします。




