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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
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こっそりと

 「・・・確か、こっちの方に」


 そうして、まだ朝日も昇っていない森の中に影が一つ。

 先の話―――レノが早朝に遠征に出ると聞いたカザリ・キリシアは、再びの危険を冒してカタルナの耽溺近くまで一人で歩いてきていた。


 「・・・・この木を・・右に」


 どこにでもあるような並びの木々や、ふとして転がっている小岩から覚える薄い記憶からの引っ掛かり、それを頼りに進んでいく。

 故郷の村で習った森の中を歩く方法を実践しながらカザリは、しかしその胸中は不安ばかりが渦巻いていた。


 (・・・まだ暗いからって・・静かすぎる)


 普通ならば聞こえてきそうな鳥の声、虫の音。そればかりか生物の息遣いさえも、カザリの耳には捉えられない。

 耳に掛かる音と言えば風に揺れる草葉の騒めきのみで、


 「・・・・・・・・。」


 何が潜んでいるのかすらも不明瞭な闇の中は、不安を煽るばかりか―――にじり寄るような死の予感をカザリに覚えさせた。

 

 (・・・でも、そんな事言ってらんない)


 不安はある。それでも一人きりで森へと出向いたのには当然、エリィナ村の人たちを思っての行動だ。

 レノ達が話していた内容。

 直ぐにでも遠征に出なければ、火定館で倒れている人々は手遅れになるかもしれない、という話にカザリは居ても立ってもいられなくなった。


 (だって、そんなのふざけてる)


 『薬の不足はオレの我儘だからな』


 『カザリは客人です』


 そう、彼らは言ったのだ。

 普段ならば何の事を言っているのか察せられるものでは無かった・・・・のだが、妙な言い方にカザリは一つの気づきを得た。


 (消毒液が少ない・・・・それは元々少なかったんじゃなく、最近に使ったから)


 即ち、白擁館で倒れたカザリの治療に使用するしかなかった、という疑念だ。


 (・・あの時、会話が少しだけ聞こえてきていた)


 カザリが毒によって昏倒し、意識を失っていた時、誰が何をしていたのか、しゃべっていたのかは分からない。

 そればかりか自分の存在すら霧散して、消えかけていた最中で、しかしそれでも僅かに覚えているものがある。


 (その時に薬って、確かに・・聞こえてきた)


 カザリが一人で色々と抱えて逃げ出そうとした事もあって、倒れた際にどのような処置が施されたかは聞いていない。

 ただ、それだけの情報であっても今回の薬が不足する事態と無関係だとはカザリは毛頭思えないのだ。


 (レイラさんにも、アレンさんにも・・・・あの村で私は助けてもらったんだ)


 だから、とカザリは思う。

 

 (その話を聞いて何もしないなんて有り得ない。 村の人たちに感謝してるなら、行動しないなんて非道は許されない)


 今、救ってくれた人たちが苦しんでいる。

 一度は自らの生きる価値すらも揺らいで、迷子になっていたカザリに優しくしてくれた人たちが生死の境を彷徨っている。

 そんな中で無知に徹して、一体何を返せるというのだろうか。


 (そんなものはない。 今、行動なくして、私は救ってもらった意味すら全う出来なくなってしまう)

 

 だから、この決意は恐怖を勝って、暗い森の中でも歩みを進めるには十分すぎる理由になってくれているのだ。


 「・・・・・あった」


 そして、空に薄明かりが浮かんできた所で、カザリは闇の中でも目を凝らして探していたものを見つけた。

 風に揺れる赤いリボン・・・それは昨日、遠征の際にレノ達一行が木の枝に結び付けていた代物だ。


 「それじゃぁ・・・ここから先が耽溺」


 言葉にしてみて、息を一つ吐く。

 自分でも分かっているくらいには緊張している。


 (大丈夫、大丈夫・・・昨日は何とか通り抜けれたし、納屋から新しい上着も拝借してきたし)


 きゅっ、と深緑の上着の裾を指で掴む。

 つやつやとした肌触りにじわりと汗が滲んで、息が詰まるような感覚が喉元に迫ってくる。

 それを吸った息と一緒に追い出そうと腹に力を入れて、


 「・・・・ふー・・よし」


 意を決して一歩を踏み出した。

 そして、


 「・・・・カザリ・・」


 「・・・・・っっ!?!?」


 自分の名前を呼ぶような声、そして嫌に熱の籠った風が首を抜けていった。


 「―――――!!」 


 思わず叫び声を上げようと喉を震わせようと—――その前に、背後に迫っていた何かに口元を押さえられる。

 咄嗟に動かした右手も簡単に押さえこまれてしまい、数舜の内にカザリは行動の一切を封じられしまう。


 「・・・!!」


 まずい、と思うよりも早く無茶苦茶に体を動かして抵抗する。

 幸い、腕や口は押えられていても肝心な体はまだ拘束されていない。何が背後にいるのかは分からないが、カザリはこの瞬間に何とかしなければ死は免れないと確信していて、


 「カザリさん! ボク、ボクだよ!」


 「・・・!?」


 いつぞや聞き及んだ優しさの滲む声に動きを止めた。


 「・・・よかった。 流石に大きな声を出されると何が出るか分からないからね、ちょっと乱暴な手段になっちゃったけど・・・・・大丈夫そう?」


 口元を押さえていた人の手が解かれ、自由になる。

 そして、カザリと同じく緑の上着を身に纏ったアレン・メイズと目があったのだ。


                    ▽▽▽


 「アレン、さん・・」


 呻くように絞り出した声で名前を呼ぶ。

 その苦々しい響きに気を遣ったのか、少し困ったようにアレンは笑って、


 「やぁ、カザリさん。 今日は随分と早い時間に会うね」


 「あ・・・・い、え」


 どう返すべきか悩ましい反応をされてしまった。


 (ど、どうしよう・・・・)


 何と返すのが正解か。いや、そもそも交渉は可能なのか。

 頭を使うべきは、どの点なのか。

 まず、その地点から迷子になってしまったカザリは言葉に窮して曖昧な返答しか出来なかった。


 (ここに居るって事は・・・・今度こそ連れ戻しに来たんだよね)


 そこは間違いようもなく、その通りだろうと確信できる。

 昨夜の出来事は偶然でしかなかったが、ここは危険の満ちた村の外だ。何の意味も無く、こんな所で出会うはずもない。


 (・・・・・つまり、見つかっちゃった時点で・・・詰み?)


 そう結論付けて、カザリは全身から嫌な汗が滲んでいくのを感じていた。


 (だ、ダメ・・・やっとの事でここまで辿り着いたんだから。 このまま引き返す訳には)


 決死の覚悟で闇の中を彷徨ってきたのだ。

 一度しか歩いた事のない場所で、いつ道を間違えて遭難するかも分からない状況で。

 それこそ村の人々に対する恩義だけで進み続けていたのだ。


 (・・・それが無駄骨になるのはいい。 でも、ただ迷惑を掛けただけ・・・で終わる訳にはいかない)


 (だってそれだと何も返せるものがないじゃないか)


 (今の私に出来るのは無知・・・・・ここの危険を完全に()()()()()()()()()()()()()()が私には出来る)


 (それさえも取り上げられてしまったら・・・・何をして返せばいいの?)


 カザリが焦る。

 焦るばかりで思考が定まらず、


 「カザリ?」


 最終通告とばかりにアレンから声が掛かる。


 「は・・・はい」


 まずい、と。

 握りこむ手が冷たくなる。


 (な、何か言わないと)


 でも何を言うというのか。

 

 (何か。 アレンさんが納得してくれるような・・・何かを)


 言わなければ、と考えたところで何も浮かんでこない。

 それもそのはずだ。

 彼はただ「ここは危険だから村に戻ろう」と言うだけで、カザリの意思に関係なく一蹴できるのだから。

 そうして、


 「・・・・カザリ」


 カザリがあれやこれやと考えて、思考の砂地獄に捕らわれている内に、


 「すまない・・・!」


 「・・・・・・・・・・・へ?」


 何故だか、アレンは頭を下げていた。


 「・・・え、あの何して」


 「あ、いや。 けじめ・・というか」


 説明にもなっていない呟きを残して「実は・・」とアレンは苦笑いし、


 「君が納屋から遠征の道具を持ち出したのを見つけて・・・・それをわざと見逃したんだ」


 「はい??」


 思いもしなかった告白に、カザリの思考がまた真っ白に染まる。

 

 「・・というか、カタルナに君が辿り着くまで後ろから追いかけ続けてたんだ。 まぁ・・カザリさんにしてみたら気持ちの悪いことだろうけど」


 「・・・・えっと・・・なん、で・・ですか?」


 辛うじて疑問を口にして、当のアレンは苦笑い・・・のような申し訳なさそうな表情をカザリに向けて、


 「カザリは先生たちが話をしていたのを聞いたんでしょ?」


 「はい。 聞いたから黙って一人で出てきたんです」


 「・・・何となくその理由は分かるんだけど、ボクはちょっと違ってね」


 ちょっと違う? と聞き返すカザリに対してアレンは「そう」と短く肯定する。


 「先生は『遠征に二人で行く』って言ってただろ? 君を見つけた時もそうだけど、例年の春先に二人組で遠征に向かうのは前例がある事なんだ・・・・でも、それは危険な生物が徘徊しているのを前提としない上で」


 はっきりと言うとね、とアレンは普段の柔和な雰囲気が薄れて、淡々と


 「先生はそれでも二人組で遠征へ行くと言った。 危険は承知の上、だともね・・・それがボクには許せないんだよ」


 ボクはね、と。


 「先生から魔法使いがどういう存在なのか教わっているんだ。 年を取らない、半ば不死。 肉体を失った亡霊だとか・・・ね。 でも、それが何だったって言うんだ」


 あの人は自分が村人からどう思われているのか無関心すぎるんだ、と。


 「それは悪い噂を聞かないようにするためなんだろうけど・・・・こういう時に自分をまるで村の邪魔者みたいに扱って、すぐ命を投げ打とうとするんだ。 先生はボクらを家族だって言うけど、ボクらが家族だって言う事を否定してるみたいに・・・・・ふざけるなって話だ」


 ―――淡々と話をしていたアレンの声色に迫力と明確な怒りが滲んでいく。

 カザリはというと相槌も打っていいのか躊躇って思わずと黙り込んでしまってい、


 「あ」


 らしくない事を言ったと、自覚はあるのかアレンもしまったという顔をして「ごめん」と謝る。


 「君が悪い訳じゃないのに・・・・妙な言い方をしてしまって」


 「あ、いえ・・! レノ・・さんが悪いのは重々分かりきってる事ですから・・!」


 フォローのつもりなのか、当たり前のようにレノへの悪評が増やされる。

 しかし、この場に否定する者は無く、アレンですらも「確かに」と笑う始末で、


 「気を遣ってくれてありがとう。 ・・・理由はあれだけど、カザリを連れ戻しに来たんじゃないのは伝わったかな?」


 それはもう、とは言わずに、笑って「はい」とだけカザリは頷く。


 「一人では心細かったので。 正直、アレンさんが一緒に来てもらえると嬉しいです」


 「うん、ボクに全部任せて・・・とは言えないけど、必ず助けになるから。 よろしくね」


 そして、二人は改めてカタルナへの門戸を前にして、


 「よろしくお願いします」


 エリィナ村の人々を救うべく手を取り合うのだった。


                    ▽▽▽


 一方、村では—――。


 「・・・・・・・・・・・。」


 しっかりと鍵を掛けたはずの納屋が開け放たれて、保管していた上着に道具類が持ち出されており、


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 ついでに、どうにもカザリとアレンが居ないらしいとの報告が上がってきており、


 「・・・・・・・・あ、い、つ、ら」


 わんわなとレノは肩を震わせて、


 「・・・・っっっ・・! よ、」


 空を割らんばかりに叫んだのだった。


 「予定にない行動をしてんじゃねぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!!!!」

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