一息の合間
「お疲れさま」
日が傾き、時間は既に日没ちかくにまでなった頃。火定館の玄関口にある階段に腰を下ろしていたカザリに声が掛かった。
振り返るまでも無く声の主はカザリの目の前にまで現れ、手にした半透明のグラスを手渡してくる。それを何も言わずに受け取り、どかっと隣に座ってきた男へと視線を向けた。
「皆さんの状態は落ち着いたんですか、レノさん」
「・・・どうにか、って所だな。 そもそもの調薬ずみの薬の量が足りてないし、個々の症状が異なっている。 現状として、何とか耐えてはいるが・・・」
そこまで言ってレノは自分用に持ってきたグラスを呷る。喉を鳴らして一息に中身を飲み干して、
「はぁ・・・・さて、どうしたものかな」
誰に向けた訳でもない、呟きのような言葉を発した。
「・・・・・。」
カザリは何も言えず、レノに倣ってグラスを傾けた。
柑橘系の爽やかな甘さが口に広がる。
「・・・おいしい」
「そりゃ良かった」
そう言って薄く笑って見せるレノ。
「・・・・。」
短い付き合い・・・などとも言えないような関係であってもレノの焦りが滲んでいるのが分かる。
村の人であっても何を考えているのか分からないと言われる彼であっても、多くの村人の命が危うい現状は平静を装う事が難しいのだろう。
そのせいなのか、口にした言葉がいつも以上に空々しく聞こえる。
「・・・皆さんがあんな風になったのは何でなんですか?」
遠慮がちにカザリが尋ねる。
レノの方は「ん?」と視線だけをカザリに向け、一瞬の逡巡するように動きを止め
「特別、何かがあった訳じゃない。 あいつらもオレらと同じだ」
と口火を切った。
「同じ、というと」
「同じは同じだ。 あいつらもあの大熊に襲われて、あの状態になったのさ」
「あの・・・熊に」
繰り返して、胃が縮み込む感覚を得る。
人よりも太ましい木の幹を薙ぎ払うような膂力、何もかもを一飲みにしてしまいそうな大口。カザリの命を刈り取ろうと振るわれていた凶器が思い起こされ、呼吸も苦しくなってくる。
過ぎた事とは言え、ほんの二時間ほど前の出来事は、流石に飲み込み切れるのもではない。
「あの大熊に襲われたって・・・・それがどうして毒にでも当てられたみたいになってるんですか?」
カザリは意識を切り替えるべく、気になる事を口にした。
レノはというと、そう尋ねられるのを待っていたという風体で「あぁ」と頷いて、
「襲われた、と言っても直接食われたりって事ではない。 まだ会話が成り立つヤツから聞いた話だと、村への帰路の途中で大熊が暴れていたらしい。 あいつが沢山の木を蹴倒していたのを見ただろ? その光景を再現よろしく周辺を荒らしまわって―――その結果、大量の粉塵を浴びちまったって訳だ」
「粉塵、ですか」
木くずが舞って・・・という事だろうか、と首を傾げるカザリにレノが、
「遠征に行く前、カタルナの耽溺って地区がどんな場所かを説明しただろ?」
「はい、聞きましたけど・・・植物が異様な成長をしている場所だとかって」
「概ねの理解としては十分だな。 で、一緒に話した内容に毒性を持つ植物が多く見られるってのもあっただろ」
「まぁ・・・聞きましたね」
確かそんは事を聞いたような気がする・・・、と内心で呟きながらカザリは頷く。
「その話を捕捉すると、カタルナに生えている植物で毒を持っていないものは殆ど存在していない。 そして、毒を有している体組織に関しても頓着が無くてな」
「・・・・・?」
「要は、植物の茎、葉、花、根に至るまで毒が詰まってるって事だ」
「・・・・・・・・・・・・・。」
カザリはしばし黙り込んで、
「つまりは・・・何なんでしょう?」
「つまりは、それだけ毒を持ったものが細かくなって空気中に漂ってしまえば呼吸をするだけで毒を摂取しちゃうだろって話だ」
なるほど、と今度こそ腑に落ちた風にカザリは手を打った。
それに反してレノは「そこまで遠回しな言い方だったか?」とグラスの飲み口を噛んで遊び始め、
「それじゃ、皆さんが苦しんでいる理由が様々なのは取り込んでしまった毒の量とかが関係してるんですか?」
「・・・ん。 まぁ、それも関係してるが」
続くカザリの質問を前に、レノは遊んでいたグラスを置いて姿勢を正した。
「昨日の話になるんだが。 カザリ、お前が倒れた白擁館では村の食料生産を行っているって聞いてるよな?」
「確か・・・聞きましたけど」
「若干、不安そうなのは聞き流すとして・・・その白擁館で育てているのは八割が野菜、残りの二割が薬草だ。 オレが話したいのは野菜の方」
「野菜、ですか」
そう、と軽く頷いてレノは「レイラから説明は受けてるとは思うが」と付け足して、
「あの場所で育てている植物全般は強力な毒性を有しているものばかりでな。 まぁ、だからこそハウスだなんて覆いを作って育ててる訳だが」
「・・・・・ん?」
今、さらっと毒物を食べていると公言されたのか、とカザリは首を傾げかけて・・・それに応えるようにレノから、
「そうした物しかケルマ大森林では育てられないってのも原因なんだが・・・まぁ、それはいいか。 要はエリィナ村で暮らしているオレらは毒を食べて生き延びている、と理解してもらえたらいい」
「・・・・・。」
どうも話の前提として扱われているようなので、カザリは一端黙って見守る事にした。
「で、だ。 生きるためとはいえ毒は毒。 しかも少量の摂取でも致死量な代物・・・そんなものを食べるって自体が正気じゃないが、まぁそれをどうにかして食べようと考えて出来たのがコレだ」
レノが言って差し出す物を見る。
小粒の白い塊が数粒、手の平に乗っている。
「コレ、何ですか?」
「薬だ。 粉薬なら飲んだことぐらいあるだろ? それを粒の形に押し込めたのがコレだ」
「そう・・なんですか」
また奇怪な物を、と何とも言えないカザリの様子にレノは気づかずに話を続ける。
「この錠剤は毎回の食事で摂取する毒物を一時期的に調節する効能がある。 食堂で見たかもしれないが、オレたちはこの薬を毎回飲んで生活をしてるんだ」
「それは何というか」
大変そうですね? 、とカザリは言葉を濁し、
「・・・・一時的?」
「そう、一時的。 言ってしまえば、この薬は毒を無効化してしまうような効力はない」
へ!? 、と驚きのあまりレノの方を勢いよく首を向ける。
そこにあったのは微妙な表情をしているレノで、
「・・・仕方がないんだよ。 それだけ強力な毒で、完全に無毒化しようとするなら別の毒を呷った方が効率的なまであるんだから」
「え、いや。 そんな事じゃなく、て・・・・それって、大丈夫なんですか?」
「・・・まぁ、そこに難しい所ではあるんだよ」
口ごもるように、レノは煮え切らない事を言う。
「言っただろ? 一時的に、調節するための薬だと」
「言いましたけど」
「正しく、その言葉通りに『調節』するってのがミソでな・・。 言ってしまえば、毒が体内を巡って効力を発揮している間に、別の複数の効能を引き起こして調和させている・・・もっとザックリ言えば、綱引きで引っ張られている体を別々の方向から引っ張り合って『ほら痛くないだろ』って言ってるのと同じだと・・・・」
「・・・・・。」
「ま、まぁ極端な言い方をするとって事だ」
レノから告げられた内容があんまりにも意味不明でカザリは思慮のために黙り込む。
繰り返し思い起こして、吟味し、
「・・・・・・・じゃ、皆さんが倒れている理由って、端的に言って何なんです?」
「・・・・・・・食事として摂取した毒で正常な死に体だったのが、大熊の起こした粉塵で新しく毒を取り入れてバランスを崩してしまったんだと思われる」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
吟味し・・・・その意味は無いのだとカザリは悟った。
「・・・・・別の毒を呷った方が効率がいいって、言いましたよね?」
「・・・・・言ったな」
俯くカザリに、レノの返答がどこか気まずそうな声で届けられる。
しかし、その事は気にせずカザリはポツリと、
「・・・・・・・・それを、実行した訳ですか」
「・・・・・・・・それしか生き残る方法が無かったんだよ」
と、気まずそうとか言う前に、自分でも滅茶苦茶な事をしている自覚があるらしいレノの言を聴いて、カザリはふと、
(・・・どういう感情を向ければいいのか、迷子になりそう)
事態を引き起こした大熊へ怒るのか。
過酷な環境で生きていく彼らを憐れむのか。
いや、そもそもの原因であるレノがやっぱり悪いと―――。
「・・・・・・・。」
そうして考えるばかりで、結論の出しようが無い事に気づけないカザリだった。
続きです。
短いです・・・・。
ズバッと進めたい所です。




