逃げ延びた先で
「はぁ・・・はぁ・・・」
荒い呼吸音のみが耳鳴りのように頭の中を反響している。
もう、どこが疲れているとか。何が限界だったのか、なんて。どれもが些細な違いに過ぎない。
急いで呼気を取り込もうとして喉が咽る。
咽る拍子に残った空気を肺から吐き出して、息が苦しくなる。
それでまた慌てて息を吸い込もうとして咽て、と。
カザリは思慮も儘ならないままに、その場で倒れてしまいそうになっていた。
「カザリさん、落ち着いて・・」
背中にジルバの大きな手が乗ってくる。
呼吸が儘ならないのなら視界もまた万全とはいかない。何も写さない目を彷徨わせて、静かで優しい声のする方へカザリは何とか首を向けた。
「慌ててもダメだ。 ゆっくりと、しっかり呼吸をするんだ」
「はぁ・・・ひゅぅ・・は・・ぁ・・・ひゅう・・・・・」
空回るような音が混じる。
空気を上手く取り入れられていないのか依然として胸の辺りが苦しい・・・が、同じ調子で撫でてくれる手のお陰か、カザリは息を吸う以外にも吐く事を思い出し、
「はぁ・・・・はぁ・・・はぁぁぁー・・・・・」
正しい呼吸法を取り戻すことが出来た。
「ありがとう、ございます・・」
「いや・・・」
ジルバは一度、言葉を切って「本当によく、逃げられたよ」と少し震える声でカザリを労った。
「・・・正直に言うと何度か死を覚悟したよ。 あんなに大きな熊に追いかけられるのは、長く森で生活していても経験した事が無かった」
「・・・・私だって・・こんなに怖い思いをしたのは初めてですよ」
それこそ誇張なく生きた心地がしなかった、と。
今更ながらに漏れた弱音が形にした言葉に滲んで、それを聞いたジルバが苦笑する。
「カザリさんとしては散々でしたね。 この森に来て早々、こう何度も命がけの出来事が重なってしまうと」
「ホントにですよ・・・」
もう何度目かのため息が漏れる。
ジルバに指摘されたように、カザリはエリィナ村にたどり着いてから―――いや、ケルマ大森林へと足を踏み入れてから事あるごとに死ぬような思いをしてきた。
崖からの滑落に始まり、村での仕事。そして今回の、巨大生物に追いかけられる出来事。
短期間に三度も死線を潜るはめになるとは、私の人生はどうなってしまったのか、と。
「・・・・・・・。」
言われて、思い出してしまったカザリはガクリと肩を落として、別の理由から倒れ込みそうになった。
本当に、碌な目にあってないじゃないか、と。
冷静に思い知らされてしまった。
自分で勝手に怪我を負っただけではあったけど。
「ちょっと待って下さいね・・・・今・・バックからランプを・・」
目の前からごそごそと漁る音。
ふとカザリも周囲に目を向けてみれば、昼間だと言うのに随分と暗がりに自分が立っているのが分かった。
それもそのはずで、カザリたちは必死に逃げるあまりにエルタの針海の奥へと入り込んでいた。
過剰な密度で広がる葉の屋根は日光を細々としかカザリたちに落としてはくれず、もはや日没の頃と変わらない。
「こんなに暗かったんですね・・・」
必死に走ったからか、まるで気が付かなかった。
ジルバと話をしていても周囲の暗さが気にならなかった辺り、もう夜目にも慣れてしまったらしい。
それすらも気が付けないとは流石に注意散漫というか・・・いや、それだけ死に物狂いだったのだから仕方がなかったのでは―――と。
「明かりをお探しですか?」
そんな事を考えているカザリの背後から声が掛けられた。
「!」
知ったる声にカザリは驚いて振り向く。
そして、そこにはカザリが思った通りの人物が立っており、
「おう。 何とか撒けたようで良かった――」
「なに一番最初に逃げ出してんじゃこんにゃろう!!」
「――っだ!?」
体を振り返らせる遠心力を使って拳を振り抜いたのだった。
長くしようとして躓いているので、とりあえずの投稿です。
今後とも読みやすい形に整える事もあるかもしれません。




