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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
27/50

一本道

 「―――あ」


 息は短く、意識は空白に。

 全身を震わす轟音が駆け抜け、カザリという一個の生命を諸共に硬直させ


 「にげろっ!」


 背後から聞こえた声に、


 「っっ!!」


 追い立てられるようにしてカザリは走った。


 そして、橋の上を走っていく人間たちを追って―――森を蹴散らし、岩を砕き、巨大な影は現れた。


                    ▽▽▽


 (まずい)


 すぐ後ろから迫ってくる。

 その音の主が何であるか、咆哮が放たれた一瞬にレノは振り向きソレを見る事が出来た。


 (まずいまずい)


 全体は十メートルを超える黒い塊。二階建ての民家を悠々と超えてしまいそうな高さに、その巨体を支える極太の腕と足。そして、それらに負けない獰猛な牙をむき出しにした肉食猛禽の顔。

 見えた数舜でも分かってしまう。あれは熊だ。

 何をどう回帰したか、あるいは数段飛ばしに進化したか。

 驚異的なまでに体を成長させてしてしまった大熊だ。


 (まずい、まずいまずい!)


 迫ってくる足音だけで分かってしまう。

 明らかに、この細橋を行くオレたちよりも早い。

 障害物なんてものも意味を成してない。片っ端から足蹴にして吹っ飛ばしてくる。


 (まずいまずいまずいまずいまずい!!!)


 砕けた岩や橋がすぐ横合いを飛んでいく。

 あっちにしてみれば足に絡みついて来る邪魔者を払っているに過ぎない行為。しかし、それを人間の尺度で捉えたなら大砲で斉射されているのと変わらない。

 骨折で免れたなら幸運を飛び越えて奇跡だ。

 次点で即死、痛みが無いぶんで運がいい方。

 最悪なのが足を穿たれて行動不能になる事―――そうなれば一切の抵抗も許されず、あの巨体の口へ放り込まれるのみだ。


 (どうする・・・・どうする、どうする!)


 移動の速度、一歩で進める距離が違い過ぎる。

 だから、このまま走っているだけでは必ず追いつかれる。

 

 (それは分かってる・・!)


 エルタへと続く橋の上、進める場所などここしか無い。

 途中、分かれ道となっている分岐路はある。

 しかし、それらは川向こうのエルタへと緩やかなカーブを成しており、川のど真ん中をお構いなしに突き進んでくる熊に近づく位置関係になってしまう。


 (そっちに行けば間違いなく食われる・・・)


 今、走っているルートが熊から距離を取るためには一番効率がいい。

 それだけを考えるなら、現状こそが最善だとも言える。

 しかし、


 (このルートはエルタを迂回する道・・・障害物になりそうなものが皆無の沼地に続いている)


 必然、川の流れも緩やかになる。

 あの生物にいかほどの邪魔になっているかなど考えるだけ無駄そうではあるけど、相手にとって有利が取れる地形へ向かう意味などない。

 行くとするなら木々の密集するエルタの方面へだ。

 エルタの針葉樹であれば、カタルナで惨状を作り出したあの大熊であってもそう簡単に倒す事は出来ないはず。

 それに、


 (・・どれくらい、走ってる?)


 息が苦しい、のは走ってるから当然。

 立ち止まれない理由も明快。

 でも、だからって永遠に走り続ける事なんて出来ないのも分かりきってる。

 ジルバもカザリも、走る速度が少しづつ落ちてきている。

 早急に手を打たないければ、エルタを迂回しようとか、逃げ込もうとか考えている意味を失くしてしまう。


 (だから・・・)


 選択肢を取捨し、必要になる犠牲を勘定する。

 怖気ずく心を排斥して、見かけばかりの覚悟を持ち出す。

 迫る結果に際してレノは、


 「二人ともそのまま走れ!」


 喉元まで出かかった後悔を置いていくようにして、エルタへと続いていく曲がり道に身を躍らせた。


 「・・・・っ!」


 盛大に水しぶきを上げて追走して来る大熊が視界の端に映り込む。

 柔く弧を描く細橋の上を行けばこそ見えるもの―――烈火の勢いでもって接近して来る大熊が、憤然と大口を開け放ってレノを食らおうとする姿が、見える。

 目測よりも早く目の前に迫ってきている大熊にレノは、


 (・・・よし、こっちだ)


 狙い通り、手早く食える方へと釣られてくれた事を内心で笑んだ。


 (・・・・こい、こい)


 この現状、人の作った村など丸ごと一呑みにでもしてしまえそうな大熊が森の中をのさばっている状況で、レノは誰か一人でも生き残る事が最善であるとした。

 誰でもいいから村に人を帰還させる。そして、この危険な生物の生態を少しでも伝える事に意味が何より優先すべきだとし――では、誰が生き残るべきかとレノは考えて、まず自分自身を除外した。

 

 (・・オレがいるのは列の最後尾。 食われるとすればまずオレからだ)


 助かる見込みは既に皆無。

 いくら頭の痛い話ではあっても、覆しようのない事実ともなれば受け入れるほかない。

 それ故にレノは自身の生存を早々に見切りをつけた。思考を働かせる価値に意味を見出すのなら、それらは切り捨てて然るべき残余でしかないからだ。


 (・・・・まぁ、だからって只で食われてやるつもりなんてないがな)


 最期まで精一杯の抵抗を、と。

 来るべき衝撃に備えてレノは固く拳を握り込み―――


 「――Gruuuuuuuuuugaaaaaaaaaaaaaa!!!」


 「っ!?」


 開かれた大口がレノを呑み込もうかという所で大熊がレノの横を通り抜けていった。


 「はぁ!?」


 驚くレノを置いて、走る二人を追って巨大な影が去っていく。

 一瞬、何が起こったのか分からなくなり―――続いて押し寄せてくる大量の水によって意識は割かれてしまった。


 「・・・ごほっ、ごほ・・・・」


 危うく流されかけるのを、飛び出た橋脚に踏ん張りを利かせて衝撃を耐える。

 咄嗟にした行動にしては上手くいって事なきを得た・・・が、レノはそんな些事など気にも留めず、


 「・・・ふっざけんなっ!」


 叫んでは、橋の続く森の中へとレノは走って行った。


                    ▽▽▽


 (まってまってなにこれ!?)


 揺れる細橋を脱兎と走り、後方から迫る轟音の主にカザリは半狂乱に落ちかけていた。

 突然、邂逅してしまった予想にもしない巨大生物。それが今、自分の背後に近づいて食らおうとしてきている、などと。

 冷静になれ、というのが無理な話だ。


 (足、足おと! すごい近くから聞こえてるんだけど!?)


 振り向きたくとも、それをしたならば疾く口の中。

 そんな確信じみた想像が張り付いてカザリの恐怖はまた一段と増幅していく。

 見えない、見ることが出来ない。ただそれだけの事で、これ程に恐怖が割増になっていくものなのかと、カザリはどこか他人事のように理解して、


 (むり、むりむりむり! 死にたくない! 死にたくないっ!)


 その情動を単純な燃料にして必死に足を動かした。

 死にたくない。

 ただその一心で思うように動かない体を無理やりに働かせる。


 (何? 何なの!? これは一体なんなのよ!)


 走っていくに倣って意識も加速していく。

 しかし、生まれる疑問の過半を処理しきれずに極限にまで空回っていって混乱するばかりになってしまう。

 そうして自らに恐怖を増幅して―――カザリの走る真横を砕かれた岩が着弾する。


 (・・・・・――――っっぅっっ!?!?!?)


 跳ね上がった水しぶきが顔を濡らす。

 岩が跳弾し、児戯のように水を切って飛んでいく。

 その様に、意識は一瞬で白熱した。


 (*$%&@!◆▼☆$@&#!?!!?)


 言葉にもならない情動・・・生々しい感情はカザリがエリィナ村へ辿り着く以前に燻らせていたものと類似して、喉を焼くような不快感を伴ってくる。

 呼吸の繰り返しも相まって、息を吐いてるのか、吸っているのかも曖昧になっていく。

 視界も、感情も均一化されていって―――やがては、


 「カザリさん!」


 「っ!?」


 体が痺れていく幻覚を想起しかけて―――その一括で目が覚める。

 声の主はジルバ、カザリの前を走っている彼からだ。


 「あきらめず! 走ってください!」


 短くも快活な声。

 

 「・・っ!」


 薄まっていく意識が無理やりに引き上げられる。

 死にたくはない、と。そう望む心とは裏腹に、恐怖によって理性は麻痺して腐っていく。

 矛盾した在り様を、ただの一声で正されたカザリは驚きと共に前を向き、


 「この先の分かれ道で左の道へ進みます! ぜったいに、付いてきてください!」


 「――――っっ! はいっ!」


 力強く走っていくジルバに引っ張られ、カザリは必死に足の回転を上げる。

 彼との埋まらない歩幅の差を食らいついていく。

 そうしてカザリは足を速く動かすことのみに注力した。無駄な思考は不必要だと断じて。


 「GuuuuuuuuuRaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」


 再びの咆哮。

 先よりも確実に間近で感じる轟音を、食いしばって無理やりに耐えきって、


 「そこです!」


 揺れる視界に、分かれ道を捉える。

 暗い森へと続いていく細道。川の水にぬれて滑りやすく、上を歩くだけで頼りなくギシギシ悲鳴を上げる、これまでと同じ道が。


 「っっ!!」


 そして、分岐点を超え・・・同時に獣臭が増す。

 

 「Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」


 耳を塞ぎたくなる轟音と、何かがひしゃげて飛び散った音が聞こえた。


 「・・・!?」


 後ろを見る余裕はない。

 だから驚いたのは衝撃によってだ。

 カザリたちの走り抜けた細橋、その生命線とも言える道が獣の前足によって叩き壊された。


 「・・ひっ」


 「走って!!」


 出かかった悲鳴がジルバに塞き止められる。

 今、間違いなくカザリの命へと届く一歩手前に大熊が居るのだと


 「・・っ・・・っ・・っっ!!」


 ――考えそうとする意識を振り払う。

 考える余裕はない。今は走るしかないんだ。

 そう言い聞かせて、


 「Gruuuuuuaaaaaaaaaaa!!!」


 また橋が消し飛ぶ。

 バラバラと残骸になった材木が上空から降り注ぎ、その様を見ながらカザリは、


 (・・・・・・あ)


 静かに確信した。


 (これ、絶対に追いつかれる)


 それは再三に渡って自問していた問いの答えだった。


 (絶対に助からない)


 ”私はもしかしたら、死ぬかもしれない。 でも死にたくは無いから、助かるとしてどうすれば死なないだろうか„ と。

 解を出しようがない疑問を、死にたくはないからと何度もこね回して。

 気づけば迷路にでも迷い込んだみたいな有様になっていた。


 (私、死んじゃうんだ)


 繰り返した問いの答え。

 死に際になって手に入れた解を前にして、カザリは


 (あ――――――・・・・)

 

 「――――aaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAA!!!!」


 ふわりと浮遊感。

 大ぶりで振るわれた腕がまた橋を破壊し、その勢いでカザリの体が浮き上がる。

 次いで来る着地、しかし体勢が整うよりも早く――首筋すぐに生暖かい息が当たる。


 「――――。」


 もし、背中に目玉があったのなら。

 そこには赤い舌と咽頭と、ずらりと鋭い牙が並んでいるはずだ。

 大口を開けた獣が、自分を呑み込まんとする様を見れていたはずだ。


 「―――――――――――ぁ・・」


 そうして―――カツン、と何かが当たった。


 「発散(ノルン)!」



中途半端なんですけど、投稿が遅れているので生存報告も含めて出しますね。

続きはすぐに・・・出したいものです。

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