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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
34/50

帰って、そして

 エリィナ村は周辺の木々を切り倒し、そのまま地面に突き刺して作られた壁によって覆われている。

 枝ぶりだけを切り落とし、腐食を軽減させる処理もしていない。『簡素な作り』というよりも手抜きと言った方が的確な有様の木柱は、隙間なく並びたてられて尊大にもふんぞり返っている。

 その並び立つ壁の中、エリィナ村で唯一の森との接点を持つのが火定館と呼ばれる二階建ての建物だ。

 二階にはレノとユシィナの執務室が置かれ、一階は大きなロビーが広がっている。ただ、ロビーと言っても誰かをもてなすためのものではなく、遠征などの折に外部から持ち込まれる森の産物が有害か否かを確認するための場として設けられている。

 今回の遠征のように薬草を持ち帰っている時は勿論、その他は靴に付着している土くれにまで神経を割いて、徹底した安全確認が行われるのだ。

 よって、火定館では先に帰ってきている遠征隊の本隊が到着している訳で、

 

 『ちょっと! こっちにもお湯を頂戴!』


 『誰でもいい早く消毒薬を持ってきてくれ!』


 『・・・・・・・・・・。』


 『そこ! 止まってないで手伝って!』


 『おいこら暴れんな・・! 処置が出来ねぇだろが!』


 「・・・・・・なに、これ」


 火定館の床に所狭しと倒れ伏している人々を見て、カザリはそれだけの言葉をようやく絞り出した。

 

 「・・・・・・何があって」


 こんな事になっているのか、と。

 そう呟くより早く、彼らが一様に緑衣の上着を着ている事に気が付く。


 「同じ・・遠征隊の?」


 一人一人の顔を覚えているのではないが、幾人かが記憶に引っ掛かる。

 何もかもが初めてで、遠征の途中も不安しかなかったカザリを気遣ってくれる人、冗談を言って場を和ませてくれた人、村の習慣について教えてくれた人・・・・名前も知らない親切な人たちがそこに居て、


 「・・・・・・。」


 青く生気のない顔で、大きく腫れた腕の痛みに涙を浮かべて、浅い呼吸で喘いで、もがいて自らの体に爪を立てて叫び声を上げて。

 誰もかれもが際限ない苦痛の最中にいた。


 「・・え・・っと」


 倒れた人の間を走る人たちがいる。

 手には並々と沸かしたお湯を入れた桶、清潔そうな布、籠に詰め込まれた幾つかの小瓶。手早く運んで、倒れた人たちに手当を施していく。

 その動きによどみはなく、一貫して同じ目的のために統制されているようであった。

 足りない物を、足りないと所へ。

 順当に流れるように。

 半端に手を出そうとしようものなら弾きだされてしまいそうな剣幕で、彼らは動き回る。


 「・・・・・・。」


 それに疎外感を思うのは、きっと場違いなのだろう。

 ただ、それでもカザリには彼らの必死なやり取りが遠く聞こえてしまう。


 「・・・・・ジルバさ、ん・・」


 一緒に村へと帰ってきた人物をそこで思い出す。

 カザリ自身で判断のしようがない状況を前に、何をすべきかを尋ねようと振り返って―――遠く離れた所に彼の背中を見つけた。


 「・・・・・。」


 遠目からも分かる焦った様子は、森の中で常に冷静でいた彼とは別人のような反応だった。

 それだけ事態は急を要しているのだ、と。

 頭では理解していても・・・実際に開いている物理的な距離以上に、孤独感に見まがう焦燥がカザリの体を固くさせた。


 「・・・・・・・・・・・・ぁ、あの」


 喉が急に乾くような感覚がせり上がってくる。

 その間にも人々の怒号や切羽詰まった声が火定館の中に響いて、それに準じた足音が床を揺らしていく。誰も彼もが命を救おうと必死になっているのだ。

 では――、とカザリは自問する。

 自分は今なにをすべき何だろうか、と。


 「・・・だれ、かぁ」


 「っ!」


 呻く声と一緒にカザリの右足首が捕まれる。

 慌てて体を引きながら下を見やると横になっていた男性が手を伸ばしていた。その男性は苦し気な声を上げながら床に指を這わせて、掴んだはずのカザリを探している。

 

 「・・・・・、っ・・」


 一瞬のうちに心臓が跳ね回る。

 鈍い痛みを伴う胸を衝動的にかき抱いた腕と一緒に押さえて、視線を下へ―――無遠慮にカザリを掴んできた男性を睨む。

 そして、驚きと同時に沸騰した意識は男性の姿を見て瞬時に冷え切ってしまった。


 「・・・・・・だ、れか・・ぁ」


 その男は顔面が大きく腫れあがっており、人としての形を保っているのが口元くらいしか残っていなかったのだ。


 「・・・・・・・・・・・・。」


 愕然と心端から凍り付くような感覚をカザリは覚える。

 恐怖と言い表すには整然とし過ぎているし、憐憫と言うには激情に過ぎる。そんな、鋭利な疼痛が胸を突き、カザリは再び立ち尽くす。


 「・・・・・・・。」


 不可解、焦燥、疑念、義務。

 そのどれもがカザリを締め付けては体を固くさせ、行動の意味を狭めていく。

 何をすべきか、まるで分からず、冷静さすらも手放しかけて・・・


 「おい、カザリ」


 「・・・・レノ、さん」


 目の前に、一人で走って消えたレノ・クラフトが立っていた。


 「・・・なに、してるんですか」


 「それはこっちのセリフだ。 何をぼーっと突っ立ってるんだよ」


 「・・・そ、れは・・・・。」


 言われて、何も言い返せない。

 何をどう説明すべきか、という以前に、絡まった思考が思慮そのものを封殺してくる。


 「・・・・・・・。」


 押し黙ってしまうカザリに、レノは訝しむ顔を向ける。

 が、それに構う余裕はないという風にレノは「まぁいい」と無理やりにカザリの無音を切っていく。


 「見ての通り、人手が足らなくて困り果ててるんだよ。 戻ってすぐだってのは分かるが手を貸してくれ」


 「いいな!」と有無を言わせないレノの言動に、カザリはしばし動きを止め、


 「・・・はい」


 と、小さく頷いた。


 「よし、それじゃこの水桶を持って水汲みをしてきてくれ。 そんで・・・・おい!」


 言いながらレノが走る一人を呼び止めて「こいつも手伝う」とカザリを指さす。

 詳しい事などはまるで伝えず、それだけを言いきって、


 「それじゃ頼んだぞ!」


 またしても説明のせの字すらなくカザリは投げ出されてしまった。

 ただ、


 「・・よろしくお願いします」


 「うん、よろしく。 動きながら話すから付いてきて」


 今回限りは、少し・・・感謝やってもいい、と。

 胸に宿った僅かばかりの安心を連れて、カザリは走っていくのだった。


また間が空いてしまいました。

前年度と同様に短くとも書けたのなら出していくってスタンスでもう少し続けてみようかと・・。

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