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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
36/50

何を為すべきか

 (思った以上にマズいな・・・)


 休憩していたカザリと別れて、レノは火定館へと戻って来ていた。


 (・・・・遠征に出ていた人員の殆どが真面に動けない。 それはエリィナ村の住人の半分が動けないって事だ)


 いつもなら厳格に閉じられている窓や両開きのドアは開け放たれ、澱む空気を逃がすよう風通しが良くなっている。春先のまだ冷たい風がすっと通っていき―――それでも拭えない、濃い薬の匂いが室内に充満していた。


 (純粋に働き手が半分・・・・そして、彼らの看病をするのにまた人員が割かれる。 現状、村の生活維持が崩壊したとも言っていい)


 火定館の室内は先ほどの慌ただしさから変わって、少し落ち着いた雰囲気が見られている。

 走り回る者もいなければ、痛みに泣き叫ぶ声も聞こえない。静かに寝息だけが重なっている。

 

 (・・・・どうにか一段落した段階だが、いつ状態が悪化するか分からない。 予断の許されない状況だ)


 床へ均等に寝かされた人々の間を歩き、思考の合間で患者たちの病状を見流していく。

 熱に浮かされた赤い顔、大きく膨張した右腕、引き付けを起こしている呼吸。

 誰も彼もが未だ平素の状態とは言い難い。


 (今は薬で落ち着いてはいるが、その残りも僅かだ。 限界はすぐにでも迫っている)


 建物の端にまで来た。

 そこに重なった空びんを指で揺らして、レノは嘆息する。


 (・・・・・くそっ。 何だってこうなった?)


 エリィナ村は惨状と呼ぶに相応しい有様の最中だ。

 

 (・・・・こんな状況は全くの予想外。 あんな大熊がここまで広範な被害を出すとか誰が予測できんだよ、無理に決まってんだろ)


 地獄さながらの森の中で暮らしていくには何事も最悪の予測をして生きていかなければならない。


 (だが、こんなもん予防のしようがない・・・・加えて、冬越えすぐの春先・・・食料も、薬だって不足するタイミングで)


 レノが薬品棚を倒壊させてしまった事も首を絞める要因になってはいるが、それ以前に今は冬籠りを終えて直ぐの事だ。

 あらゆる物資を使い果たして、村全体が疲弊している只中で―――それを埋め合わせるべくして行った遠征だったのだ。


 (・・・・本当に最悪だ)


 狙いすましたような、と。

 潜在的な悪意を疑ってしまう程には、エリィナ村で暮らす人々にとっては致命的な状況となってしまった。

 その最悪な状況を前にしてレノは、


 (・・・・・・だから、ここから打開するためには―――)


 もう何度も問い直した結論を想起して、


 「・・先生」


 控えめながらに、有無を言わせない圧のある声を聞いた。

 

 「ユシィナか」


 振り向くまでも無く誰か分かってしまった。

 そして、続く言葉も完璧に予想してしまって、


 「少し、よろしいでしょうか?」


 一言一句まで一致する声に、レノは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


                    ▽▽▽


 「先生。 俺たちに遠征へ行く許可を出してくれ」


 「ダメだ」


 呼ばれた先で待ち構えていた男衆三人に囲まれて、レノは彼らの主張を正面から拒否した。


 「なんでだよ先生! 今がどんな状況か分かってんだろ!」


 「あぁ、少なからずお前よりかは分かってるつもりだぞ、アデル」


 あまりに思い描いたままの反応を返してくる青年を前にしてレノは呆れた様子を隠さず「あのなぁ」と続ける。


 「火定館の中で寝込んでるヤツらは何に襲われたって言ってた?」


 「見た事もないくらい大きな熊だったって聞いたぜ」


 「・・・・なら、今森へと入っていけばどうなるか想像できるよな?」


 言われたアデル・・・・赤髪の目立った青年が形のいい眉を歪めて「んん?」と唸る。


 「どうって、薬草を取りに行くんだろ?」


 「それ取りに行ったら大熊に出会っちまうかもしれないって話だ!」


 「あぁ!」と手を打つアデルを尻目に、レノは再びため息を吐く。

 ・・・彼は決して悪い人間ではないのだとレノは分かっている。が、それをしても気の張りつめた今に考慮してやれるだけの余裕はない。


 「先生、じゃれ合いはもういいですね」


 「・・・・最近は本題の前に茶番をするのがブームなのか、ユシィナ」


 「・・? 先生が言う事は分かりませんが、本題ではありますよ」


 「・・・・・・。」


 それは天然で言ってるのか、と。

 喉元まで出かかった言葉を無理やりに飲み込んで、レノは「それで?」とユシィナを促す。


 「はい、私からは聞きたい事と提案をいくつか」


 「・・・提案は分かるが、質問? 何についてだ?」


 「それは勿論、先生も会ったという人間を一飲みにしてしまうような熊についてです」


 ユシィナは「先生も把握されてるとは思いますが」と言って、手にしている分厚い帳簿を開いてレノに見せる。


 「フタヌキの根、カサムナの葉と・・・消毒液を生成するためのシュメイランの花の在庫が無くなりました。 現在、この村における医療行為は大きく麻痺している状態です」

 

 「・・・覚悟はしてたが、もう無くなったか」


 「加えて、看護に駆り出されている人員が必要なため、幾つかの部署では仕事が完全に停止。 食料生産といった必須のものには直ぐに影響はありませんが、村周辺の警備は手薄になってしまっています」


 「・・・・・・。」


 「有体に言って、人手不足。 このままではじり貧になっていくばかりです・・・アデルの言うように、遠征へ出て薬草を調達する必要があります」


 「・・・それで熊について話せ、という事か」


 ユシィナの言う通りにレノにも村の現状は把握できている。

 そして、彼が言わんとすべき事にも。


 「熊の駆除・・・は現実的ではないとは思いますが。 その辺を直接目にした先生に意見を頂けないかと」


 「・・・一応言っておくが、オレもじっと眺められた訳じゃない。 だから一目で確認できたような事しか言えないからな」


 そう言うとユシィナは「無いよりはマシでしょう?」と言って、その後ろに無言で立っていたアデルを含めた三人衆がずいっと前のめりになる。

 何も話す様子がないなと思っていれば、彼らもアデルと同様に遠征の必要性を確信しての事のようで。何かしらヒントを得るべく同席したようだ。


 「・・・・・・。」


 嘆息を一つ。

 レノは口を開く。

 

 「まず大きさだが・・・四足歩行している状態でも火定館の二階に顔が届くような巨体だ。 その大きさの分、多くの食料を必要とするとは考えられるが・・・出会った個体は瘦せ細っているといった印象は全く受けなかったな」


 「・・・とすれば、冬眠せずに活動していたのかもしれませんね。 継続して体を維持できる程度の食料を得られていた、という事にはなりますが」


 「そこら辺は考えるだけ無駄だな。 ・・・兎も角、驚くほどの巨体で、かつ思いのほか俊敏だった。 追いかけられたのが川辺で無かったなら逃げきれなかったかもしれん」


 「・・・・・。」


 「そして気になったのは、学習能力だろうな」


 「学習・・・ですか」


 無言で考え込むユシィナを前に、レノはその当時の所感を述べていく。


 「オレは件の熊に対して魔法具を二種使用した。 単純な発散型と条件炸裂型だ」


 「・・・逃げるためだったとはいえ奮発したんですね?」


 「オレだって発散型だけを使うつもりだったさ。 この石ころ一個を作るのに掛かる労力を考えれば簡単に投げ打つようには思わない」


 レノが使っていた魔法石とはケルマ大森林が育んだ歪みの一つだ。

 この土地には通常では考えられない程にマナが澱む場所が生まれる。そこでは、あらゆる物質が形を留めておけずに自壊を始め、生物であれば突如として体の膨張、または極度の衰弱、壊死が発生してしまう。マナが過剰に滞留する事による物理現象が飽和する現象が発生するのだ。

 その危険地帯で偶然にもマナの対流に耐えてしまった物質―――それが魔法石と呼ばれる。

 

 「探すのにも一苦労な石をそれでも使った・・・・使わざるを得なかった、と?」


 共に、その苦労を知ったるユシィナが察しよく聞いてくる。レノは「・・・そうだ」と苦々しく頷き、


 「発散型は全部で七個使用した。 その内で効果が見られたのは最初の二個まで・・・それ以降は理解されたのか、構わず突っ込んで来られたり、腕で叩き落されたりと散々だった」


 「それで光る方も使ったんですね」


 「あぁ・・そうでもなければカザリは食われてただろうさ・・・それに、もし他の石を使ったとしてもどこまで効果が見込めるのか分からない。 最悪、全てを看破される事だってあり得るだろう」


 と、そこまで言ってレノはユシィナに「で、どうだ?」と問う。


 「話してみたが何か打開策は思いつきそうか?」


 「・・・そういう先生はどうなんです?」


 質問を質問で返す。彼らしくない返答はただレノを試すためのものなのか。


 「そうだな・・・」


 それを指摘するような事はせずに、レノは問われた事への返答を考える。

 が、それは考える振りだけだ。レノの中では既に問いに対する答えを持ち合わせてしまっている。

 よって、茶番を演じていると少し自虐的な心持になってレノは、


 「また、冬が来たら・・・流石の大熊でも死ぬんじゃないか?」


 肩をすくめて言った。


                   ▽▽▽


 『という訳だ。 確かに遠征は必要だ・・・・だが、控えている危険が大きすぎる。 想定できる犠牲を考えただけでも笑い話にもならない』


 『・・・では、どうするおつもりですか? これはすぐにでも対処しなければ』


 『分かってる・・・・一応は解決策はあるんだ』


 『・・・それは?』


 『オレともう一人を選抜して、少数精鋭で電撃的に遠征を行う。 ヤツは嗅覚も敏感だろうし香は焚かずに、水浴びでもして臭いを消すなりして臨む』


 『・・・・・・十分な勝算があっての判断ですか?』


 『十分・・・だとは言えないだろうな』


 『・・・・・・・。』


 『ユシィナ。 分かっているだろうが、遠征の必要性が迫っていると言ったお前にも危険度について語る無意味さは理解できるだろ?』


 『・・・それを改めて言いますか。 今、ここで』


 『そう睨むな。 少なからず、この方法では犠牲が最小限に抑えらる。 それにオレは魔法使いだ。 命の価値が一番低い、そんな物の使い所なんてのはこういう場面でこそだ』


 『・・・・・・・。』


 『―――イッテっ。 ・・・アデルも殴らないでくれ。 それにこれ以上に犠牲の少ない方法はオレには考えられない。 代案があるなら聞くぞ?』


 『・・・・・・・・・本当に、先生は人が悪い』


 『そう言ってくれるな。 ・・・・あいつらの病状から考えて、どうしてもシュメイランの花だけは確保しなければならない。 今晩は乗り越えられそうだが、明日はどうなっているか保証は出来ない』


 『・・・では、まずはその一種に絞って確保して下さい。 少数での行動なら目的行動は明確にしておいた方がいい』


 『あぁ、そうさせてもらうよ。 ・・それで連れていくもう一人なんだが―――』


 『・・・・それは、私が選抜してもいいですか?』


 『・・何故だ?』


 『・・・・・はぁ。 死地に迎え、と言うんです。 せめてそのくらいの責は負わせて下さい・・・それに選考には、気を遣いたい』


 『・・・・・・・・そんな役回りが好き過ぎるのも厄介なもんだな』

 

 『好きでやっているとは心外です』


 『悪い悪い。 ・・・・・まぁ、それに薬の不足はオレの我儘でもあるからな』


 『カザリは客人です。 あの時の判断は正しいものだと、私は疑っていませんよ』


 『ま、お前ならそう言ってくれるだろうな・・・・・それと明日の早朝に出る、それまでに決めてくれ』


 『はい、分かりました』


                    ▽▽▽


 「・・・・・・・・・・。」


 男衆が話し合っている最中、息を殺している者が一人。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 その者はしばしの間、ピタリとも動かずに声を忍んで、


 「・・・・・・っは・・・」


 短く、何かを覚悟でもしたように息を吐く。

 そして、静かに立ち上がっては―――家々の隙間に消えていった。

続きです。

何だか、どこかで見たような描写・・・・この展開が好みな訳ではないのですけど・・・。


まぁいいか。

では、よろしくお願いします。

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